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55  幸せのスパイス

 眩しさに目覚めたミイナは驚いた。

「もう朝じゃない!」

 慌てて飛び起き、乱れた髪を手櫛で整えながら、ミイナはすぐ側に座っていたガインとシータに詫びる。

「ごめん、寝すぎた」

 ガインは首を横に振る。

「疲れていたのだろう。魔物も現れなかったし、構わない」

「お腹空いたねぇ。肉食べようかぁ」

 一晩経って落ち着きを取り戻したシータが、無造作に置かれていた大きな塊肉を手元に引き寄せながら言う。

「うん。ところでボスとレイは?」

 二人の姿がない。何処かに行ったというのだろうか。

「ボスは用を足しに行った。レイは――、あそこだ」

 ガインが少し離れた場所にある木を指さす。

「あの木の根元で、昨夜からずっと何かブツブツ唱えているらしい」

「え? 昨夜から?」

 ミイナの位置からは、木の幹に隠れているレイの姿は見えない。

「何してるんだろう?」

 首を傾げつつミイナが木まで歩いていき、その根元に座り込んでいるレイの前に立つ。

「レイ?」

 ガインが言った通り、レイは目を閉じて何かの呪文を小声で唱えていて、ミイナの呼びかけに反応しない。いつも悪い顔色が、更に悪く見える。

「レイ? レイ! ガイン、シータ来て!」

 ミイナの慌てた声に、ガインと肉を掴んだままのシータが立ち上がってやって来る。

 レイはあきらかに普通の状態ではない。濃い魔力の渦のようなものをレイの中に感じ、ミイナは眉を寄せる。

「レイ!」

 詠唱をやめさせた方がいい。そう直感し、レイの肩に触れるミイナ。しかしその手首を、驚くほど力強い手が掴む。

「――え?」

 ミイナの手首を掴んだのはレイだった。いつものレイではありえない力に、戸惑いよりも不安が溢れる。

「レイ?」

 呼びかけに応えるように閉じていた目を開けたレイは、持っていた杖の先をミイナの胸に当てた。

「ラキデス!」

 その瞬間、ミイナの体に衝撃が走った。重い球を受け止めたような辛い感覚と、それとは真逆の体中に広がる温かさ

「な……なに……?」

「ぐへ……!」

 ミイナの体が崩れ落ちるのと、レイの体が崩れ落ちたのは同時だった。

「ミイナ!」

「レイぃ!」

 ガインとシータが慌てて二人を抱き起こす。

「カ……カンチシロ」

 顔を歪めながらも、ミイナが回復魔法を唱える。辛い感覚が消え、ミイナはほっと息を吐いた。

「レイ、いったい何をしたんだ?」

 回復魔法を掛けられてなお、青い顔で荒い息を吐くレイが、ミイナを見つめて僅かに目を細める。

「幸運を集めてミイナに注入した」

 その答えに、ガインとミイナ、それにシータが驚いた。

「幸運?」

「なによ、それ?」

「そんな事が出来るのぉ?」

 再び崩れ落ちそうになったレイを、シータとガインが支える。

「しっかりしろ」

 ミイナがもう一度回復魔法を唱え、レイに訊く。

「ねえレイ、まさかこれ……禁魔法じゃないの?」

 ミイナの問いかけに、何も言わずにただ微笑むレイ。どうやら禁魔法で間違いないようだ。

「なにしてるのよ……」

 詠唱の長さと疲労の具合から考えても、以前唱えた禁魔法より遥かに危険な魔法に違いない。下手をすれば、命さえ失っていたかもしれない。

「ねえぇ、幸運っていいことが起きるってことぉ?」

 首を傾げるシータに、レイが頷く。

「たぶん」

「たぶん、なのぉ?」

 レイは苦笑した。

「試したことはないからね」

 そんな不確かなことに命を懸けたのか。呆れと怒りが混ざった思いで、ミイナがレイを見つめた時、

「どうかしたのか?」

 背後から声がしてミイナ達は振り返った。

「あ、ボ……ス? え? それ、なに?」

 ミイナ達の目の前に現れたのは、用を足しに行っていたボスだった。帰って来たボスは、腕に細長い黄色の実を数個抱えていた。

「これは食えるのか?」

 実の一つを、シータに投げ渡すボス。シータは受け取った実をじっと見つめ、そして驚きの声を上げた。

「あぁ! これは、ズショからパク……じゃなくて借りたレシピ本に書いてあった果物だぁ!」

 そしてシータは躊躇なく身に齧り付いた。

「え? いきなり食べて大丈夫なの?」

「大丈夫ぅ! 美味しいぃ!」

