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氷雪地獄《ニブルヘイム》

お待たせしてすみませんでした。

遠話のイヤリングでセラに事情を説明し、カトレアに代わってもらえることになった。

『お久しぶりです』

穏やかな老女の声が聞こえてくる。

『お久しぶりです。カトレアさん』

千夏はカトレアに挨拶すると早速魔法の思い出し方を何か知らないか?と尋ねてみた。


『そうですね。一番手っ取り早いのはその術を見せることです。それはこの前試したのでご存じだと覆います。もう一つは魔法知識がしまってあるインナースペースにアクセスすることです』

『インナースペース?』


『頭の中にいろいろ記憶をしまっておくタンスがあるとします。これは普通の記憶領域で、魔法については別の記憶領域が存在します。その魔法記憶領域は持っている魔力によって大きさが異なります。その魔法記憶領域が広いか狭いかによって覚えられる魔法は決まるのです。魔法転写がいい例ですね。


魔法転写はその魔法記憶領域に魔法をかき込むことです。すなわち転写魔法とは魔法記憶領域にアクセスし、魔法術式をかき込む魔法です。つまり転写魔法を覚えられれば、自分の魔法記憶領域にアクセスすることが可能になります』


『転写魔法はどうすれば覚えられるのでしょうか?』

今のところ話になんとかついていけている。


『転写魔法が使える人間がサポートして、魔法領域(マジックテリトリー)という魔法を使って、魔法記憶領域にアクセスさせます』

ああ、これはダメだなと千夏はがっくりとうなだれる。

千夏のパーティでその魔法が使えるものはいない。

いますぐどうこうできる話ではなかった。


とりあえずカトレアにお礼をいって遠話を切る。

レオンは遠話のマジックアイテムを持っていないので、千夏達の話は聞こえていない。

だが、千夏の様子をみて無理なことは理解した。


「仕方ない。とりあえず母様を出してくれ。今回はもう一度母様に触れて思い出す方法をとろう。今度母様に触るときは氷雪地獄(ニブルヘイム)と覚えられるかわからないが『水天』の2つの言葉を意識して触るんだ。『水天』は僕は使えないから教えることはできない。今後ドラゴンオーブを触るときは魔法だけをできるだけ取り込むようにするしかないな」

千夏はレオンの言葉に頷き、アイテムボックスからドラゴンオーブを取り出そうとしたが、エドに止められる。


「とりあえず、馬車の中で出した方がいいでしょう。ここは人目も多いですし」

確かにその方がよさそうだ。

千夏はエドの忠告に従い、馬車に向かって歩き出す。

そのあとをタマとレオン、そしてコムギが付いていく。


馬車の中に入ると千夏はアイテムボックスからドラゴンオーブを取り出す。

「たぶん、2回目は触っても気絶はしない」

過去散々母親のドラゴンオーブを触っていたレオンがそう断言する。

気絶するのは、過度の魔法記憶領域のアクセスが原因だ。1回目に書き込みが終わっているので、2回目からは長時間触っても気絶はしない。


千夏はそっと手を触れる。

すぐにレオンの母親の悲しみが強く伝わってくるが、魔法をできるだけ意識するようにする。

氷雪地獄(ニブルヘイム)、水天、魔法)

