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結婚式

妖精たちとの宴会が終わったあと、千夏たちは転移でマハイに戻ることにした。

目的は果たしたし、いたずら好きの妖精たちとずっといるのはつら過ぎる。


『シルフィン、元気でなー』

フィーは先ほどの香辛料がまだ効いているようで、くしゃみをしながら手を振る。

(おう。またな!)

シルフィンは妖精たちの顔をゆっくり眺めてから、剣の中に戻る。

『気を付けて帰ってくださいね。外は大荒れですから』

アンジーは、千夏達を元の世界へと戻した。


全身にたたきつけられるような土砂降りの雨の中に放り出されたのは一瞬のこと。

すぐにエドの転移で全員マハイの街の手前の草原に移動する。

こちらの天気は空にだいぶ雲があるが、雨は降っていない。

水雷天上の余波がここまで来てないことに、千夏は安堵する。


「とりあえず今日はのんびり過ごそう。セラへの報告は明日でいいよな」

さすがに今日の妖精たちの接待(?)でアルフォンスも疲れていた。

全員でエドが馬を預けた宿屋に向かう。


「エド。明日にはもう船にのるでしゅか?」

タマはコムギを抱きかかえ、歩きながらエドに質問する。

「そうですね。ラヘルまで戻らなければいけないので、明日船に乗れたら乗るつもりです」

ラヘルまでは船旅で5日かかる。

転移で飛んでしまうと密入国になってしまうので、船で移動するしかない。


「ちーちゃん、あとでシャロンへのお土産を買いに行ってもいいでしゅか?」

「いいよ。出かける前に声かけてね。お小遣いを渡すから」

ぽんぽんと千夏はタマの頭を撫でながら答える。

千夏も疲れているのでタマには悪いが宿で休むつもりでいた。


「出かけるなら僕もいくぞ」

レオンは二人の会話を聞き、タマの同行を願い出る。

レオンもいろいろとまだ人の世界を知らないのだ。好奇心が疼く。


タマの腕の中のコムギも尻尾を振りながら鳴く。

「クー」

「コムギも行きたいでしゅか?いいでしゅよ」

「コムギはついていっても、店の中は駄目ですよ。まだ擬態は慣れていないのですから」

エドにそう言われて、コムギはしゅんとする。


マハイは多少外に露店が出ているが、他の街と比べると少ない。

理由は照り付ける暑い日差しのせいだ。

ほとんどが店売りとなっているため、コムギは着いて行っても外でずっと待ちぼうけになる。

仕方なくコムギは千夏とお留守番することになる。


宿についたあと、早速タマとレオンそして一応お目付け役としてリルの3人で街へ出る。

「とりあえず薬屋によってくれる?魔力回復剤を買い足したいから」

リルの申し出に特に2匹は異論はない。

すでに一回立ち寄ったことがあるお店なので、リルは迷うことなくお店に入ると魔力回復薬を購入する。


「あれ、あんたたちもう帰ってきたのか?」

店を出るときに、入れ違いで入ってきた男がリルを見て驚く。

その男はサンドワーム討伐で一緒になったサムのチームにいた治療師のオズだった。

同じ治療師同士だったのでリルも相手の顔は覚えていた。


「うん。さっきね」

リルが頷くと男はちょっと待っててくれと店の中へと入っていく。

大人しく一人と2匹は薬屋の外でオズが出てくるのを待つ。

しばらくすると、オズは店から飛び出してきてリルに紙袋を渡す。


「これ、この前借りた魔力回復剤だ。3個ある。あのときドタバタしていて金を払ってなかったんだ」

意外と義理堅い。

リルは紙袋を素直に受け取る。


「これからどこか行くのか?」

ふわふわの黄金色の耳と、まつ毛に縁どられたパッチリとしたリルの瞳を、少しだらしない顔でオズは見下ろす。あのときは必死だったので気がつかなかったが、目の前の小柄な美少女姿のリルにオズは目を奪われる。

