2 死相が見えるんです、たまに。
「ひぎゃー!」
今まで生きてきて、一度も出したことのないような絶叫が口から飛び出す。
「や、やば、怖……」
魔物の数が増えている。以前はたまに見かけるくらいだったのに、今は周辺に、魔物がゴロゴロといた。これも魔王復活の証なのか。
ミイナは必死で馬車を御して、走り抜ける。弱い魔物ばかりだが、それでも回復魔法しか使えないミイナにとっては強敵だ。
睡眠も休憩もせずにひたすら逃げまくり、翌日の朝、ミイナはやっと隣国に辿り着いた。
「つ、疲れた……」
セインから少し西にあるのがここ、『魔法使いの国マジンタ』である。
もっとも、『魔法使いの国』と言っても、実際に魔法が使える者は僅かしかいない。むしろ『魔法研究の国』という方が現代では合っていた。
「久し振りだな、マジンタ。確か家はこっちの方に……あ、あった!」
目当ての勇者の子孫の家を見つけ、ミイナは馬車を止める。そして馬車から降り、レンガで出来た小さな家のドアをノックも無しに開けた。
「おーい、生きてるー? って――え!?」
家の中に入った途端、その惨状にミイナは驚き目を見開いた。
うっすらと埃の積もった室内、散乱した書物、そして――血塗れで倒れる男。
「何してるの!?」
ミイナは男に駆け寄り、回復魔法を唱えた。
「カンチ!」
眉が微かに動き、男は目を開ける。
「う……あ、ミイナ?」
「レイ、大丈夫?」
ミイナが床に座り込み、男の青白い顔を覗き込む。
「……ああ、ありがとう」
男の名前は『レイ』。
肩まで伸びた濃い茶色の髪、細身の体、優しい瞳の美青年である。そしてこの魔法の国で数少ない、本物の魔法使いでもあった。
レイはのろのろと体を起こし、血のべったりと付いた手を額に当てた。
「色々調べてたら、吐血しちゃって……」
ミイナが溜息を吐く。
「相変わらず体が弱いね。さっきちょっと死相が見えたよ。気をつけなきゃ駄目!」
レイは苦笑して頷いた。
「ところで、ミイナがマジンタに来るなんて珍しいね。どうしたんだい?」
同じ勇者の子孫として、子供の頃に両親を亡くしたミイナの後見人をレイはしている。それゆえにレイがミイナの様子を見に定期的にセインまで行くので、ミイナがマジンタを訪れることはあまりない。
ミイナがうーんと唸る。
「いや、実は、最近魔王が復活したでしょ? で、王様が私に魔王を退治しに行けって言うんだけど……」
レイが「え!?」と驚いた。
「相変わらず強引な方だね、セインの王様は」
「マジンタの王様は何も言わないの?」
「魔王について調べるように命令されているよ。それで何か倒す手段はないかと調べていたんだけど……」
「見つかった?」
レイは静かに首振る。
「そっか……」
溜息を吐くミイナの頭を、レイが血の付いてない方の手で撫でた。
「困るよね。僕達は勇者の子孫であって、勇者ではないんだけど……」
「そうだよね、迷惑だよ」
「魔王退治なんて考えただけでも――うげえ!」
ミイナは素早くレイの吐血を避け、回復魔法を唱える。
「カンチ!」
レイが荒い息を吐いてミイナに謝った。
「ごめん」
「うん、いいよ。でも本当に大丈夫? いつもの倍、体が弱ってる感じがするけど」
心配するミイナに微笑み、レイは近くにあった布で床の血を拭く。
「で? ミイナはセインを追い出されたのかい?」
「うーん、追い出されたというか、出て行かざるを得ない状況にされちゃった。でもさ、無理だよね。だいたい魔王って何処にいるの?」
投げ遣りな態度のミイナに、レイが血塗れの布をゴミ箱に捨てながら答えた。
「世界の中心にある、孤島にいるらしいよ」
「そうなの? でもそんなところまで行けないよ。どうすれば……」
唇を尖らせ俯くミイナの顔を、レイは覗き込む。
「僕も一緒に行くよ」
ミイナがパッと顔を上げた。
「本当!?」
「うん。僕もちょうど、魔王のことを調べる為に旅立とうかと思っていたから」
壁に手をついて立ち上がるレイに合わせて、ミイナも立ち上がる。
「良かった。正直これからどうすればいいか分からなくて……」
「でも、僕達だけで旅をするのは、どう考えても無理があるね」
「うちの王様は、他の子孫を集めろって言ってたけど、誰か知ってる?」
ああ、とレイは頷いた。
「そうか。それなら、ウォル国にいるよ」
「え、本当?」
「うん。戦士をやっている。凄くいい奴だから、事情を話せばきっと力になってくれるよ」
ミイナが拳を握り、喜ぶ。
「戦士! いいね!」
「決まりだ。準備をするからちょっと待ってて」
レイは部屋に散らばる本を数冊と、着替えを鞄に入れた。
「ウォル国って馬車でどれくらいかかるの?」
レイが首を傾げる。
「馬車?」
「あ、そうか、言ってなかったっけ。王様が馬車をくれたんだ。家の前に置いてあるよ」
「へえ、セインの王様はそこまでしたんだ。よし、準備が出来た。外へ行こう」
二人は家の外に出た。
「ミイナ、ウォル国までは移動魔法で一気に行こう」
荷物を馬車に積みながら言うレイに、ミイナが驚く。
「移動魔法なんて使えるの?」
「うん。一応ね」
「うーん、さすがマジンタ国一の魔法使い。頼りになる!」
感心したように頷くミイナにレイは笑い、杖を右手に持って掲げ、魔法を唱えた。
「それじゃあ行くよ。ビュン!」
二人と馬車が、一瞬で消える。
伝説の勇者の子孫、魔法使いのレイが仲間になった。




