荒地
千夏が氷雪地獄を使った影響で、水の妖精たちがタニタ渓谷に集まってくる。
風の妖精はちらほらといる程度だ。
せっかく竜に戻ったタマは空を飛び、風の妖精に近づく。
「妖精の谷はどこでしゅか?」
タマがそう尋ねると風の妖精は立ち止り、南を指す。
『あっちや。光竜がなんの用やねん?』
「妖精王に会いにでしゅ。風の妖精シルフィンの里帰りでしゅよ」
タマはセレナのほうを見て答える。
『ほんまや。剣に仲間がおる。なんでやねん?』
どうやらこの妖精はシルフィンよりもずっと若いらしい。
「妖精王ならシルフィンをもとに戻せるでしゅ」
『さよかもしれんな。妖精の谷はここをずっと南や。この渓谷を抜けてまた山脈地帯に入る。そん中で一番おおきな山を越えた西側にある。間違って火山地帯へ行くんでないで』
それだけいうと妖精は風とともに去っていった。
タマは得られた情報を伝えに皆のところに戻る。
タマが近づいてくると、サムたちのは少し身構える。
その様子をみてタマは着地すると同時に人の変化する。
「妖精に聞いてきたでしゅ。妖精の谷はここを抜けた後にまた山脈地帯にはいったところの、一番大きな山を越えた西だそうでしゅ」
とてとてと千夏に駆け寄りタマは報告する。
「偉いぞ、タマ。よく聞いてきた」
アルフォンスがタマの頭を撫でまくる。
「あんたたち、本当に妖精の谷を探しているのね」
エルザはギルドで千夏に聞かれたことを思い出して、不思議そうに一行を眺める。
「その行程なら沼地も通るな。一緒に行っていいか?すまねぇが水を運ぶには二人だと両手が塞がっちまうんだ」
キールはアルフォンスを見ながら質問する。
サムたちは今回の騒動で一旦港町に戻ることにしたのだ。キール達はできればヒュドラ討伐をしてから帰りたい。
「ヒュドラ討伐を手伝っていいんならいいぞ」
アルフォンスはじっとキールを見て答える。
以前苦戦した魔物がいるのだ。リベンジしたい。
セレナもヒュドラと聞いて無心ではいられなかった。まったく攻撃を当てることができなかった魔物だ。
「ああ、構わねぇ。そのほうが楽だしな。いいだろう?エルザ」
「私も構わないわ。もともとサムたちも手伝ってくれる予定だったし」
両者の意見が一致したところで、ピートからキール達の飲み水や食料を千夏が受け取る。
「渓谷から先は水場がない。気を付けていくんだぞ」
サムはそう忠告してから街へと戻っていった。
とりあえず、徒歩でタニタ渓谷を抜けることにする。
渓谷内は岩がごろごろ転がっているので馬車では通れないからだ。
問題になったのは氷雪地獄で氷漬けになったサンドワームの横を通り過ぎるときだ。
冷え切った空間を急いで駆け抜ける。
「あー寒かった。あれ溶かしてもよかったね」
千夏は両腕をさすりながら、後ろを振り返る。
「この猛暑だ。そのうち溶けるだろう。それに渓谷が涼しくていい」
キールはサンドワームのオブジェを見ながらそう答える。
オブジェに近寄らなければ渓谷内はひんやりとしてとても涼しい。
2時間ほど歩いてもうすぐで渓谷を抜けるところまで来ると、エドが今夜はここで泊まりましょうと提案する。
すでに夕方になっていたので、誰も異論はない。
さっさと天幕を建てはじめる。
その日の夕食はとても賑やかなものだった。
食べたことがないおいしい料理にキールが目をまるくし、エルザはタマが卵から孵ったことを教えてもらい「竜の卵は貴重なのに、そんなこともあるのね」と驚いていた。
そんな2人が一番驚いたのはお風呂が出てきたときだった。
2つの天幕を挟んで男湯と女湯が設置される。
水が貴重なレゴンではあまりお風呂に入る習慣がない。
初めて使う石鹸を不思議なものを見るようにエルザは見つめ、セレナから使い方を教わる。
「レゴンでは布を水にひたして体を拭くくらいなのよ。水魔法が使える術者は貴重なの」
次々と使い捨てにされるお風呂のお湯をみて、エルザはずっと目を丸くしていた。
男湯ではリルを女だと思っていたキールが驚きの声を上げていた。
リルは久しぶりにちょっとせつなくなる。
「気にするな。オスだのメスだの竜の世界では大した意味を持たない。強いかどうかだけだ」
ぶっきらぼうにレオンはリルに声をかける。
微妙な励まし方をされたリルは苦笑する。
次の日の朝に渓谷を抜け、再び馬車の旅に戻る。
道案内のためにキールが御者台に座る。馬車のほうは人数の関係でタマは千夏の膝の上だ。
出発前にレオンが馬とエドとキールに水膜の魔法をかける。
