第2話 夢かマコトか異世界か
『異世界トリップ』という言葉がよぎった。
けど、正直いってその意味は良く分かっていない。以前、友達に携帯で読む小説とやらを薦められたことがあって、その中にそういうストーリーが幾つかあったように記憶している。現実の世界から架空の世界に迷い込んでしまうという設定。行き先は魔法の世界だったりSFの世界だったり色々だ。けど、所詮そんなものはフィクションに過ぎない。だとすれば、やっぱりこれは長い夢なんだ。いや、夢というのは正しくないかもしれない。正確には脳が作り出している世界というのが妥当かもしれない。
前を歩くミーユが振り返る。
「なにポーっとしてるミュ?」
「……いや。何でもない」
「そうかなぁ。やっぱり今日のダンは変だミョ」
それには答えずに歩きながら色々と考えた。こうやって客観的に分析できている時点でこれは夢ではない。ということは脳内で作り出された仮想世界に騙されているんだ。確かに小学校にあがるまでは変身とかモンスターとかを本気で信じてた。けど、常識的に考えてこの歳になってそんな仮想世界に囚われてしまうものか?
(ゲームにハマりすぎて現実との区別ができなくなったようなもんか……)
いやいや、それもおかしいだろう。自分の場合、それは無い。ゲームは好きだがそこまで没頭した覚えはない!
道ならぬ道をしばらく歩いていくと遠方で地響きがした。
「ミョ? 町の方から聞こえるミョ」
ミーユに言われるまでもなく『ドッカーン!』とか『ズズーン!』とか、またしても漫画の擬音が聞こえてきた。その表現方法は言葉にすれば簡単なんだろう。けど、リアリティという点においては絶望的な嘘臭さだ。それが目に映るアニメ風の光景と相まって、仮想世界っぽさを強調している。
進行方向に細長い煙が幾筋も立ち上っている。どうやら先の方で何かが立て続けに爆発しているらしい。
突然、ミーユが慌てだした。
「た、大変ミュ! グスト連邦軍かもしれないミュ!」
ここからは何も見えない。しかしなぜかミーユには何が起こっているのかが分かるらしい。
「ふーん。で?」
「助けに行くミョ!」
「何で?」
正直、気が乗らない。というより目が覚めるまで平穏に過ごしたい。さっきみたいに痛い目を見るのはゴメンだ。
ミーユがほっぺたを膨らませる。
「なに言ってるミュ! 助けるのは当たり前ミュ!」
(ミューミューうるせえなぁ……)
いい加減うっとおしくなってきた。ここいらではっきり意思表示をしておいた方が良い。そう思って「断る」と言いかけた。ところが自分の口から出た言葉に我が耳を疑った。
『よし! 急ぐぞミーユ!』
〔え? 何言ってんの? 俺〕
一瞬、他に誰か居るのかと思った。しかし今の台詞は確かにこの口から発せられたものだ。
〔思ってることと全然違う!〕
頭では拒否するつもりなのに身体がいうことをきかない。
『ミーユ! ドラゴンを呼べ。町まで飛ぶぞ』
〔おいおいおい! 誰がそんな危険な所に行くって? 冗談だろ?〕
「分かったミュ!」
ミーユは敬礼をしてにっこり笑う。そしてカタツムリみたいな笛を取り出すと甲高い音色を撒き散らした。すると間もなく上空から何かが飛んできた。どうやらそれがドラゴンらしいのだが…。
〔どこから現れたんだろ?〕
このドラゴンは近くでずっと待機していたのか? 何というご都合主義!