だが、リルの隣に立つ貴公子然としたレオンにすぐに気がつき、「ちぇっ」と残念そうにつぶやいた。

とても絵になる二人だった。残念ながら自分が割り込む余地はない。


「明日にはラヘル行きの船にのるんだ。お土産を買いに行こうと思ってる。なにかいいお土産知っている?」

「土産を買う相手にもよるな。若い女向けや年寄向けとかいろいろあるだろう?」

雑念はおいとくとして、世話になった相手だ。できるだけ力になりたい。

オズはリルと隣に立つレオンに視線を向ける。


「シャロンに買うでしゅ」

下のほうから声が聞こえてきたのでオズは下をよく見ると、例の竜の子供が立っていた。

「うわっ!」

オズはタマから慌てて飛び離れる。


「そんな怯えなくてもなにもしないよ。タマはいい子なんだから」

リルはオズの動揺を見て笑う。

麦わら帽子に小さなかばんをちょこんとぶら下げた幼児は、手を大きく振りながらオズに説明をする。

「あのね、シャロンは5歳の男の子でしゅ」

「竜のか?」

オズは少し腰が引けていたが、なんとか元いた場所に戻る。


「シャロンは人の子なんだって」

実際リルとレオンはシャロンと会ったことはない。

タマから話しに聞いているだけだった。


「子供か。食いもんは傷んじまうだろうし。とりあえず観光客用の土産屋にでも行くか?」

「はいでしゅ」

オズの後を3人が仲良く手をつないでついてくる。

どこからどう見ても冒険者、ましてや竜なんかには見えやしない。

知り合いに話しても誰も信じてくれないだろう。


土産屋の女将もオズが連れてきた可愛らしい客に目を細めて笑う。

タマは土産屋に入ると貝殻でできたアクセサリーに目を奪われていた。

タマの手が届かない商品を女将がひとつひとつとってやり世話をしている。

あれが竜だと知ったら女将も腰を抜かすだろうな。

オズは笑いをかみ殺しながらその様子を見守っていた。





それから6日後、一行はラヘルへと戻っていた。

万冬(まふゆ)の結婚式は明後日の予定で、なんとか間に合うように戻ることができた。

船の中で6日間のんびりと過ごした千夏は機嫌がいい。


「ところで、式の贈り物はなにか考えましたか?」

宿に向かう道すがらにエドに質問される。

「贈り物?あ、そうか。こっちだとご祝儀とかじゃないのかな」

たった一人の親族として立ち会うのだ。それが血族の縁を切る結婚でも。

それなりのものを出さなければ万冬(まふゆ)の肩身が狭くなるだろう。


「金品だけですと見栄えが悪いので、エッセルバッハでは別に贈り物をします。こちらでの風習はわからないので聞いてみたらどうでしょうか?」

「そうだね。聞いてみるよ」

といっても知っていそうな人は門番の朝倉だけだ。

でも彼もこちらに来たばかりだから怪しいかもしれない。


「結婚式の贈り物ねぇ」

やはり朝倉も首を傾げている。

「とりあえずそういうのに詳しそうな知り合いに聞いてくるよ。夜にそっちの宿に行くよ」

朝倉はそういって請け負ってくれた。


夜に宿の食堂で食事をとっているときに、朝倉がやってきた。

「贈り物は反物や珍しい糸が喜ばれるそうだよ。村では自分で服を作るからね」

「この街で売っているのかな?」

「値段は高めですが、売っているのを見かけましたよ」

エドは朝倉の分のお茶を淹れながら答える。


次の日に無事大量の反物と糸を購入し、いよいよ結婚式の日がやってくる。

朝倉に案内され、万冬(まふゆ)が住む村まで馬車で移動する。

村の広場ではすでに人々が集まっていた。

「贈り物はどこに置けばいいのですか?」

千夏は村人に尋ねる。指定された場所にアイテムボックスから大きな布をまず取り出すと、次々とその上に反物と糸を取り出していく。

贈り物の量に村人たちは驚きを隠せず、わらわらと千夏が取り出した贈り物を見学しに集まってくる。


万冬(まふゆ)はお金持ちの娘だったのか」

「綺麗な反物。みたことないよ、こんなの」

老人たちは贈り物の多さに、村の若い娘たちは綺麗な反物に目を輝かせている。

だが、鐘の音が鳴るとはっとしたように、一斉に村の奥のほうを振り返る。

花嫁と花婿がやってきたのだ。


まず目にはいるのは花嫁のあでやかな衣装だ。

赤と紫の重ね着に綺麗な蝶を描いた刺繍が施されている裾の長い上衣に、赤のスボン。

隣を歩く花婿は鮮やかな青の袍を着ている。

花嫁と花婿が村の長老の先導でゆっくりと広場に入ってくると、一斉に村人たちが花籠から花びらを新郎新婦に振りかける。


「綺麗なの」

セレナはうっとりと花嫁を見つめる。

千夏も幸せそうな万冬(まふゆ)をじっと見つめる。

この結婚式に立ち会えない叔父や叔母の分も、しっかりと自分が見届けなくてはと感慨深くなっていたのだ。


「この結婚で花嫁は異国の血族との縁を切り、勇者の血を継ぐラヘルの民になる。花嫁の血族の者よ、ここへ」

広場の中央にたどり着くと、長老が千夏達を見つめる。

千夏は前に進みでる。


勇者信仰の強いラヘルでは、過去勇者を出したラヘルの血を貴ぶ。

他国からの嫁をもらう場合に縁切りを行うと言っていたが、実際なにをどうするのかは千夏は知らない。言われた通りに動くのみだ。