「嘘、本当に?」

 ミイナもボスの腕から実を一つ取り、齧り付く。

「うわ、本当に美味しい! どこで見つけたの?」

「あっちにある木にいっぱい生っていた」

 ボスが親指で背後を示す。

「案内してぇ!」

 興奮した様子で迫ってくるシータに「分かったから離れろ」と眉を寄せながら、ボスは踵を返す。

 歩き出したボスに、シータが地面に置いてあった肉をしっかりと掴んで嬉々として付いて行き、

「ちょっと待ってよ!」

 その後をミイナが、そしてレイを背負ってガインが付いて行く。

 ボスに付いて暫く歩くと、黄色の実が生っている木が見えた。

「本当だぁ!」

 木に走り寄り、実を貪り食べるシータ。

「美味いぃ!」

 ミイナも木から実をもぎ取り齧りつく。

「うん、美味しい! 良かったねシータ」

 甘くて少しだけ酸味のある実は、焼いた肉だけを食べていた勇者の子孫達にはとても美味に感じた。

 口の端から溢れた果汁を手の甲で拭いながら、ガインが木を見つめる。

「もしかして、これが先程の幸運を呼ぶ魔法の効果か?」

 ガインの言葉に、事情を知らないボスが首を傾げた。

「幸運を呼ぶ魔法……? なんだそれは?」

「実は……」

 ガインがボスに先程あったことを話す。

「ふうん、なるほど。しかし幸運を注入とは……」

「信じられないが、現に……」

 ガインとボスの会話をなんとなく聞きつつ実を食べていたミイナは、ふと木の根元を見て声を上げた。

「ん? あれ?」

 ガインとの会話を止め、ボスがミイナを見る。

「どうかしたのか、小娘」

 ミイナは木の根元にしゃがみ込み、地面に手で触れた。

「ここ、穴がある。ほら見て」

 勇者の子孫達は集まり、ミイナの手元を見つめた。

 小さな穴は、ミイナが少し力を込めて触れると簡単に崩れて大きな穴になった。

「まさか、魔物の巣か?」

「え?」

「いや、魔物の巣なら、とっくに襲ってきているんじゃないかな」

「じゃあなに?」

 ボスは顎に手を当てて少し考え、それからミイナの横に膝を付いた。

「掘ってみるか」

 ボスが慎重に穴を掘り始める。土はそこだけが柔らかいようで、手でも簡単に掘ることが出来た。

 手を泥だらけにして暫く掘ると、

「ん?」

 ボスが眉を寄せる。

「どうしたの?」

 ボスは一瞬だけミイナを見て、穴に視線を戻す。

「何かある」

 ボスは両手を突っ込んで穴の中の『何か』をしっかりと掴むと、それを引き摺り出した。

「あ!」

 ボスの手に握られていたもの、それは汚れた鞄だった。ボスが手を離すと、布製の大きな鞄からは、微かに金属が擦れるような音がした。

「中は? 何が入ってるの?」

 ボスが鞄を開けてみると、

「調理道具ぅ!」

 中から鍋やフライパンや包丁、それに調味料が出てきた。

「やったぁあああ!」

 喜びのあまり鍋を抱えて回り出すシータ。それを横目で見つつ、ミイナは首を傾げた。

「なんでこんな所に調理道具?」

 他に何か無いか、と鞄の中を探っていたボスが、紙切れを見つける。

「これは……、レイ」

 ボスが紙をレイに渡す。

「なんと書いてある?」

 紙に書いてある文字は、古代文字だった。レイが解読する。

「荷物が重いので、いくつか置いていくことにした。女子がいないのが辛い。可愛い神官でも連れてくれば良かった」

 勇者の子孫達が顔を見合わせる。

「……え?」

 この書き方には覚えがある。

「もしかしてこれは……」

 攻略日記の文章と雰囲気が似ている。これは勇者の持ち物ではないのか。

「誰のでもいいよぅ。これでまともな料理が出来るぅ。さっそく作るよぅ!」

 シータが嬉々として言う。

 ガインが小さく唸った。

「これも、幸運の魔法のおかげか?」

 魔法か偶然かは分からないが、これでまともな食事が出来るようになったことは確かだ。

「レイぃ! 火をちょうだいぃ!」 

 いつの間に集めたのか、シータが薪に火をつけてくれとレイに頼む。フライパンを右手で握り、地面に置いてあった肉を左手で掴む。

 レイが薪に火を点け、肉の焼ける匂いとスパイスの香りが辺りに広がる。

 久し振りに食欲を刺激する香りに包まれ、勇者の子孫達の心に余裕が生まれた。


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