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魔王の邪眼

「暑い。クーラーがないのがつらいな」

大地は紙で作った団扇を仰ぎながら、照り付ける太陽を睨む。

「電気がないからな。だけど、その分この世界は温暖化されていないから、日本にいたときの暑さに比べればまだましだけどな」

翼も団扇で仰ぎながら汗を布で拭う。


日本と違いじめじめした湿気は少ない。からっと晴れているので不快な暑さではなかった。

翼は足元に転がっている石を軽く蹴る。

「ところでまだ見つからないのか?」

瓦礫だらけの廃墟を今たくさんの魔物がうろつきまわっている。


「もうしばらくお待ちを」

浅黒い肌にとがった耳を持つ魔族の少女が翼に向かって頭を下げる。

この廃墟はかつて魔王が統治していた魔王城の一角だ。

城の地下へと続く道を現在、魔物をつかって捜索中であった。


城の地下にかつて封印された強大なマジックアイテムがある。

それを新たに配下に加えた魔族の少女が大地と翼に教えたのだ。

彼女はこの魔族の土地にきて二人目の配下だった。


一人目のシャムシードはエッセルバッハの王都に向かわせたが帰ってこない。

しょせん下級魔族。多少の被害を与えただろうがもともと王都が陥落するとは考えていなかった。

あくまでこれも実験の一つだった。

王都の防御力ではなく魔族の力を見積もるための実験だ。

少なくても下級魔族程度では王都を落とせないということがわかった。

ただ戻ってこなかったことが想定と異なっていたが。


彼らは着々と配下の魔物の数を増やし、計画を進めていく。

すでに数千の魔物が彼らの配下に下った。

だが、それだけでは足りない。

できれば上級魔族を何人か配下に加えたい。

そのために必要なマジックアイテムがこの城の地下に眠っているのだ。


それは『魔王の邪眼』と呼ばれるマジックアイテムで使用者の体に埋め込むことで、強力な邪眼を手に入れることができる。

その邪眼は魔族を屈服させる力を持つという。

300年前の大戦時に魔王は勇者達に倒されたときに、この魔王城は崩壊した。

魔王の遺体と共に地中深くに『魔王の邪眼』が埋まっている。


右奥のほうに魔物達が集まり始める。どうやら何かを見つけたようだ。

すぐに魔族の少女はそこに向かうと、魔物達に指示を与えてから翼と大地の元へ戻ってくる。

「城の地下に入るルートらしきものが見つかりました。今何匹か先行で探索に当てています」

「そこって地下だよね?涼しい?」

大地はぐったりと団扇で仰ぎながら、彼女に質問する。


「ここよりは涼しいかと。地下のほうからは風が吹き上がっていました。ただ、少しすえた匂いがします。中に入られるのですか?」

彼女は主たちに向かって確認をする。

「もちろん。涼しいほうがいいよ。匂いは布でも巻き付けていけばいいさ」

「いや、マスクのほうが合理的だろう」

翼はアイテムボックスから大きな布を取り、その厚手の生地をハサミがないので、ナイフで裁断していく。不格好だったがそれはマスクとして使えるものだった。


「ここが先ほど発見された地下通路への道です」

地下へと続く長い階段が瓦礫の間から見える。

「ちょっと暗いね。『ライト』」

大地は光の魔法を発動させる。暗い通路の中に小さな光源がいくつも浮かび上がる。

「ティルト、先頭を歩け」

翼が命じるとサラマンダーが突如現れ、階段を下っていく。

そのあとを翼と大地そして魔族の少女が続いて降りていく。


ひんやりとした地下から時折もれてくる風が吹き抜けていく。

暗い階段は2階層ほど続き、やがて階段が途切れ大きな部屋の中にたどり着く。

そこはかつて城の備蓄庫として使っていたようだ。

小麦粉が入った袋や酒樽などいろいろなものが大量に詰め込まれている。


「へぇ、300年前のものにしちゃ腐ってない」

小麦粉の袋をナイフで破った大地はくんくんとにおいを嗅ぐ。

「籠城したときのことを考えて、この倉庫に時を止める魔法がかかっているのです」

魔族の少女は倉庫の壁に手をついて少し黙り込んだ、あとそう答えた。

彼女は下級魔族だが、特殊スキルを持っている。それは物や人の過去が見えることだった。


「では、後でつかわせてもらおう。先に進め、ティルト」

翼は倉庫を一瞥した後、使い魔に指示を出す。

備蓄倉庫を出ると、長い地下通路が続いている。通路の中にはいくつかの部屋があったが、目ぼしいものは特になにもなかった。


「魔王は最後、勇者もろとも道ずれにしようとして自爆したんだったよな?」

「はい。そのように伝え聞いています。『魔王の邪眼』は使用者の体から離れると、自動的に地下の宝物庫に転移する。亡くなった祖父が読んだ書物に書いてありました」

大地の質問に少女は答えながら、胸に飾ってある小さな白い塊を触る。

これは祖父の骨だ。


300年前の大戦のとき祖父は、魔王に使える文官をしていた。

大した魔力は持っていなかったが、知識量は多く魔王を支える宰相に頼りにされていたそうだ。

祖父は司書の仕事をしていた。本好きな祖父は持ち出し禁止の禁書など様々な書物を読みふける毎日を送っていた。その中の禁書のひとつに『魔王の邪眼』に関した書物があった。