押し寄せる記憶の波を漂う。次第に幼きレオンとの生活から彼女の過去へとどんどん戻っていく。

そして、ついに彼女が氷雪地獄(ニブルヘイム)や水天を放つ記憶まで遡った。

鮮やかな濃い青の魔法術式が幾重にも展開される。

千夏はしかと二つの大魔法の魔法術式を見た後に、ドラゴンオーブから手を離した。


「ちーちゃん、大丈夫でしゅか?」

しばらくの間ぴくりととも動かなかった千夏が再び動き出したのを見てタマは千夏に話しかける。

顔色が少し青ざめている。

「うん、大丈夫。たぶん両方使えそう。でも水天ってすごい魔法だね」

千夏はちょっと興奮しているようだった。


千夏とレオンとタマが馬車から降りてくるのを確認すると、サムと話していたアルフォンスが声をかけてくる。

「大丈夫か?」

「うん、いけるよ」

「本当にいくのか?」

怪訝そうにサムが尋ねる。

十数匹のサンワームを一度に仕留めると彼らは言っている。サムの常識では考えられない。


だが・・・

「もしかしてお前たちSランク冒険者か?」

Sランクの竜は2匹いるが、アルフォンスとエドそしてリルはそもそも冒険者ではないし、千夏とセレナはCランクだ。


「Sではないよ。でもできそうだからいくんだ」

レオンも千夏も大丈夫だと言っている。それならば間違いがないとアルフォンスは信じていた。


自信満々なアルフォンスの回答にキールは笑い出す。

「嬢ちゃん、俺とエルザはヒュドラ討伐の依頼を受けている。俺たちもタニタ渓谷を越える必要があるんだ。ついていってもいいか?」

想像がつかないことがこれから起きるらしい。それならば是非みてみたいと彼は思っていた。


「キール、なにを面白がっているだよ。まったく。・・・失敗したときに備えて俺たちもいく。魔法回復薬も分けてもらったしな」

責任感が強いサムはそういうとパーティメンバーのほうに向かっていく。


こうして千夏達一行と現地冒険者2パーティは、タニタ渓谷を目指すことになった。




「谷の中央に10匹、少し離れてこっち側から40メートルのところに2匹いる」

ピートが再度地下調査を行い結果を告げる。

一行はサムたちが昼食をとったタニタ渓谷の入口近くの丘の上にいた。


「全部固まってないのかぁ。面倒だね」

ピートが地面に書いたサンドワームの現在位置の縮小図を見ていった。

「手前のは俺たちがでやるか?」

出番がないと思っていたアルフォンスが、少し嬉しそうにそう尋ねる。

「タマもやるでしゅ」

先程の戦闘では待機を命じられていたタマも乗り気だ。


やらせて、やらせて!

アルフォンスとタマの顔にでかでかとそう書いてある。

アルフォンスはともかく竜も戦闘が好きな種族だ。

最近竜にもどって狩りができていないので、タマも闘争本能がくすぶっていた。

セレナも練習中の修行の技の練習のためにできるだけ戦闘したい。


(タマも戦闘に参加するならすぐ終わるやろう。ええんじゃないか?)

シルフィンが後押しをする。


「しょうがないですね」

エドは溜息をつき、サムたちに向かって忠告をする。

「驚かないでくださいよ?」

「何をだ?」

訝しげにサムが問いただしたとき、タマが竜へと戻っていく。


突如現れた竜にサム、キールそしてエルザのAランク冒険者が抜刀する。

他のサムパーティのメンバーはぽかんとタマを見ていた。


「光竜!」

「なんでここに!」

驚きの声をエルザは上げる。だが、後から合流した他国からきた冒険者たちは平然としている。

エルザはエドの忠告を思い出し、「こういうことか」とつぶやくと剣を下げた。

キールとサムもそれに気が付き獲物を下げる。


「この竜は私たちの仲間です。襲わないでくださいね」

淡々と説明するエドに視線を向け、サムは剣をしまう。

「竜がいるからか、余裕だったのは」

「あのちっちゃい坊やが竜だったとはね、驚いた。いや、まいった、まいった」

豪快にキールは笑う。


本当はもう一匹いるんだけどね。

千夏はすまし顔をしているレオンに視線をちらりと投げる。

レオンはタマと異なり長い間洞窟で静かに暮らしてきた。それほど戦闘意欲は高くないようだ。


「とりあえずここから10メートルほど離れたところに、サンドワームをおびき寄せよう」

「タマできるだけ一人で倒さないでほしいの」

「加減がむずかしいでしゅ」

サムたちの驚愕など気にせず、アルフォンスとセレナそしてタマは戦闘について相談を始めていた。

(とっとと倒したほうがええ。他が寄ってきたら面倒や。とにかく一刀両断、電光石火や。)

