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28  おかしな方向へ

 勇者の子孫達は、黒ずくめの男達に囲まれて、階段をゆっくりと上っていく。

 ミイナがチラリとレイを見て、男の一人に声を掛けた。


「あのさぁ。レイに回復魔法をかけてもいい?」


 しかし、男は首を横に振り、厳しい声で言う。

「駄目だ。少しでも変な動きをすれば、こいつの喉笛を切る」

「わざわざ喉笛切らなくても、もう瀕死じゃない。回復させてよ」

「駄目だ」

 ミイナが「ケチ」と小さく呟いた時、一行は階段を上りきり、建物の最上階に着いた。そこから廊下を少し歩き、大きなドアの前で男達が立ち止まる。勇者の子孫達がおとなしくしていることを確認し、男の一人がドアをノックして中に声を掛けた。

「ボス、連れてきました」

 そしてドアを開ける。中は広い部屋で、部屋の奥に重厚な机と皮張りの椅子があり、その椅子に銀の髪を軽く後ろに流した鋭い目の男が座っていた。歳はガインと同じくらいか。男達と同じ、黒い服装をしたこの男が『ボス』なのだろう。そしてその横には、側近と思われる男が立っていた。

 部屋に入った勇者の子孫達を値踏みするように見て、ボスが重々しく口を開く。


「お前達か。いろいろと嗅ぎ回っていたのは」


 勇者の子孫達は顔を見合わせた。

「ええと、嗅ぎ回る?」

「我々は装備品職人のバッチを捜していただけだ」

 ガインの言葉に、ボスが鼻を鳴らす。

「やはり、奴の仲間か」

 奴、とはバッチのことか。勇者の子孫達は驚いた。

「知っているのか?」

「何処に居るの?」

「教えてくれよぅ」

 ボスが拳でドンッと机を叩く。

「しらばっくれるな。目的はなんだ? 武器の裏取引と密売か?」

 勇者の子孫達は、再び顔を見合わせた。

「裏取引? 密売?」

「どういう意味だ?」

「分かんないよぅ」

 舌打ちをしたボスに、黒ずくめの男の一人が報告する。

「ボス、この男は怪しい短剣も持っていました」

「そいつらの持ち物を調べろ」

 ボスが顎をしゃくると、男達が一斉に勇者の子孫達を押さえ、体を調べ始めた。

「きゃあ! 何すんのよ!」

「やめろ!」

「くすぐったいよぅ」

 そして――、

「あ! 返して!」

 ミイナのポケットの中にあった薬袋を男が抜き取り、ボスに渡す。薬を受けとったボスは、人差し指と中指の間にそれを挟み、見せつけるように軽く振ってミイナを睨んだ。

「これはなんだ?」

「ザイシャで貰ったお薬よ!」

「ふん。ザイシャ、か」

 ボスが側近の男に薬を渡す。側近の男は袋を開いて中身を確認し、頷いた。

「ボス、間違いありません」

「やはり、薬の密売人か」

 蔑んだ瞳で見つめられ、ミイナが『分からない』というように、首を横に振る。

「密売人って何? 話がおかしな方向に進んで気がするけど」

「あの男は中毒か?」

 ボスが親指でレイを指す。

「中毒って何!?」

「地下に閉じ込めろ」

「ちょっと待ってよ! シータ、ガイン――」

 攻撃を促そうとするミイナの言葉を、ボスが遮った。

「おっと、変な真似はするな。中毒男がどうなってもいいのか?」


「だから、『中毒』って何よ!」


 シータがミイナに囁く。

「レイは見捨ててやっちゃうぅ?」

「それは……」

 さすがに無理だ。ミイナが唇を噛んだ時、意思とは無関係に短剣を握りしめて抵抗していたガインが声を上げた。

「何か大きな勘違いをされているようだが、我々は勇者の子孫で、魔王退治の旅の途中、強い武器防具を作ってもらう為に装備品職人を捜していただけだ!」

 その言葉に、ボスが動きを止め、軽く目を見開く。

「勇者の子孫? お前達がか?」

「ああ」

「証拠は?」

「証拠?」

 と、その時、ガインの剣帯が外れて、短剣がガインの腕ごとボスに差し出された。

「ボス、これが怪しい短剣です!」

 ボスが目を眇め、目の前の短剣をじっと見つめる。


「……これは、もしや『惨殺の短剣』か?」


「何? 惨殺……?」

 眉を寄せるガインを、ボスは見上げた。

「何処で手に入れた?」

「これは、うちにあった短剣だ」

「…………」

 ボスが人差し指を軽く振る。すると黒ずくめの男達が勇者の子孫達から手を離した。

「『惨殺の短剣』だ。勇者が魔王を惨殺する際に使用したことから、そのような名が付いた。祖父の代に別の勇者の子孫の手に渡ったと聞いて、捜していたが……」

 ボスの言葉に、勇者の子孫達が驚く。


「勇者って、この短剣で魔王倒したの!? それにもしかして、あなたも勇者の子孫?」


 質問には答えずに、ボスはミイナに視線を移した。

「魔王退治の旅の途中だと言っていたな。ではこの薬はどう説明する? あの中毒男は?」

「だから、薬はザイシャの薬師さんを助けたら貰ったんだってば! レイは中毒じゃなくて、体がものすごく弱いの!」

「…………」

 ボスが灰色の瞳でじっとミイナを見る。

「本当だってば!」

 睨みあう二人。

「…………」

「…………」

