プロローグ
大きな音とともに背中を強打し、痛みで目を開けた。するとどうしたことだろう。天井が割れていた。いや、正確には俺が割ったらしい。
割れた天井からは綺麗な満天が見えていた。
「な、なんだ貴様はァァァ!」
鼓膜を破る気なのかと言うほどの大声で怒鳴られる。
怒鳴り声が飛び交う豪華な屋敷のホールのど真ん中で、俺は瓦礫に埋もれていた。
「えっと……その、こんにちは?」
——その五分後、俺は借金の証文を握らされて屋敷から放り出されていた。
「いやいやいや、ちょっと待て。俺、さっきまでブラック企業で働いてたんだぞ……?」
俺、生まれ変われるならもう前世のような過酷な環境は嫌だって言ったよなあの女神……!
子供のころから、主に中学のころから働いていた。朝早くに起きて新聞を配達し、学校に行っては学校に出た給食をバレないように残してその日の夜ご飯にもした。
何故そのような生活を送っていたかは想像に容易い。両親が借金をし、払う気のない両親に代わって俺が払っていたからだ。
自分で借りておきながら返さないとはなんとも情けない両親ではあるが、それでも俺の親は親。子どものけつを親が拭くのならその逆が俺の家族。
それがまさか社会人になっても借金地獄とは……おまけに、俺が入った会社は絵にかいたようなブラック企業。もう何日も家に帰っていない、そんな時だった。
意識が薄れていき、軽く意識が戻った時には誰かが倒れたらしく、遠くで聞こえる同僚たちの声が騒がしい。多分、三日くらいぶりに眠れそうなのだから眠りたい。
そもそも体は鉛のように重くて動かない。あぁ、朝までに書類を作成しないといけないのに——そう思ったのを最後に、俺の世界は闇に沈んだ。
「と言うわけで、お主は同僚が倒れたと思っておったが、実際はお主が死んだというわけじゃな」
気が付いたら目の前に金色の光が漂い、目の前に自称女神がいた。
「というわけでお疲れさんじゃのう、お主は過労死じゃ」
「え、ちょっと待って、もう少し優しく言えない?」
「優しく言ったところでお主が死んだことにかわりはなかろう? それに、変に可哀想じゃのう、と同情されたくもないじゃろう。それに自分の身体の悲鳴にも気付かないで働き続ける人間もどうかしておる。もっと休め人間」
指をさされる。死んでおるお主に言っても時すでに遅しじゃがのう、と言って何か空間を撫でている。
よく見ると、ゲームを題材にした物語などに出てくるパネルのようなものが出ている。
「さて、ところでお主、どこに転生したい」
「話の意味が分からないんだけど……」
「よろこべ人間。お主には異世界転生の権利を授けよう」
「よろこべって言われても、軽すぎない? しかも俺死んだばっかなんだよね? 心の整理もできてないんだけど」
「心の整理などあとからつければよい。転生には期限があるんじゃ。よいか、お主の魂は死後冥土に送られる。それをわしが繋ぎとめておるだけなのじゃ。その期限が過ぎればお主は記憶も持たず、名も変わり生まれ変わる」
「そ、そんなこと言われてもどうして俺なんだよ⁉ 聞きたいことだって他にも……」
女神は俺の言葉を無視してパネルを次々と指で弾いている。
「さて……職業は、戦士、魔法使い、農民、鍛冶屋、あとはテイマーが主流かのう。どれがよいか言ってみるがよい」
「えっと……じゃ、じゃあ来世では普通の暮らしがいいかな。今回みたいに過労死とかしたくないし」
「ふむ、では“汎用型人間”にでもするか」
「汎用型⁉ なんか安い量産型みたいで嫌なんだけど」
「安心せい。汎用型は聞いている分にはあまりよくないように聞こえるかもしれんがな、考え方を少し変えるといわば伸びしろは無限ってことじゃ。努力次第ではなんにでもなれる……たぶんの」
「多分って……なれない可能性もあるってこと……?」
「わしはの、少年。チートと呼ばれるものが嫌いなんじゃ。男なら黙って己が力で生き延びて見せよ。……とは言えさすがに普通の人間が生きていられる世界ではない。能力くらいはくれてやろう。しかし、簡単に多様出来るものではないことは肝に銘じておけ」
俺が抗議する前に、女神はパネルを開き操作する。
なにやら真剣に悩んだ素振りをした後に満足そうに微笑んだ。
「これにしよう。よし、お主に授ける能力は“買い物”じゃ」
「買い物……それでどうやって戦えと?」
「金でなんでも買わせてやる。借金をしてでも……な」
生まれ変わってもまた借金、か。もはや借金とは腐れ縁だな。再会したくない腐れ縁だ。
「ちなみに借金は踏み倒せると思わぬことじゃぞ。お主が手に入れた金は借金が返済するまで強制的にわしが回収する。一定期間が過ぎても一円も返済する気がなさそうなら差し押さえ。さらに」
「さらに……?」
「おっともうこんな時間か。長いこと話をし過ぎたな。では、座標は王都近郊の安全な森に——」
そこで突然、女神が、あ、と言った。
「あ、って何? ねぇ、“あ”って何⁉」
「ええい、男がとやかく言うでない。為せば成る、為さねば成らぬというじゃろ。うむ、では行ってこい!」
「待て待て待て待て——ッ!」
「少年、さっきなぜ自分が選ばれたのかと言ったな。そんなものは自分で考えろ。なんでも人が教えてくれると思うな。そして、全てのことに理由があると思うな。いいか、自分が感じ、自分はこのために存在するのだと思ったらそれが答えじゃ。でも、それを感じないからと何も悩む必要はない。それはそれでたまたま自分が選ばれただけじゃ。しかしこれだけは覚えておくがよい。何事も楽しんだもん勝ちじゃ。せっかくの異世界転生、楽しんで来い!」
女神の明るい笑顔を最後に、俺の視界は白い光に包まれた。
そして次の瞬間——俺は豪奢なシャンデリアを突き破り、背中から床に叩きつけられた挙句借金の証文を握らされる冒頭に至る。