シルフィンにセレナの意見は却下される。


「わかったの」

セレナは残念そうにそういうと、丘を降りて10メートルほど離れたところにサムたちから譲り受けた獣の生血を2滴ほど垂らす。

すぐに5メートルほど後ろに戻る。

そこにはすでに抜刀しているアルフォンスとタマが待機している。


「来たぞ」

土属性の竜でもあるレオンが短く丘の上から警告する。

2匹のサンドワームが血を垂らした場所の地面を突き破って出現する。


セレナとアルフォンスはすぐにサンドワームに駆け寄る。

タマは翼を広げ空をとび、2匹のサンドワームの側面へと移動する。

「はぁ!」

セレナとアルフォンスが渾身の一撃をサンドワームの腹部にたたきつけるのをタマは確認する。

2匹とも腹を切り裂かれ大量に体液が飛び出る。

タマは高い位置にあるサンドワームの頭部目がけてドラゴンブレスを吐き出す。

ドラゴンブレスに包まれた2匹の頭部があっという間に消失する。


「圧倒的じゃないか!」

丘の上からその戦闘を見ていたサムは悔しそうに叫ぶ。

頭部を消失したサンドワームはそのままゆっくりと倒れていった。


「一撃しかいれられなかった・・・」

アルフォンスは倒れたサンドワームを見て少し悔しそうだった。

タマが倒すまで2撃は入れられると思っていたが、間に合わなかったのだ。

(まだちいと速度が足らんな。ヒュドラやったら一撃も入れられんで。)

厳しい師匠がアルフォンスとセレナにダメ出しをする。

2人はしょんぼりとしたまま、丘の上に戻っていく。


次は千夏の番だった。

レオンから獣の生血が入った革袋を渡され、タマはそれを咥えると高く舞い上がっていく。

渓谷中央部に到達すると、革袋を落としそのまま丘のほうに戻る。

革袋が地面に落下し、中に入っていた大量の生血が地面に吐き出される。


千夏はすぐに体内の魔力を指先に集め始める。

その様子をみていたレオンは貯める魔力がちょっと多すぎるなと不出来な弟子を見守る。

「出てきます!」

地下調査をしていたピートが叫ぶ。


ガガガガ・・・

渓谷中央の岩や石が持ち上げていく。

地中からはい出してきたサンドワーム達はうねうねと動き獲物を探している。

数が数だ。巨大ミミズのオンパレードに正直気持ち悪いなと千夏は思った。


千夏はすっと指を拳銃の形にして、人差し指をサンドワームの群れの中心に照準を合わせる。

同じ魔法使いであるピートはじっと千夏の動向に注目する。

氷雪地獄(ニブルヘイム)

厳かにそう千夏が言った瞬間に、うねうねと動くサンドワームが下のほうからみるみると凍っていく。


この猛暑のレゴンの地に絶対零度をさらに下回る強烈なブリザードがサンドワーム達を中心に半径30メートルの範囲を吹き荒れる。

「寒い・・・」

エリザは身を縮ませる。

ブリザードがやむと、そこには巨大な氷壁に包まれたサンドワームが残った。

強烈な寒気は消え、ひんやりとした空気がタニタ渓谷を包む。


「すごい!」

ピートは遠くに見える氷壁と千夏に繰り返し視線を送る。

あれだけの大魔法を使っても彼女は平然としている。


「こいつは涼しくていいな」

豪胆なキールは簡単にそう評すると、千夏に視線を向ける。

「お嬢ちゃんと呼んで悪かったな。名前は?」

千夏はきょとんとしたままキールを見つめ返す。

「千夏よ」

「チナツか。あんたはすごい魔法使いだ」

にやりとキールは笑って、千夏へ手を差し出す。

どうやら認めてくれたらしい。

そう感じた千夏は少し照れながらキールの分厚い手に自分の手を重ねた。


ニブルヘイムの温度についての記載を削除しました。

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