第79話「測る者」
シドル大公国の使節団が帝都へ入ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
その一団は、他国の使節団に比べると驚くほど静かだった。
派手な旗もない。
威圧するような護衛もいない。
馬車も、金銀で飾られたものではなかった。
だが、門兵長はすぐに気づいた。
無駄がない。
馬車の車輪は石畳の上を滑るように進み、護衛の歩幅は乱れず、荷車の位置もぴたりと整っている。
豪華ではない。
だが、整いすぎている。
「……シドル大公国か」
門兵長が呟く。
隣の兵が首を傾げた。
「ずいぶん静かですね」
「静かだから厄介なんだ」
門兵長は短く答えた。
シドル大公国。
技術と研究を重んじる国。
力で押すアジス獣王国とも、商業で動くブロドン共和国とも違う。
彼らは、構造を見る。
どう作られ、どう動き、どこに無駄があり、どこに弱点があるのか。
その一団が、帝都の門前で静かに止まった。
馬車の扉が開く。
先に降りたのは、薄い灰色の服を着た側近だった。
「シドル大公国、皇太子妃選抜候補者をお連れしました」
門兵長が頷く。
「身分確認と荷の検査を行う」
「承知しております」
側近は、まったく動揺しなかった。
当然の手順として受け入れている。
その態度に、門兵長はわずかに目を細めた。
少し前に、アジス獣王国の第一王女が門前で騒ぎを起こしたばかりだ。
それに比べれば、あまりに静かだった。
だが――静かすぎる。
「殿下」
側近が馬車へ声をかける。
ゆっくりと、一人の少女が降り立った。
淡い灰色の髪。
静かな青い瞳。
華やかな装飾は少ない。
だが、粗末ではない。
服の仕立ては上質で、動きを邪魔しない。袖や裾の長さにすら、意味があるように見えた。
シドル大公国第一公女。
セレナ・シドル。
彼女は地に足をつけると、まず帝都の門を見上げた。
驚きはない。
感嘆もない。
ただ、見る。
門の高さ、厚み、兵の配置、人の流れ、検査の手順。
その全てを、目でなぞるように。
「……なるほど」
セレナが静かに呟いた。
側近が小声で問う。
「何かお気づきですか」
「この門は、守るためだけのものではありません」
門兵長の眉が、わずかに動く。
セレナは続ける。
「測るためのものです」
「測る?」
側近が聞き返す。
「ええ」
セレナは門兵たちへ視線を向けた。
「誰が焦るか。誰が怒るか。誰が規則を軽んじるか。誰が従うか。入城の段階で、帝国は候補者の反応を見ています」
門兵たちは、誰も口を開かなかった。
だが、何人かの視線がわずかに揺れる。
セレナはそれすら見逃さない。
「つまり、選抜はすでに始まっている」
静かな声だった。
だが、その言葉は門前の空気を少しだけ冷やした。
門兵長は咳払いをする。
「……検査を始めます」
「お願いします」
セレナは素直に頷いた。
荷が開かれる。
衣類、書類、筆記具、数冊の技術書。
そして、用途の分かりにくい金属製の器具がいくつか。
門兵がそれを手に取る。
「これは?」
「測定器です」
セレナが答える。
「何を測るものだ」
「角度、重さ、距離、振動。用途によって変えられます」
門兵は困ったように門兵長を見る。
門兵長は少し考えたあと、セレナへ視線を向けた。
「武器ではないな」
「使い方によっては、何でも武器になります」
周囲の空気が止まった。
セレナは表情を変えない。
「ですが、それはこの器具に限った話ではありません。筆でも、紐でも、杯でも同じです。危険物かどうかは、物そのものより使用者の意図に左右されます」
門兵長はしばらく黙った。
冗談ではない。
挑発でもない。
本気でそう言っている。
「……では、持ち込み理由を」
「観察と記録のためです」
「何を観察する」
セレナは少しだけ首を傾けた。
「帝国を」
その答えに、門前の空気が再び変わる。
だがセレナは、何も悪びれなかった。
「私は皇太子妃選抜の候補者として来ました。ならば、帝国を知らなければなりません。皇太子殿下の隣に立つとは、帝国という仕組みの近くに立つということでしょう」
門兵長は何も言えなくなった。
その時、背後から静かな声がした。
「その通りです」
門兵たちが振り返る。
そこに立っていたのは、ギルタル・アルノーだった。