 暫くして、漸くボスは小さく息を吐いて頷いた。

「嘘は言っていない、か」

 ミイナも肩を竦めて息を吐く。

「嘘じゃないってば。で、あなたも勇者の子孫?」

「そうだ」

 やはりそうだったのか。こんな形で新たな勇者の子孫が見つかるとは。

 唸るミイナ達に、ボスが告げる。

「事情は分かった。装備品職人にはお前達の武器防具も作らせよう」

 ガインが床に落ちていた剣帯を拾い、短剣を腰に差しながらボスに訊いた。

「その装備品職人は何処にいる?」

「装備品作りに集中出来る場所にいる。もう行け。装備品は出来しだい届けよう」

 ミイナが「え?」と首を傾げる。

「作ってもらえるの?」

「タダぁ?」

 ボスは頷いた。

「ああ」

 タダで装備品が手に入るのか。

「やった!」

「良かったねぇ」

 これで、多少旅が楽になる。喜ぶミイナとシータ。ガインも安堵の気持ちのこもった顔をボスに向けた。

「ありがとう、感謝する。そうだ、勇者の子孫ならば、一緒に魔王退治を――」

 ガインの提案を最後まで聞かず、ボスは首を横に振る。

「断る」

「即答だぁ」

「オレには、この国と組織を守る義務がある」

 組織……。ミイナがふと気づいて訊いた。

「『組織』って、あなたたち何をしてる組織?」

「興味本位で首を突っ込むな。火傷するぞ、お嬢さん」

「はあ? 何それ」

「行け」

 ボスがチラリと横に視線を向けると、レイの拘束が解かれる。崩れ落ちそうになったレイをガインが抱きとめ、ミイナが回復魔法を唱えた。

「カンチシロ!」

 レイが小さく呻いて目を開ける。

「うぅ……」

「レイ、大丈夫?」

「ああ。ごめん……」

 まったく大丈夫そうでないレイを、ガインが背負った。

「とりあえず行こう。レイを宿で休ませた方がいい」

 怪我は治ったが、体力と精神力を回復させなくてはならない。レイの腕を自分の首にしっかりと巻きつかせて歩き出したガインを、ミイナが引き留める。

「うん。だけど――、ちょっと待って」

 そしてミイナは一歩前に出て、ボスの目の前に立った。


「あのさ、魔王退治一緒に行けないんだよね? それならお金持ちそうだから、代わりにもっと金銭援助してよ。私達は、そっちの勘違いで酷い目に遭ったんだからね」


 ボスが眉を寄せる。

「何?」

「慰謝料寄越せって言ってるの! あと、次何処に行けばいいか分からないんだよね。何か知らない? それから魔王退治に協力してくれそうな強そうな人を紹介して。それと、この国に解呪ができる人っていない? 惨殺の短剣とやらのせいで、ガインが呪われてるの」

「…………」

 ボスが口を閉ざし、「ミイナ」とガインが小声で注意する。

「だって……」

 口を尖らせて振り向き、そしてまた視線を戻したミイナに、ボスが鋭い視線を向けた。

「何処に行けば分からない、とはどういう意味だ? 世界の中心に向かっているのではないのか?」

「ん? あそっか。ねぇ、『魔王攻略日記』って知らない?」

「魔王……攻略日記?」

「うん。勇者が書いたものみたい。それを頼りに旅をしてるの」

「勇者が? そんなものがあるなど初耳だ」

「そっか。で、解呪は?」

 ボスが顎に手を当てる。

「……解呪ができる者はいない。まさか短剣が呪われていることを知らなかったのか?」

「知らなかったわよ。じゃあ、魔王退治に役立つ強そうな人を紹介して」

「…………」

 視線を落として黙り込んだボスに、更に何か言おうとしたミイナを、シータがつついた。

「ミイナぁ、お腹すいたよぅ。早く帰ろうよぅ」

「シータは黙っててよ!」

 ミイナがシータを杖で叩き、ガインが慌ててそれを止めようとする。と、その時、側近の男がボスの肩に手を置いた。

 振り向いたボスに、男は真剣な眼差しで告げる。


「ボス、我々のことなら心配ありません」


「何を……」

「本当は、ボスも勇者の子孫として、魔王退治に参加したいのでしょう?」

「…………」

 ミイナが動きを止めて「え? そうなの?」と振り向いた。

「ボスは強い。きっと魔王を倒すと我々は信じています」

 その側近の言葉を肯定するように、黒ずくめの男達が口々に叫ぶ。


「ボス!」

「ボス!」

「ボスー!」


 ボスは男達を見回し、

「お前達……」

 何かを堪えるように一度俯いて、それから立ち上がった。


「魔王退治に、オレも参加する……!」


 力強く宣言したボスに、男達が歓声を上げる。

「うおー!」

「やるぞー!」

「魔王軍と全面抗争じゃー!」

 勇者の子孫、『何かの組織のボス』が仲間になった。

 目の前で繰り広げられる光景に、ミイナ達がポカンと口を開ける。

「コウソウ……? てゆうか、何この展開。なんで勝手に盛り上がってるの、この人たち。別に金銭援助でも良かったんだけど……」

「仲間になる、のか?」

「お腹すいたよぅ……」

 ミイナ達の呟きは、盛り上がる男達の声でかき消された。



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