3 不在の理由
「カンチ! カンチダ! カンチシロ!」
小回復、中回復、大回復。
ミイナが三種類の回復魔法を唱えると、白目を剥いて地面に倒れていたレイの体がぴくりと動いた。
「はぁ、びっくりした」
ミイナがほっと胸を撫で下ろす。
レイはゆっくりと体を起こし、頭に手を当てて申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめん。移動魔法は結構大きな力を使うから、ちょっと体に負担がかかったみたいだ」
ミイナが頬を膨らませる。
「もう! 危うく旅立ち早々一人旅になるところだったよ」
「ごめんね。僕は回復魔法が使えないから、ミイナが一緒にいてくれて助かるよ」
レイはもう一度謝って、周りを見回した。
「僕達、注目浴びてるね」
「そりゃ、いきなり現れて死にかけてたからね」
二人は移動魔法『ビュン』を使って、マジンタから北北西の方角にある『ウォル国』にやってきた。
「さて、戦士に会いに行こうか」
レイが杖で体を支えて立ち上がると、遠巻きに見ていた屈強な体つきの人々が、警戒するように身を引く。
「なんだか凄い目で見られてるけど、私達、攻撃されたりしない?」
「大丈夫だと思うよ。この国は『戦士の国』なんだ。一般国民は魔法を見る機会なんて滅多にないから、驚いてるだけだよ」
「へー、そうなんだ」
レイが馬車の手綱を引いて歩き出す。ミイナはその横を歩きながら、レイに話しかけた。
「私、勇者の子孫ってレイしか会ったことがない」
「僕もこの国の――ああ、そういえばまだ名前を教えていなかったね、この国にいる勇者の子孫は『ガイン』って名前なんだ。で、そのガインとミイナしか会ったことはないよ。しかもガインと会うのは何年ぶりかな? 男らしい真面目な奴だよ」
「ふーん、協力してくれるといいけど」
「きっと大丈夫だよ。えーとそこの角を曲がってすぐだけど……」
レイは角を曲がって、二件目にある家の前に止まった。
「ここだ。こんにちは、ガインは居ませんか?」
トントンと玄関ドアを叩きながら、レイが声を掛ける。しかし中からの応答はない。
「留守?」
ミイナが訊き、レイが首を傾げた。
「おかしいな。ガインは仕事で居なくても、ガインのお母さんが家に居る筈なんだが。買い物にでも行ってるのかな?」
「ガインの仕事って何?」
「城の兵をしている」
レイは国の北にある、ウォル国の城に視線を移す。
「ここで待っていてもいつ帰ってくるか分からないし……、城に行ってみようか」
「うん」
「じゃあ、ちょっと距離があるから馬車で移動しよう」
レイがそう言いながら馬車に乗り込む。
「……歩いてでも十分行ける距離だと思うけど」
ミイナは小さく呟いたが、それでも体の弱いレイに付き合って馬車に乗り込んだ。
ミイナが座ったのを確認して、御者席に座ったレイが手綱を握る。馬は右へ左へと、よろよろとしながら城に向かって歩いた。
「なんか、やたら揺れてるよ」
「ごめん、僕は御者なんて初めてだから、上手く出来なくて……」
「レイ、交代」
ミイナがスパッと言ってレイを退かし、御者席に座る。そして――、
「それ行け!」
手綱で馬を叩く。
馬は嘶くと、猛スピードで走り出した。
「ミイナ! 早い! 危ないよ!」
焦るレイをよそに、ミイナはのんびりと答える。
「大丈夫だよ、このくらい」
「駄目だよミイ――う、うげえ!」
「ぎゃあ! カンチ!」
ミイナが慌てて回復魔法を唱え、馬車を止めた。
「ご、ごめ……馬車酔い……」
「これぐらいで馬車酔いって……」
ミイナの魔法で回復したレイは、まだ少し荒い息を整えて、額の汗を拭う。
「ミイナ、もっと優しくしないと馬も疲れちゃうよ」
「うーん、もう。仕方ないなあ」
ミイナは唇を尖らせて極力ゆっくりと馬を歩かせ、程なくして馬車は城の前に着いた。
「到着!」
ミイナが馬車から飛び降りて、城門の前に立っているガッチリとした体型の兵に挨拶をする。
「こんにちは」
「こんにちは。あなたは旅人ですか? ようこそ『戦士の国ウォル』へ!」
兵は大きな声で言って、敬礼をした。ミイナが兵の真似をして敬礼を返す。
少し遅れてレイも馬車から降り、兵に微笑んだ。
「こんにちは。僕はマジンタから来たレイという者です。この城の兵であるガインに会いに来たのですが、取り次いでもらえませんか?」
すると途端に兵が目を見開いて、レイとミイナを交互に見た。
「ガインに、か?」
その戸惑った様子に、レイが首を傾げる。
「何か不都合でもあるのですか?」
「いや、不都合と言うか……」
兵は唇を歪めて、悲しげな表情で城を指差した。
「ガインなら城に居る。城の――地下にある牢屋に……」
レイとミイナが「え!?」と驚いて顔を見合わせた。