ミーユの笛で呼ばれた水色のドラゴンは随分と太っていた。しかも目がぱっちりしていてちっとも強そうに見えない。まるで羽の生えたカバ。それもつぶらな瞳の…。
地上に降り立ったドラゴンの背中にミーユが飛び乗る。
『カバちゃんお願いミョ!』
〔ちょ~! カバちゃんって、そのまんまじゃん!〕
ここは笑うところなんだがやっぱり身体が反応しない。それどころか、自分もミーユに続いてカバドラゴンの背中に飛び乗ってしまった。何とか抵抗を試みるが身体も口もまるで言うことをきかない。自分の意思に反して勝手に行動してしまう。まるで腹話術の人形になってしまったような気分だ。
『チッ! 間に合うか? 町が心配だ』
〔またまたそんな事を! そんな知らない町なんてどうでもいいよ! てか止めろよ!〕
自分の身体がコントロールできないというのは夢の中でもたまにある。ただしこれはちょっと酷い。酷すぎる! 気持ち悪いを通り越して泣きたくなってきた。
そんな気分をよそにカバドラゴンは我々を背に勢い良く大空に飛び出した。
カバドラゴンの背中はゴツゴツしていた。これは小さい頃によく行った公園の恐竜像に乗った時の触感だ。
〔ケツが痛え……もうちょっと何とかならないのかよ。せめてソファぐらいに〕
そう思った瞬間、急に尻が沈んだ。
(お!? なんか柔らかくなったぞ)
硬かったカバの背中が革張りのソファみたいな感触に変わった。
(なんだか都合よく出来てるなあ)
もしかしたらこっちの想像力次第でダイレクトに影響を及ぼすことが出来るのかもしれない。そういえばさっきの刀といい、大ジャンプをした時といい、思った通りにコトが進んだように思える。ミーユの頬に触れた時もそうだった。
(想像力……か)
そんな事を考えながらしばらく飛んでいると前方に町のようなものが出現した。煙の筋が立ち上っているのもそこからだ。
グングン進み、町の上空に差し掛かる。赤い屋根の家が立ち並ぶ町の中央にはポッカリとスペースが空いている。破壊された家々からは出来立てのホヤホヤみたいに煙が上がっている。それを見て不謹慎ながらレンジで加熱しすぎたコンビニ弁当を連想した。
ミーユが叫ぶ。
「あ! あの子は!? 危ないでミュ!」
〔あの子って誰だよ? てか、ここから良く見えるなぁ〕
上空から見ると中央の広場で誰かが対決しているのが分かった。お互いにバカみたいにデカい剣を持って睨み合っている。恐らくこの漫画の他のキャラが戦っているんだろう。
高度を下げながら中央広場に近付く。さらによく観察してみると戦っている連中の片方には見覚えがあった。
〔あの少年……あれがこの漫画の主人公だったような気がする。でも名前が思い出せん!〕
どうやら主人公の少年が苦戦している模様。対峙している相手が手にしている武器を振り回すと主人公の周りに小爆発が起こり、主人公が吹っ飛ばされる。
〔やれやれ。ご苦労なこった〕
敵の攻勢に一方的にやられる主人公。まあ、よくある話だ。どうせ一発逆転の必殺技とか思わぬ援軍とかで結局はピンチを脱するんだろうな。
敵が「止めだぁ!」と、叫んだのがここまで聞こえてきた。
〔ほうほう。で、どうなるのかな?〕
野次馬気分でそれを眺めていた。まさに他人事。が、次の瞬間、また身体が勝手に反応した!
〔ちょっ! 何だ!?〕
何がどうなったのかさっぱり分からない。けど、気がついたら地表に立っている。ついさっきまではカバドラゴンの背中に乗っていたはずなのに…。
〔ワープしたんじゃね?〕
戸惑いながら周りを見る。すると見知らぬキャラがこっちを睨んでいる。こいつが主人公と戦っていた敵のようだ。一方で振り返ると主人公が地面に這いつくばっている。ということは二人の間に自分が割って入ったような形になるのだろう。
『何とか間に合ったようだな』
またしても口が勝手に動いてそんな台詞を吐く。
〔全然そんなつもりは無かったんだけど……〕
主人公の少年が顔を上げてこちらを見る。
「ダン・クロニクル!? なぜアンタが?」
『借りは作らない主義なんでね。これでチャラだ』
〔……借りってなんだよ? 聞いてねえし!〕
主人公が顔を歪めながら忠告する。
「気をつけて。奴の名はソヤロー。四天王のひとりだよ」
『……問題ない』
一応、会話が成り立っている。けど、自分にはチンプンカンプンだ。
ソヤローとかという敵役がどなる。
「何だお前は! 邪魔をするならまとめて消してやる!」
どうやら彼は戦いの邪魔をされて苛立っているらしい。
『フン。やれるものならご自由に』
〔何でそこで煽るかなぁ……〕
こちらの意思などお構いなし。身体が勝手に動いて話の流れに参加している。
そこでソヤローとかいう敵役が顎をしゃくる。
「面白い。なら相手をしてもらおうか」
ソヤローはトリケラトプスの頭みたいな兜にトゲだらけの鎧を着込んだ大男だった。それらは動物の骨や牙を寄せ集めて作ったように見えた。
