54 膜と魔王と役立たず
「ははひはほほまへへふ、はんはるのへふ、ゆふしゃはひよ」
聖なるどろっとしたものは、光の塊になり空高く舞い上がり、更に細かい光の欠片に分かれて遠くへ飛んでいった。もしかしたら、勇者の子孫達が欠片を見つけた場所へと戻って行ったのかもしれない。
「痛たたた……。結局あれが何か分からなかったね。カンチ!」
「そうだな。全員無事か?」
「大丈夫だ」
「おいらもぉ」
「なんとか……」
互いの無事を確認し合い、勇者の子孫達は困った表情で唸った。
「参ったな。心の準備も出来ていないのにいきなり孤島とは」
周りを見渡す。墜落した場所は森のようだった。遠くに魔王の城が見える。
「馬車も荷物も食料も無いよぅ」
状況は明らかに悪い。このまま進んでも目的は達成できないどころか、ここで命尽きる可能性も高いだろう。
「魔王の城に行くのは無理だ。いったん帰るぞ」
ボスの意見に、皆が賛同した。
「そうだね。レイ、お願い」
レイが頷き、杖を掲げる。
「みんな僕の側に。セイン国に移動する。――ビュン!」
レイは移動魔法を唱えた。しかし、
「……あれ?」
「移動しないよぅ」
勇者の子孫達は、その場に止まったままだ。
「どういうことだ、レイ」
「…………」
レイは無言で周囲を見回し、次いで空を見上げて顔を顰めた。
「そうか、あの膜だ。あれで魔法が遮られている」
勇者の子孫達は、厳しい表情で空を見上げる。
「嘘……。じゃあ帰れないの?」
「そうなるね」
レイが頷き、ミイナが小さく悲鳴を上げる。
「ええ!? だってそんな……、どうするの?」
「どうすると言われても……」
聖なるどろっとしたものはもういない。移動魔王も使えないでは、レイにはどうしようもない。
「調理道具も調味料も無かったら、ろくなご飯が食べられないよぅ」
肩を落とすシータ。
ミイナが杖で上空の膜を指して訊く。
「膜、どうにかならない?」
「……難しいね。魔王が作り出した結界なら魔王を退治すれば消えると思うけど……」
「魔王が結界を張る必要があるの? 敵が入り込まないように?」
「復活を邪魔されないように、かな? でももし魔王が作ったものではないとすると……」
魔王が閉じこもる為のものなのか、魔王を閉じ込める為のものなのか。閉じ込める為ならば、一体だれが作ったというのか。レイは分からないと首を振る。
「どうする?」
眉を寄せるミイナに、ボスが冷たく告げる。
「どちらによ、魔王を倒しに行くしかないだろう。倒さなければ滅ぼされるからな、世界もオレ達も」
「魔王の城まで歩き? 結構遠いよ」
「文句を言うな、小娘」
シータが溜息を吐く。
「せめて調理道具があればなぁ」
渋々ながら、魔王の城へと向かうことにした勇者の子孫達。落ち込む皆に、ボスが更に衝撃的な事実を言う。
「ここの敵はかなり強いだろうから気をつけろ。それと……、オレは魔王の元に行くまで戦闘に参加出来ない」
皆の視線がボスに集中し、ミイナが「え?」と首を傾げる。
「何でよ? 一人だけ楽しようっていうの?」
「弾の残りが僅かしかない」
「…………!」
弾が無ければ、片手銃はただの金属の塊にすぎない。
唖然とする皆に舌打ちをして、ボスは落ちてきた前髪をかき上げた。
「仕方がないだろう、急だったのだから」
確かに、準備する時間はなかった。なかったのだが……。
不機嫌なボスに、ガインが訊く。
「剣は持っていないのか? 俺の長剣で良ければ貸そう。我が王から預かった、王家に伝わる剣だ」
ガインが剣を差し出す。しかし、ボスは首を横に振った。
「剣は……、あまり得意ではない」
