26 恋する乙女のラッキーカラー
「すごい!」
鳴り響く音楽、熱気、飛び交うお金。
ミイナは目をキラキラとさせて、店内を見回した。
「なにこれ。みんな、なんであんなにお金を持ってるの?」
「カジノには、お金持ちが集まるからねぇ」
「あるところにはあるのだな、金は」
溜息を吐いて、ガインが店員を呼び止める。
「ようこそ、カジノへ。一攫千金を目指して頑張ってください」
「一攫千金!?」
店員の言葉に反応したミイナを軽く押しのけ、ガインは訊いた。
「バッチという装備品職人を探しているのだが」
「バッチ?」
店員が眉を上げ、首を傾げる。
「さあ? カジノには毎日たくさんのお客様が来店されるので、一人一人を覚えてはおりません」
それだけ言うと、店員は軽く頭を下げて足早に去って行った。
ミイナがガインを見上げる。
「どうする?」
「客たちにも訊いてみよう」
「そうだね」
遊んでいる客に、ミイナは話しかけた。
「あのー……」
すると、客の男が眉を寄せて首を振る。
「今話しかけないでくれ!」
「いやちょっとだけ。バッチって男知りませんか?」
「知らん」
知らないのか。では他の客ならばと、勇者の子孫達は周りの客たちに、順番に話しかけた。
「バッチと言う職人を知らないか?」
「バッチって人知らないぃ?」
しかし、知っているという者は見つからず、その上、
「うるさい」
「うるさいって何よ! こっちはやりたくもない魔王退治の為に必死で――」
客と揉めて杖を振り回すミイナを、背後からガインが止める。
「ミイナ!」
「う。だって……」
ミイナは唇を尖らせた。
「みんな遊ぶのに夢中で、まともに話を聞いてくれそうにないねぇ」
困ったねぇ、とシータは肩をすくめた。
ガインが顎に手を当てる。
「……もう一度、外で聞き込みをしてみるか」
「じゃあ、その前に一攫千金を目指して――」
「駄目だ」
危険な賭けをしようとしたミイナの腕を掴み、ガインとシータはカジノの外に出た。
「ちょっとだけいいじゃない。もしかしたら大勝ちする可能性もあるでしょ?」
「駄目だ」
「ケチ!」
「それより、この付近の店から回ってみよう。それに、薬も売るのだろう?」
「薬? ああ、そうだったね」
ミイナがポケットから薬の入った袋を取り出す。
「それが、高く売れるといい――」
そこで突然言葉を切ったガインに、ミイナは首を傾げた。
「ガイン、どうしたの?」
ガインが周囲を見回す。
「――いや、誰かに見られている気がしたのだが……気のせいか?」
誰もいないな、とガインが呟く。と、そこで、
「気のせいじゃないと思うよぅ」
ポケットの中から煎り豆を取り出して口に放り込みながら言うシータに、ミイナとガインは「え?」と視線を向けた。豆を飲み込み、シータはもう一度言う。
「気のせいじゃないと思うよぅ、気配を感じたから」
「気配?」
「二人だねぇ。武器も携帯しているかな。もういなくなったけどぉ」
ミイナとガインが顔を見合わせる。
「ねえ、どうしてそんなことが分かるの?」
ミイナの疑問に、シータは「んー……」と唸って答えた。
「どうしてだろうぅ? ほんの少しだけ格闘家だった頃の感覚が戻ってるのかなぁ」
最近よく戦うしねー、と笑うシータをミイナが杖で指す。
「……もしかして、シータって格闘家の時は強かった?」
「うん。負けたことは無かったよぉ。だって格闘家の時もチャンピオンだったからねぇ」
「格闘家のチャンピオン!? それでなんで、大食いチャンピオンに転職するのよ!」
「そんなこと言われても困るよぅ。痛い、ミイナぁ」
杖でシータを叩くミイナを止めながら、ガインはシータを見つめて小さく息を吐いた。
「まあ、確かに勿体ないが……、それよりもう夜だな。誰かは分からないが見られてはいたようだし、今夜は下手に動かず宿屋に帰った方がいいだろう。ミイナ、薬は明日売りに行こう」
「えー。もう、仕方ないなあ」
ミイナは薬をポケットにしまい、不満げに歩き出す。その後ろを、若干周囲を警戒するガインと煎り豆を頬張るシータが続いた。
「えーと、宿屋はどっちだっけ?」
「そこを右だ」
そうだった、と角を右に曲がり――、
「お嬢さん」
不意に声を掛けられ、ミイナが立ち止まる。
「ん?」
声のした方を見ると、道端に布を敷いて座っている老婆が、ミイナを手招きしていた。
「なに、おばあさん」
「占いはいかがかね」
「占い……?」
ミイナは少し考えて、ガインを見上げる。
「ねえ、やってみていい?」
目を輝かせるミイナに、シータが呟いた。
「女の子って、占い好きだよねぇ」
「うるさいシータ!」
杖を振り上げるミイナをガインが諌める。
「ミイナ。……一度だけだぞ」
「うん、分かってるって!」
ミイナが元気よく返事をし、老婆の前にしゃがんだ。
「さあて、仕事、恋愛、健康、金運、何がいいかね?」
老婆がミイナに訊く。
「じゃあ恋愛で」
即答したミイナに、シータとガインが「ほう……」と頷いた。
「そんなのに興味あるんだぁ」
「意外だな」
「うるさい! 夢見る年頃なのよ! ねえ、早く占って」
ミイナに急かされた老婆が、足元に置かれている透明な玉に手をかざす。そして、玉をじっと覗き込んだ。
「うむむむむ! 見える、見えるぞ。――気難しい彼に思い切って告白してみよう。時には積極的に! 見つめているだけじゃ進展しないぞ。ラッキーカラーは赤」
「…………」
ミイナはポカンと口を開けた。
「え? 『気難しい彼』って誰?」
「占いは終わりじゃ。千エン」
ミイナが目を見開き、老婆に詰め寄る。
「これだけで千エン!? それに気難しい彼って誰よ!」
しかし老婆は首を横に振った。
「占いは終わりじゃよ。ほれ、千エン」
「高いってば! ぼったくり!?」
ミイナがわめく。見かねたガインが、そっと溜息を吐いて財布を出した。
「ミイナ、俺が払おう」
ガインは千エンを老婆に渡し、少々強引にミイナの腕を引っ張って歩き出す。
「うー、もやもやする! だいたい気難しい彼なんて何処にいるのよ!」
「占いなんてそんなもんだよぅ」
「あーあ。千エン、勿体なかったな」
「……俺が払ったんだがな」
文句を言うミイナを宥めつつ勇者の子孫達は宿屋に戻り、レイが待つ部屋のドア開けた。
「ただいま、レ――え!?」
部屋の中を見た瞬間、目を見開くミイナ。目の前の状況が理解できない。
部屋にレイはいなかった。ミイナの背後から部屋の中を覗いたガインとシータも目を見開く。いったいこれはどうなっているのか。
開け放たれた窓、散乱する荷物、――真っ赤に染まったベッド……。
「ラッキーカラーだ……」
ミイナが呟いた。