第139話 獣王の娘
アジス獣王国。
広大な草原の中央に築かれた獣王都。
巨大な城門。
力強い石壁。
獣人たちの活気ある声。
ここは戦士たちの国だった。
◆
帝都を出発して数日。
テジナは久しぶりに故郷へ帰ってきた。
城門を潜るなり。
見知った獣人たちが声を上げる。
「テジナ様だ!」
「帰ってきたぞ!」
「おかえりなさい!」
テジナは少しだけ笑った。
「ただいま」
短い言葉だった。
だが周囲は嬉しそうだった。
◆
獣王城。
謁見の間。
玉座に座るのはアジス獣王国国王。
獣王ガルド。
二メートルを超える巨体。
獅子のような金色の髪。
鋭い黄金の瞳。
王国最強の戦士だった。
その前にテジナが立つ。
◆
ガルドは娘を見る。
そして。
開口一番。
「勝ったか?」
テジナは即答した。
「負けた」
謁見の間が静まる。
だが。
ガルドは豪快に笑った。
「そうか!」
大声が響く。
周囲の側近たちは慣れている。
◆
「誰に負けた」
「エルシア」
「納得だな」
即答だった。
テジナが少し不満そうな顔をする。
「なんでよ」
「お前より賢い」
「失礼ね」
「事実だ」
◆
再び笑いが起こる。
父娘らしい会話だった。
やがて。
ガルドが真面目な顔になる。
「それで」
「帝国はどうだった」
テジナも表情を変えた。
◆
「強かった」
一言。
だが重い。
ガルドは黙って聞く。
「軍も強い」
「騎士も強い」
「将軍も強い」
「四公爵も強い」
一拍。
「アルトも強い」
◆
ガルドの眉が少し動く。
テジナは戦士だ。
強さには厳しい。
その娘がここまで言う。
それだけで価値がある。
◆
「どれくらいだ」
ガルドが問う。
テジナは少し考えた。
そして答える。
「勝てる気がしない」
謁見の間が静まった。
◆
獣王ですら少し驚く。
テジナは王国最強クラス。
そんな娘が。
そう言う。
◆
「皇帝か?」
「違う」
「四公爵か?」
「違う」
ガルドの目が細くなる。
◆
テジナは真っ直ぐ言った。
「アルト」
沈黙。
◆
十六歳。
皇太子。
それだけ聞けば少年だ。
だが。
テジナは本気だった。
「今の私じゃ勝てない」
「たぶん十年後でも無理」
「二十年後ならもっと無理」
◆
ガルドは腕を組む。
そして理解した。
帝国が恐れられる理由。
皇帝だけではない。
次の世代も完成している。
◆
「なるほどな」
獣王は笑った。
「そりゃ帝国は強い」
◆
やがて話は本題へ移る。
帝国からの提案。
帝国大使。
侯爵級魔力。
帝国との軍事協力。
◆
ガルドは資料を読む。
しばらく沈黙。
そして。
娘を見る。
「お前はどうしたい」
◆
テジナは迷わなかった。
「帝国へ行く」
即答だった。
◆
「理由は」
「面白そうだから」
謁見の間が静まる。
◆
ガルドが頭を抱える。
側近も頭を抱える。
だが。
テジナは続けた。
「それだけじゃない」
◆
珍しく真面目な顔。
「帝国は強い」
「だから学べる」
「アジス獣王国も強くなれる」
◆
獣王が静かに聞いている。
◆
「私は大使になる」
「帝国と獣王国を繋ぐ」
「それが一番面白い」
最後だけ本音だった。
◆
ガルドは数秒沈黙した。
そして。
豪快に笑う。
「好きにしろ!」
大声が響く。
◆
「お前は元々そういう奴だ!」
「でしょ?」
「褒めてない!」
◆
謁見の間に笑いが広がる。
◆
こうして。
テジナは決断した。
帝国大使になる。
候補者としてではない。
アジス獣王国代表として。
帝国と獣王国を繋ぐ者として。
◆
その夜。
獣王城のバルコニー。
テジナは夜空を見上げていた。
帝都での日々。
選抜。
アルト。
エルシア。
思い出す。
◆
そして小さく笑った。
「また会えるわね」
帝都は遠い。
だが。
今度は客ではない。
帝国大使として向かう。
新しい道が始まろうとしていた。