少女は祖父の骨から過去の記憶を読みだしているのだ。


「宝物庫の場所はわからないのか?」

翼の質問に少女は首を振る。

祖父は宝物庫には行ったことがないのだ。


彼らはやがてまた地下へと降りる階段を見つける。

「主、下から血の匂いがする。新鮮な血の匂いだ」

先頭を歩くサラマンダーがぴくりと立ち止る。


「新鮮な血だと?先行したやつらか?」

翼の問いに大地はすぐに従魔リストを確認する。これは従魔を従える主人が使える魔法だ。

従魔の状態が一目でわかる。


「ああ。5匹ほど死んでるね。何かいるのかな。どうする?」

「危険だったら転移で逃げるさ。先に進もう」

翼はサラマンダーに先に進むように命じる。


慎重に階段を降りるとそこはまた長い通路が続いていた。

「血の匂いは一番奥から匂って来る。生き物がいる気配はない」

サラマンダーはそう告げると奥へと歩き出す。


「生き物がいないのに、魔物は死んだわけ?よくわからないね」

大地は怪訝そうに首を傾げる。

「ゴーレムなど無生物の魔物もいる。だが動きがあればティルトにはわかるはずだ」

翼はいつでも転移が使えるように、ゆっくりとサラマンダーの後をついていく。

魔族の少女は主をかばうため、最後尾からサラマンダーの後に移動する。


段々と血の匂いが濃くなり、無残に切り裂かれた魔物の遺体が見えてくる。

だが、相変わらず辺りに気配はなかった。

魔物達が死んでいた場所の正面、この通路の突き当りに大きな扉がある。

扉は鉄をベースになにやら幾何学的な模様が刻み込まれている。


「すべて正面から切り刻まれている」

翼は足元に転がっている死体を検分したあと目の前の扉を一瞥する。

「つまり、この扉の向うになにかがいるかもしれないってことか」

大地も死体をじっと眺める。


死体の切り傷は細い剣ではなく、太い鉈のようなもので無数に滅多打ちに切り刻まれていた。

死んでいるのはBランクの魔物達だ。

例え一匹が奇襲で倒れたとしても、他の魔物達は避けるなり、戦うなり何かの行動がとれるはずだ。

死体の中には敏捷度に優れた天狼もいる。

だが死体は全て正面から切り刻まれている。


「この魔物達を殺したのはこの扉です」

魔族の少女は魔物の死体から手を離し、目の前の幾何学模様が彫り込まれた扉をじっと見つめる。

「魔物達が扉を開けようとしたときに、扉に大きな目が浮かび問いかけてきた。

『汝、この扉を開ける資格があるのか。我が問いに答えよ』と」


「スフィンクスか」

少女の話を聞き、大地は故郷の逸話を思い出す。

「つまりこれが宝物庫の扉で、こいつらは問いに答えられなくて殺されたと」

翼も納得したように扉を見つめる。


「さすがは主です。その通りです。扉に浮かんだ目から光の渦が発し、魔物は死に絶えました」

魔族の少女は二人の主を尊敬のまなざしで見つめる。

「それで、その問いにお前は答えられるのか?」

翼は少女に確認する。彼女には禁書まで読み込んだ膨大な祖父の知識がある。


彼女は小さな骨を握り、祖父の膨大な記憶をさらう。

「…大丈夫です。答えられます」

「では、任せた」

翼からそういわれた少女は、高揚感で胸がいっぱいになる。

命の危険があるのに、自分を主は信じてくれる。これは責任重大なことだった。


「それでは、触ります」

少女は扉の前に立ち、そっと扉を触る。

すると扉が光り、幾何学の模様がぐるぐると入れ替わっていく。

最後に巨大な大きな目がひとつ扉から浮き上がる。


『汝、この扉を開ける資格があるのか。我が問いに答えよ』

重々しい地を這うような声が扉から聞こえてくる。