歯切れ悪く言いながら、ボスは剣から視線を逸らした。その態度から、どうやら『あまり』ではなく、剣を扱うことがほぼ出来ないのだと皆は悟った。
「ボス……、役立たず」
「役立たずボスぅ」
ミイナとシータの冷たい視線がボスを貫く。
「ああ、せめて構成員がいてくれれば良かったのに……」
ミイナが大きな溜息を吐いた時、
「ウガー!」
空気を切り裂くような咆哮と共に、魔物の大群が現れた。
◇◇◇
「ライウ!」
「カンチ! ボスも戦ってよ!」
「やってはいる」
シータが魔物を引き千切り、ガインがメッタ刺しにする。
「カンチダ! ……終わった?」
「いや、まだ来るぞ」
「ええ!? どれだけいるのよ!」
魔物の大軍と戦いながら、勇者の子孫達は少しずつ魔王の城へと向かっていた。
「もう……、くたくたよ……」
漸く魔物を殲滅し、ミイナは崩れ落ちそうな体を杖で支えた。
「魔物が強いな」
ガインが顔を顰める。
「せっかくの新品防具が傷だらけだよぅ」
「あ、雨だ」
疲れ果てた勇者の子孫達に、容赦なく冷たい雨が降り注ぐ。
「あの膜、雨は防がないんだ」
ミイナがマントを頭からかぶり、呟く。
「寒い……」
「みんな、シータに集まれ」
勇者の子孫達は、少しでも寒さを和らげようと、シータに密着する。
「馬車の有り難みを痛感するな」
「そうだねぇ」
「もう少し進んだら、交代で休むぞ」
ボスが言い終わるのとほぼ同時に、また魔物が現れる。舌打ちと共に、勇者の子孫達は戦闘態勢をとった。そして――。
「ああ……」
魔物と戦っている間に雨は止み、周囲は暗くなっていた。
休もう、という言葉は誰も言わない。言わなくても皆、もう動けない。
「…………」
「…………」
レイが震える手を伸ばし、地面に座り込んだミイナの頭を撫でる。
遠くで魔物の咆哮がする。
シータが拳で地面を叩いた。
「おいら、おいら、もう駄目だぁ! こんな食生活耐えられないよぅ!」
美味しいご飯が食べたい。拳を痛めつけるように地面を叩き続けるシータに、ミイナが叫んだ。
「シータ、しっかりして! 私だって私だって、もうこんな生活は嫌よ! お風呂に入りたい! ベッドで眠りたい! 毎食毎食、ただ焼いただけの味のない肉ばかりで、せっかく染み抜きした防具も血塗れ。その上ボスは役たたずだし、なんで構成員が一緒じゃないの!? みんなで一致団結魔王をフルボッコな展開になるのが正解じゃないの!?」
思わず目に涙を浮かべたミイナを、レイが抱きしめた。
「落ち着いて、ミイナ。シータ、探せば食べられる野草や果物だって見つかるかもしれない」
「でも、調理道具もないよぅ」
「調理道具の代わりになるものだって見つかるかもしれない。ミイナ、体を洗う池や川を探そう。ね」
ミイナの背中を撫でながら、レイが小さな子供に話すような口調で言う。
「……うん、ごめん。おいら、ちょっとどうかしてたぁ」
「……私も。もう少し頑張る」
汚れたマントで涙を拭いてミイナは顔を上げ、微笑むレイにぎこちなく笑い返す。
ボスが、今すぐ横になってしまいそうな重い体に力を込めて、皆に言う。
「ミイナ、シータ、それからレイも休め」
体力と精神力に限界が来ている三人を先に休ませ、ボスはガインと見張りをするつもりらしい。しかしそれに、レイが首を振った。
「いや、僕はもう少し大丈夫だから、ガインが先に休んでほしい」
一番体力が無いレイの言葉に、ボスが訝しげな表情をし、ガインは軽く目を見開く。
「しかし……」
「大丈夫」
レイの瞳の奥にある光に、ボスとガインが一瞬視線を交わす。
「……ああ。分かった」
「では、先に休ませてもらう」
無理はするな、と言うガインにレイは苦笑して頷く。
ボスとレイを残し、勇者の子孫達は眠った。