〔……骨のコレクターかよ。痛い奴〕
それに奴の武器は剣というよりは槍に近かった。マンモスのキバにトゲトゲを継ぎ足したような槍。ケツを刺されると痛そうだ。
ふと気がつくと他の人間はみんな遠巻きに成り行きを見守っている。
〔え? やっぱり俺が戦うの?〕
いつの間にかソヤローと一騎打ちの形になっている。
〔聞いてないよ……〕
そこで風が『ヒュゥゥ』と大げさに吹いた。それを合図にソヤローが骨の槍を振り回した。
「イッパツヤー!」
〔一発屋? 何、そのネーミング。ダサくね?〕
そう思った瞬間、ソヤローの頭の辺りが真っ赤に染まった。と、続いて何かが飛んできた! 思ったよりスピードは無いけどヤバそうな火の玉がこっちに向かってくる。
〔ちょ、なんで避けない……て、熱っ!〕
そこで棒立ちの状態から身体が勝手に反応する。
『ラマジカ!』
〔なんじゃそりゃ!? て、避けろよバカ!〕
訳の分からない言葉と同時に剣を振る。するとどうしたことか急に周りがひんやりした空気に包まれた。ついでに頬に水しぶきを浴びる。
〔お? おおっ! 水のカーテンか?〕
なんと自分の周りを南極のオーロラみたいな水壁がガードしている!
〔なんだ。やればできるじゃん!〕
と、喜んだのも束の間。今度はソヤローがジャンプで突っ込んでくる。しかも例のトゲトゲ・ランスをこっちに向けてやがる!
ソヤローが怒鳴る。
「クイッパグレ!」
〔またバカな名前を……って近いよお前! おまけに全身燃えてるし〕
全身が火に包まれたソヤローが宙を舞い、突進してくる。
その攻撃に対して身体は勝手にバックステップを繰り出し、距離を取る。
『ギマジカ!』
またしても意味不明な呪文を口にしながら剣で敵の槍を受ける。
火に包まれた敵の槍からは炎がこぼれてこちらの身体にまとわりつこうとする。
〔熱っ! いやマジで熱いって!〕
一方で自分の両脇からは水が噴出してそれを受け止めようとする。
そこで敵がいったん下がる。
ソヤローの顔が歪む。
「クッ! やはり水型とは相性が悪いか!」
〔お? チャンス! ここから反撃か?〕
そう期待したのに身体は無反応。なぜそこで追い討ちをかけない?
ソヤローが再び戦闘体勢を取ろうとした時だった。前方で『ズガガガガッ!』という音がして何かがキラッと輝いた。良く見ると竹の子みたいに地面から氷の柱が生えている。
ソヤローがキッと周囲を睨む。
「この氷柱は!?」
奴の言葉につられて身体も反応する。
『これは!?』
〔今のは自分の技じゃないよな?〕
確かに呪文とかそういうアクションとかを繰り出した覚えは無い。しかし、ソヤローも自分の身体もこの氷柱に覚えがあるらしい。
ソヤローが呟く。
「これは……噂の女剣士か?」
〔またそうやって知らないキャラを出す……いい加減にして欲しいよな。まったく〕
さらにソヤローは忌々しそうに唾を吐く。
「ケッ! この状況で女剣士まで相手にするのは流石に分が悪いか」
そう言ってソヤローは槍を背中に収めると「命拾いしたな」と、捨て台詞を残して後退していった。
〔見かけによらず逃げ足が早えなぁ〕
と、感心したのも束の間、今度は身体が勝手に別な方に向く。見るといつの間にか黒いドラゴンがすぐ側まで迫っていた。そしてその背中には剣士らしき風体の女…。
身体は冷静にその女に話し掛ける。
『余計なことを……アンタがあの有名なポスト王国の女剣士か?』
〔誰だよそれ? ポストってどこだよ……〕
くだんの女剣士はドラゴンに乗ったままこちらを見下ろしている。そして一言。
『死ぬな。少年』
彼女の視線の先では主人公が死に掛けている。その側で知らない女の子キャラが回復の呪文だかなんだかで手当てをしている。
女剣士は微かに眉を顰め、手当ての様子を見守る。
なんだか仲間外れにされてるようで面白くない。けど、あまり深く関わらない方が良さそうだ。この素性の知れない女剣士も結構、強そうに見える。第一、乗ってるドラゴンのスペックが全然違う。まずあっちのドラゴンは頭が小さくてV字型の角が格好良い。金色の眼も精悍さを現している。羽も尻尾も牙も、ひとつひとつの造形がシャープな印象を受ける。それに黒光りする身体は筋肉質でミーユのメタボなドラゴンとはえらい違いだ。
しばらくして主人公の少年がヨロヨロと立ち上がった。そして彼を介抱していた女の子キャラの肩を借りて歩き出した。全身ボロボロでその目はうつろだ。
〔おいおい。助けて貰っておいて礼も無しかよ……〕
イマイチ納得がいかなかったが誰も彼等を追う素振りをみせない。主人公と女の子が引き上げるのを見送ってから女剣士は笑みを浮かべた。
『こんなところであの子を失うわけにはいかないからな……』
彼女のそんな台詞と一連の流れに完全にしらけてしまった。そこで(なんだかなぁ)と、頭を掻こうとして気がついた。
(およ? 動くぞ!)