「そなたはこの者の血族か?」

長老は花嫁を指さして千夏に尋ねる。

「はい。佐藤万冬(まふゆ)は私の従妹です」

千夏は少し緊張している万冬(まふゆ)を顔を見て頷く。


「そなた達の国籍を示すものを」

長老が千夏へと手を伸ばす。

国籍?身分証明でいいのかな。

千夏は首からぶら下げた身分証明書を長老に渡す。


万冬(まふゆ)はエッセルバッハの国のものだったのか」

長老はじっと千夏のギルドカードを眺める。

本当は日本人なんだけどね。千夏は万冬(まふゆ)と目を合わせておかしそうに笑う。

長老に視線を戻すと長老はギルドカードに視線を向けたままじっと身動きをしない。

動かない長老に村人たちもざわめき始める。


「どうなってるの?」

千夏はガエンに尋ねる。ガエンも少し困ったように長老を見る。

「確かこの後は万冬(まふゆ)がチナツさんの薬指の先をナイフで、軽く切っておしまいのはずです」


「ゆ・・・勇者だとぉぉぉぉぉぉぉ!」

突然動き出した長老が叫ぶ。


「ああ・・・」

エドが面倒くさそうに溜息を吐く。

ラヘル滞在中はセラが発行した身分証明書を使っていた。入国審査のときにエドがまとめて人数分差し出していたのだが・・・

千夏達のギルドカードにはしっかりと勇者と刻まれている。


「あなた様は、勇者なのですか?」

長老は千夏の顔とギルドカードを交互に見たあと、千夏に詰め寄ってきた。

ギルドカードは各国共通の身分証明であり、その称号は他国でも通用する。

「気のせいです」

千夏は自分のギルドカードを長老から取り返して、きっぱりと答える。


だが長老は千夏の話を聞いていない。

「勇者様と縁を切っていいものだろうか」

長老の顔は青ざめている。


村人たちもざわざわと騒ぎ始める。

「勇者?」

「本物なのか?」


「だから勘違いです。私は普通の冒険者ですから」

エドが千夏に近寄って、体に隠れるようにこっそりとセラが発行しているカードを千夏に渡す。

「ほら、勇者なんてどこにも書いてないでしょ。見間違えました?」

千夏はずぶとく、渡されたカードを長老に見せる。

こんなことでせっかくの結婚式がぶち壊れでもしたら大変だ。


万冬(まふゆ)もガエンもぽかんとして千夏を見ている。彼らは近くにいたので、千夏がカードを取り換えたところをばっちり見ていたのだ。動揺していた長老はそれに気が付かない。


長老は再びカードを受け取りじっくりと何度も確認する。

どこにも勇者とは書いてない。

「わしの気のせいか。すまんかった。儀式を続けよう」

長老は少し恥ずかしそうに、顔を赤くしてもごもごと口ごもる。

千夏はほっと息をなでおろす。


エドは元いた場所に戻ると、成り行きを見守っていたアルフォンス達に向ってそっと囁く。

「いいですか。あなた達も身分証明書には十分に注意を払ってくださいね」

アルフォンスとセレナは無言でぶんぶんと首を縦にふる。

彼らだとて好きで勇者の称号を得たわけではない。崇めまつられても困るのだ。


袍の袖から小型の短刀を長老は取り出し、それを万冬(まふゆ)に渡す。

一時は中断していた儀式が続行され、村人たちは首をひねる。

どうやら長老の勘違いで、彼女は勇者ではなかったらしい。

村人たちはやっぱりなと納得する。勇者はここ300年現れていない。こんな村に勇者が出現するわけがないのだ。


惚けたように千夏を見ていた万冬(まふゆ)は我にかえり、長老から短刀を受け取る。

「千夏ちゃん・・・」

不安そうに万冬(まふゆ)は千夏をじっと見つめる。

千夏はこっそりと人差し指を口元にあて、万冬(まふゆ)を見てにっこりとほほ笑む。


万冬(まふゆ)は頷くと、千夏の手をとり薬指に軽く刃を当てる。

ぷつりと薬指から血が流れるのを見届け、長老が宣誓する。

「これにて花嫁はラヘルの民となった。皆花嫁と花婿に祝福を!」


「「「おめでとう!」」」

村人たちが一斉に花嫁と花婿に近寄ってくる。


その隙に千夏はこっそりとアルフォンス達のもとへと戻る。

「多少強引でしたが、無事終わってなによりです」

少々とげとげしいエドの言葉に千夏は素直に謝る。

「ごめん。すっかり忘れていたよ」

「下手をしたら式が中断することになったかもしれないんですよ。今後は気を付けてくださいね」

エドの念押しに千夏はしょんぼりと頭を下げる。


「タマも気を付けるでしゅか?」

タマは首からぶら下げている身分証明書を取り出してエドに確認する。

「タマは大丈夫ですよ。気を付けるのはチナツさんとセレナさんのギルドカードと、アルフォンス様と私の貴族証明書だけです」

タマは従魔なので勇者の称号は与えられていない。


いずれ、その称号が役に立つときが来るのだが、今の千夏達にとってはありがた迷惑なものでしかなかった。




最後は駆け足になってしまいましたが、妖精王編は一応終わりになります。

結婚式は本当は勇者だとばれて、最後までそのままでいくつもりを当初は予定していたのですが、ごまかすことにしました。

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