35 雷警報発令中
雷がとめどなく降る草原を、勇者の子孫達とボスの組織の構成員達が歩き回る。
「何処にあるのよ!」
「広いよぅ」
雷に打たれる恐怖に耐えながら探すが、欠片は見つからない。
ガインと背負われたレイの二人は、草を掻き分け地面を調べた。
「無いな……」
呟くガインの頭上で雲が光る。
「雷が来るよ!」
ミイナの叫びを聞いたガインは、咄嗟に転がって雷を避け、額の冷や汗を手の甲で拭った。
「危なかったな。レイ、大丈夫か? ……レイ?」
何故レイは返事をしないのか、と眉を寄せたガインに、ボスがレイの状況を教える。
「白目を剥いているぞ」
ミイナが駆け寄り、回復魔法を掛けた。
「カンチ!」
「うぅ……」
呻くレイの背中をミイナが杖で撫でる。
「しっかりして」
と、その時、シータが空を指さして大きな声で皆に教えた。
「魔物だよぅ」
シータが指し示す方角を見て、ミイナ達は驚く。
「こんな場所にまで魔物は出るの?」
「あれは……ライウンキだ」
レイが掠れた声で言った。
一見ただの雷雲のようだが、よく見ると目とツノがある。そのライウンキが雷を落としながら勇者の子孫達に近づいてきた。
「雷攻撃をしてくるぞ」
「魔物まで雷なのか」
ガインが惨殺の短剣を抜いた。
「雷には雷だ。ライウ! ――う、ゴホッ」
吐血したレイに、ミイナが素早く回復魔法を掛けた。
レイの攻撃で一瞬地上に落ちかけたライウンキに、ガインが短剣を突き刺す。耳をつんざくような悲鳴を上げて、ライウンキは飛散した。
「雷だけでなく、雷系の魔物が出るのか」
眉を寄せてガインが短剣を鞘に収める。
顎に手を当てて、ボスが空を見つめて呟いた。
「もしかして『雷と共に』というのは、あの魔物が持っているという意味か……?」
ミイナ達が「あ!」と手を打つ。
「そうかも。ボス冴えてるじゃない!」
「きっとそうだ。ライウンキを狩りまく――うげっ」
「惨殺者の出番だねぇ」
ガインが顔を顰めてシータに抗議した。
「シータ、俺は惨殺の短剣は持っているが惨殺者ではないぞ」
あはは、と笑いながら、興奮のあまり吐血したレイの為に、ミイナが回復魔法を唱える。その時また、
ピカッ!
と頭上で雲が光った。
ミイナが悲鳴を上げたのと、構成員達がボスの身体に覆いかぶさったのは同時だった。
「ボスの仲間が、ボスを庇って雷に打たれたぁ」
地面に蹲り荒い息を吐く構成員達の腕を、ボスが掴む。
「しっかりしろ! 小娘頼む」
はいはい、とミイナが杖を掲げた。
「凄いね、ボスの仲間。カンチ!」
よろめきながら立ち上がり、構成員達はミイナに礼を言った。
「いいなぁ。おいらも身を呈して守ってほしいなぁ」
指をくわえて羨ましそうに構成員達を見つめるシータを、ボスが冷たくあしらう。
「シータは転がっていろ。そうすれば当たらない――かもな」
「酷いぃ」
泣き真似をするシータの肩を、ガインが慰めるように叩いた。
「欠片を探そう」
欠片はライウンキが持っている可能性がある。その為にはライウンキを狩らなくてはならない。ミイナがボスに訊いた。
「ねえ、ボスの笛で魔物も呼べないの?」
ライウンキをこの場に集めて、一気に狩ることができれば早いのではないか。そう言うミイナに、しかしボスは首を振った。
「呼べない」
「なんだ、残念」
ミイナが口を尖らせ、
ピカッ!