確かに手が動く。試しに右手をブンブン振り回してみる。
「よっしゃあ! やっと動ける!」
今までのは何だったんだ? 身体は言うことをきかないわ自分の意思では喋れないわと、まるで操り人形みたいだった。
「畜生。酷い目にあったな」
そうボヤいてから首をグリグリ回す。
「なんで勝手に行動しちゃうかなあ、もう」
そんな自分の独り言を聞いていた女剣士が驚いたような表情をみせる。
「あなた、もしかして……」
「へ? 何か?」
女剣士が真剣な顔で尋ねる。
「あなたも記憶があるの?」
「え? 記憶って……何の?」
「勿論、ここに来る前の記憶よ」
「それって眠る前の世界ってこと?」
「……眠る前って、あなた。これが夢だと思ってる?」
そう言って女剣士はケタケタ笑い出した。
ムッとして言い返す。
「これは現実じゃないってぐらい分かってるよ!」
確かにこれが夢の世界というのには疑問を持っている。しかし、面と向かってそれを否定されると益々自信が無くなってくる。
ひとしきり笑い倒してから女剣士が言う。
「その様子じゃ、まだこっちに来たばかりのようね。じゃ、しょうがないか」
「え? ひょっとして……仲間?」
「まあ、そんなところ。あなたで4人目よ」
(4人。じゃあ他にも……)
女剣士が髪をかき上げながら尋ねる。
「ね。ところでこの漫画、今どうなってるの?」
漫画……ああ、この人は分かっているんだ。それで少し安心した。
「まだ続いてる。でもあんまり人気無さそうだから連載終わっちゃうかも」
それを聞いて彼女は眉を顰める。
「……参ったわね」
「なんで? 連載が終わったら何かマズいことでも?」
「分からない。ただ好ましくないことになるわ。お互いにね」
「何だよ。はっきり言えよな。気になるじゃんか」
すると女剣士は何か考え事をする素振りを見せて軽く首を振った。
「さて、どうなるんでしょうね。作者のみぞ知るってとこかしら」
この女が言うことはどこまで真実なんだろう? もしかしたらこの不可思議な現象の説明を聞けるかもしれない。そう思って質問しようとした時だった。女剣士がハッとしたように遠くに視線をやった。
そんな彼女の反応に違和感を覚えた。
(どうしたんだろ?)
すると女剣士は唐突に口を開いた。
「ゴメンね。どうやら次の場面に行かなきゃなんないみたい」
「次の場面? 何それ?」
すると彼女はチラリとこちらを向いてすまなさそうに返事をした。
「その内、あなたにも分かるわ。さっきのあなたと同じで自分の意思とは無関係に身体が勝手に動くのよ。ストーリーに参加する為にね」
そう言って彼女はドラゴンの手綱を引いた。
「な!?」
呆気に取られているうちに女剣士の黒いドラゴンは『バッサ、バッサ』と豪快に羽ばたきをして空に飛び上がった。
「ちょっ! 待ってよ! まだ聞きたいことが!」
しかし彼女は行ってしまった。
その様子を眺めながら彼女の言葉の意味について考えた。
(ストーリーに参加する為……)
突然に身体のコントロールを失った理由が本当にそれだったとすると…。
(どうなっちゃうんだ? 俺)
そう考えると目の前が真っ暗になるような気がした。