「すげえな。とっても涼しいぞ」
キールは快適な旅に思わず唸った。
「こんなによくしてもらっていいのかしら?」
馬車の中でエルザがそうつぶやく。
「あの、できれば夕方前に剣の稽古をつけてほしいの」
セレナがおずおずとエルザに申し入れをする。
「そんなことくらいでいいの?」
「十分だよ。Aランクの剣士と練習できるなんて最高だ!」
アルフォンスは嬉しそうに笑う。
(そろそろ走り込み始めるか。)
しばらくするとシルフィンが二人に声をかける。
千夏に水膜の魔法をかけてもらい、二人は馬車から降りて走り出した。
今では馬車の速度と同じくらいに走れるようになっている。
「ずいぶんと鍛えているのね」
エルザは涼しい馬車の中から並走する二人を感心したように眺める。
「毎日結構走ってるよ。頑張っているよね」
リルはおっとりとエルザに答える。
せっかく現地の人と一緒にいるのだ。リルは簡易地図を広げて、これから先の状況をエルザから聞きとり注意書きを入れていく。
サムが言ったとおり、渓谷を抜けるとそこからは枯れた大地が続く。
唯一の水場がヒュドラが住む沼らしい。
人と同じように魔物も水を求めて集まってくる。
今年の猛暑は去年よりもひどい。
渓谷にサンドワームが集まっていたように、沼にはヒュドラ以外の魔物も集まっているのかもしれない。
エルザはそう感想を述べると、この地方によく出現する魔物の種類について説明していく。
特に属性異常を起こすコカトリスや、ヒュドラが要注意だ。
千夏は魔物の属性についてエルザに質問する。
コカトリスは土でヒュドラは水属性だった。火と風属性が有効なことを頭に記憶しておく。
沼地での戦闘は基本千夏は補助に徹することになっている。
暴れたりないアルフォンスやセレナそれにタマとコムギの主張からそう決まっている。
レオンは相変わらず我関せずといった姿勢を貫いている。
「本当にまったく水気がないな。水路らしき後はあるが枯れている」
どちらかというと荒地のほうがレオンは気になっていた。
地下に水脈があることはも確認するが、水脈は細い。掘り起こしてもすぐに枯れるだろう。
荒れた土に水気がない土地。レオンにとってはいささか不愉快な土地であった。
夕方近くになると、馬車をとめ野営の準備を始める。
キールとエリザ、それにアルフォンスとセレナはお互いに稽古を始める。
リルは怪我したときの救急要員としてそれを見学している。
アルフォンスはキールの重い一撃を身をそらして潜り抜ける。
一撃でも体に当たったら物凄い破壊力だ。
キールは愚鈍ではなく、素早い。次々に重いはずの戦斧を繰り出してくる。
スピードはほぼ互角。パワーはキールのほうに数倍の歩がある。
よけきれない斧の軌道をアルフォンスは剣を当ててなんとかそらすがほぼ逃げの一手である。
セレナもエリザの素早い連撃の双剣に舌を巻いていた。
なかなか踏み込む隙がないのだ。
スピードはエルザに歩があり、パワーではセレナに歩がある。
セレナも次第に追い込まれていく。
「そろそろご飯にしましょう」
エドが稽古中の4人に声をかける。
4人はぴたりと動きを止める。
「飯にしよう。疲れた」
キールがそう声をかけ、稽古は終了となる。
「さすがAランクなの。つけ込む隙がないの」
セレナはしょんぼりとエルザを褒める。
「あなた本当にCランク?少しでも隙をみせたらこっちがやられているわ。それにスタミナはあなたの方が上みたい。長時間戦ったら私が負けるかもしれないわ」
エルザは汗を拭きながら落ち込んでいるセレナの肩をぽんぽんとたたく。
「こっちも粘り強かったぜ。もう少し鍛錬すればAランクになれるかもしれないな」
キールも笑いながら、アルフォンスの肩を掴む。
「二か月前はEランクだったんです。十分脅威な成長力ですよ」
エドはセレナ同様肩を落としたアルフォンスを珍しく褒める。
「二か月前にEランクですって?信じられない」
エドの言葉を聞き、エルザは驚きの声を上げる。自分がEランクからBランクに上がるまで7年はかかっている。BからAに上がるのには更に3年だ。それでも早いランクアップだ。
彼らは短い間にどれだけの経験を積んでいったのだのだろうか。
「チナツといい、竜といい、このパーティはびっくり箱だな」
豪胆なキールでも複雑な顔をしている。
エルザはうなだれた犬耳の少女を見て、彼女ならSランクになれるのかもしれないと少しばかり嫉妬に混じった視線を向けた。