翼はそっと大地の手を握りしめる。最悪失敗したときに二人で逃げ出すためだった。大地も翼の手を握り返す。冷汗が二人の手を濡らす。


『楽園アミューゼの野に咲く白き花の名前を答えよ』

ぐるりと大きな瞳は扉に立つ全員を見回す。


魔族の少女はその問いに安堵する。

もし別の質問をされたらどうしようかと考えていたからだった。

だが、先ほど魔物達にした質問と同じ内容が扉から伝えられた。

「イースレアス」

少女がそう答えた瞬間、再び扉が光った。


(間違ったのか?)

翼は光の中、転移の呪文を途中まで唱える。


『汝、この扉を開ける資格があるものと判断する』

光の中から重々しい言葉が返り、ゆっくりと重い扉が開かれていく。

その様子を見届けると、翼は呪文をキャンセルする。


「よくやった、サクリーナ」

大地に初めて名を呼ばれた少女は、主に認められたことに感激で胸がいっぱいになる。

「扉が開きました。中へどうぞ」

少女は扉の前からどき、主に道を譲る。


宝物庫の中には積みあがる金貨や宝石などがうずたかく積まれており、キラキラとまぶしい光を放つ。

これは魔族の遺産でもあり、人間の遺産でもあった。

かつて征服した人の国から取り上げた宝物もこの宝物庫に積み上げられている。


「あんまりありすぎるのも、あれだな。ありがたいと思えなくなるから不思議だ」

大地は近くの宝石を手づかみですくい、ばらばらと元の場所へ落とす。

「俺たちの望みはこんなものじゃない。サクリーナ、『魔王の邪眼』の特徴は?」

翼は財宝を掻き分け、さらに奥へと入っていく。


「3センチほどの球体で、紫煙の炎を纏っているそうです」

「3センチか!探すのが大変だな」

うんざりしたように大地が宝の山を眺める。


翼は奥へ奥へと進んでいく。

魔王秘蔵の宝物だ。自動で戻ってくる機能といい、他の宝物とは別にわかるようになっているはずだ。

そこらへんに埋もれているはずはない。


「あった!」

宝物庫の一番奥に台座が設置されており、その上にまさに紫煙の炎を纏った球体が置かれていた。

翼の声に大地と少女が駆け寄ってくる。


「伝聞どおりです。とても綺麗」

『魔王の邪眼』を見つめる魔族の少女は惚けるようにそれを見つめる。

頭の中に霞がかかり思考がぼんやりとする。

『魔王の邪眼』は装備したときに完全に魔族を支配下に置くことができるが、ただの球体でも魔族の思考を惑わす力を秘めていた。


翼は『魔王の邪眼』に手を伸ばす。

最初から見つけたら翼がこれを装備することに大地と決めていた。

ゆらゆらと揺らめく紫煙の球体を掴むと、翼は大地を振り返る。

大地は翼に向かって真剣な表情で頷く。


翼は『魔王の邪眼』を右眼に近づける。

かっ!と『魔王の邪眼』は光を放つ。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!」

翼は右眼を押さえ激痛にのたうち回る。

『魔王の邪眼』は翼の右眼の眼球を押し潰して、その位置におさまったのだ。

視神経が切れ、大量の血が目から流れ出す。


「翼!」

大地はすぐさまハイヒールを翼にかけるが、翼の激痛は止まらない。

のたうち回る翼に大地はすがりつき、なすすべもなく翼の苦悶のを見続けることしかできなかった。


この日、西の地に300年ぶりに魔王が復活した。

ご指摘、評価ありがとうございます。

久しぶりすぎて忘れられているかもしれない2人。

いろいろやってました。

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