とまた雲が光る。雷は、ミイナの近くで欠片の捜索をしていた構成員に直撃した。
「あ、ボスの仲間が雷に打たれたよ。カンチダ。――大丈夫?」
呪文を唱えて、無事を確かめようと倒れている構成員の顔を覗き込むと、構成員は顔を上げてミイナに笑顔を見せた。
「あ、ありがとうございます。姐さん」
「姐さん?」
首を傾げ、ミイナはボスに視線を向けた。
「『姐さん』って何?」
「気にするな」
「ボスってすぐ『気にするな』っていうよね。気になるから訊いてるのに」
ボスがまだ倒れていた構成員を立たせ、歩き出す。
「無視するとか最低」
ボスの背中に向かって舌を出し、ミイナ達もライウンキを探すために歩き出す。
「見つからないな」
「疲れたよぅ……」
広大な草原を歩き回るが、ライウンキは見つからない。もしかしてもういないのか。勇者の子孫達が弱音を吐き始めた頃、
「ねえ、ガイン」
ミイナがガインの袖を引っ張った。ガインが振り向くと、ミイナは目を眇めて離れた場所を指さした。
「あのやたら低い所をふわふわ浮いている大きな塊って、もしかしてライウンキじゃない?」
それにしては大きすぎるようだけど、と続けたミイナの言葉を最後まで聞かずに、ガインが剣を抜いて走り出す。
「あ、やっぱりそうだったんだ」
惨殺の短剣が反応したということは、やはりライウンキだったのだろう。ライウンキも敵の存在に気づいたようで、猛烈な速さでこちらへと向かってきた。
「ライウ!」
レイが杖を掲げて呪文を唱える。レイの杖から迸った雷撃がライウンキに見事に当たって飛散した。
「やった!」
「違う、よく見ろ小娘」
倒したと思い喜んだが、それは違った。
「沢山いるよぅ」
ライウンキは一体ではなく、複数集まっていたのだ。
ガインとレイがライウンキの集団に囲まれた。
「やばい! ボス、パンパンして!」
「ああ。……ところでそのパンパンという言い方は何とかならないか?」
「いいじゃない、パンパンで。ほら撃って」
ボスが銃を取り出してライウンキを撃っていく。ガインが刺し、レイが呪文を唱え、ミイナとシータは応援した。
「やった!」
今度こそ、ライウンキは飛散した。
静かに息を吐いたボスを、ミイナが見上げる。
「やっぱりいいな、パンパン」
「やらないぞ」
「貸してくれるだけでいいんだけどな」
「駄目だ。それより、いいのか?」
ボスが、ガインとレイに向かって顎をしゃくる。
「あ……、カンチダ!」
ガインとレイが血を拭いながら戻ってきた。
「すっかり血塗れだねぇ」
「そうだな。……すべてレイの吐血だが」
ガインが頬の血を拭い、レイがミイナに手を伸ばす。
「ありがとう、ミイナ」
「え? ごめん、ちょっと離れて。新品の装備品が汚れるから」
「…………」
レイが遠い目をし、ところで、とボスが仕切りなおすように話しだす。
「欠片はあったか?」
ガインが首を振った。
「いや、ないな」
「あの魔物が持っているのではないのか……?」
「どうするのよ」
「疲れたよぅ」
うーん、と考える勇者の子孫達。と、そこで構成員達が大声を上げた。
「ボス!」
「魔物の大群が!」
勇者の子孫達が視線を向けると、先程よりも沢山のライウンキが少し離れた空中に浮いていて、威嚇するように雷を落としているのが見えた。
「あの中に欠片を持ったライウンキがいるかも!」
ミイナの言葉に頷き、ガインとレイがライウンキに向かっていく。同時に構成員もライウンキに向かって行った。
「魔物覚悟ー!」
叫びながら構成員は長剣で魔物を切り付け、やられてもやられても向かっていく。その様子を見つめ、ミイナが感心したように言った。
「ボスの仲間って、戦闘力はたいしたことないけど頑張るよね」
「そうだな」
ボスが銃を構える。ミイナも回復魔法を唱えた。
「カンチ、カンチダ、カンチシロ! シータも手伝ってよ、ほら大回転!」
「えぇー」
嫌がるシータをミイナが杖で突く。無理矢理転がされたシータが、勢いよくライウンキに向かって行った。
「頑張って――」
ピカッ!
「――きゃあ!」
目の前に雷が落ち、ミイナが身を竦める。魔物に夢中で、普通の雷雲を注意していなかった。
「大丈夫か、小娘」
「うん。でも怖か――あれ?」
ミイナが首を傾げて地面に落ちているものを拾う。
「これって……」
何処からどう見ても割れた茶碗のようなものが手の中にある。ミイナはボスを見上げた。
「聖なる欠片?」
「似ているな」
「…………」
「…………」
ミイナとボスは顔を上げた。
「はあ!」
「うげえ!」
「魔物覚悟ー!」
「目が回るぅー!」
魔物の群れと死闘を繰り広げる仲間達を、ミイナとボスは静かに見つめた。