第10話
さらに月日が流れ、リリィがFランクに昇級してから半年が経っていた。いよいよ明日、彼女の冒険者ランク昇級試験が行われる。
Dランクからは魔物やモンスターの討伐が受けられるようになるため、試験も実践形式となる。かつてエドガーもその昇級試験を受けてランクを上げたという。
「いよいよ明日だな」
エドガーの言葉に、リリィは満面の笑みを浮かべた。
「うん、凄く楽しみ!」
彼女の無邪気な笑顔に、エドガーは少し複雑な表情を浮かべる。
「ただし、武器にマナは流すなよ。相手を殺してしまうかもしれないからな」
エドガーの忠告に、リリィは途端に困ったような顔になった。
「う、うん……でも自然に流しちゃうから……」
リリィはエドガー以外の武器にマナを流すことが苦手だった。エドガーの作った武器は、彼自身の繊細な付与技術によってマナ回路が緻密に構成されている。
しかし、一般的な武器の付与によるマナ回路は大雑把なため、一気にマナを流し込むのだがリリィには扱いが難しかったのだ。
「カイに武器を作ってもらったから、それを持っていけ」
エドガーは懐から一本の剣を取り出した。
「わかった!」
リリィは素直に頷いた。
翌日、リリィとエドガーは冒険者ギルドへとやって来た。受付嬢のラウラが、いつものようににこやかに挨拶をする。
「リリィさん、おはようございます!」
「おはよう、ラウラさん」
「いよいよですね」
「うん!」
リリィは期待に胸を膨らませ、ラウラに連れられて訓練場へと向かった。
訓練場はギルドの地下にあり、広々とした空間が広がっていた。
「今日、試験を担当してくれるのはCランクのクロウさんです」
ラウラは、精悍な顔つきの男性を紹介し、試験内容を説明した。
「クロウさんと実践形式で戦ってもらい、リリィさんの実力を確認します」
その言葉にリリィは頷いた。
ラウラは続ける。
「実力によってランクが決まります」
リリィは首を傾げた。
「え?Dランクに上がるだけじゃないの?」
ラウラは微笑んだ。
「そうです。実力によっては最高Bランクもありえます」
リリィは驚いて目を見開いた。
「ただ、私が知る限りいきなりBランクに上がったのは、リリィさんの知るエドガーさんと、今はAランクのローラさんくらいですが」
リリィは隣に立っているエドガーを見た。エドガーは照れたように頭をかいた。
「まぁ、そこからは上がってないがな」
ラウラはエドガーをじっと見つめ、目は笑っていなかった。
「上げる気がないだけですよね」
ラウラは、再三昇級試験を受けるようにエドガーに促したが、彼は頑なに断り続けていたのだ。
その時、上の階がざわついた。訓練場は地下に作られているため、階段を降りてくる足音が響く。姿を現したのは、四人の女性だった。彼女たちはAランク冒険者パーティー**『紅蓮の乙女』**。そのリーダーであるローラが、真っ先にエドガーに近寄ってきた。
「ふーん、この子がエドガーの弟子なの」
「ああ、久しぶりだな」
エドガーとローラは同時期に試験を受け、Bランクになった同期だった。しかし、エドガーがAランクに上がらないことに、ローラは常に苛立ちを覚えていた。
「まだ使えない武具を作ってるの?」
エドガーは鼻で笑った。
「凡人には使えないだけだ」
ローラは、エドガーの作った武具を扱うことができなかった。以前、一度エドガーの武器を借りたが、マナを流し込むとマナが弾かれてしまうのだ。それをいとも容易く操るエドガーに、ローラは内心、嫉妬を覚えていた。
「では、始めます」
ラウラの声が響き渡り、試験が促される。
「よろしくお願いします」
リリィと試験官のクロウが構えた。エドガーとローラは少し下がって、試験を見守る。
リリィは自分の防具にマナを流した。瞬間、防具は銀色の光を放ち、その輝きにローラが目を丸くする。
「エドガーの防具にマナを流してるの…!」
ローラは驚きを隠せない。
次の瞬間、リリィが加速した。一瞬で間合いを詰め、クロウに斬りかかる。しかし、クロウも熟練の冒険者だ。素早く剣を払い、リリィの攻撃を受け止める。だが、リリィの攻撃は止まらない。間髪入れずに繰り出される連撃に、防戦一方のクロウは為す術がなかった。
「そこまで!」
ラウラが試験を止めた。クロウは額に汗を浮かべ、少し息を切らしていた。
「どうだ?」
エドガーがローラにリリィの評価を尋ねた。
「凄いね、この子」
「だろ?」
エドガーはご満悦だった。ローラは少し考え込み、ラウラに提案する。
「私がリリィと手合わせしてもいいかな?」
その提案に、周りがざわついた。Aランク冒険者が昇級試験の相手を務めることは異例だったからだ。
「え?ローラさんがよろしければ…」
ラウラが戸惑いながらも答えると、ローラは迷うことなく言った。
「ええ、いいわよ」
こうして、ローラとリリィが戦うことになった。
「始め!」
ラウラの合図と共に、リリィは先ほどのように加速し、間合いを一気に詰めた。しかし、ローラは経験豊富なAランク冒険者だ。リリィの攻撃を巧みにかわすと、鋭い反撃を繰り出した。リリィも必死に応戦するが、経験の差は歴然としていた。ローラが優勢のまま、試験はあっという間に終わる。
「そこまで!」
「ありがとうございました」
リリィは深々とお辞儀をし、エドガーの方へとやって来た。
「うん、上出来だな」
エドガーはリリィの頭を撫でた。
「もうちょっとやれると思ったんだけどな」
リリィは悔しそうに呟いた。
「武器にマナをろくすっぽ流せてないからな」
エドガーが笑いながら指摘した。
「だってエドガーの武器じゃないし!」
リリィはほっぺを膨らませて抗議した。
その会話を聞いていたローラが、興味津々で二人に詰め寄る。
「エドガーの武器にもマナを流せるのか?」
「ああ、リリィの本当の武器はこれだ」
エドガーはリリィからカイに作ってもらった剣を受け取り、ローラに、自身の工房でリリィのために作ったレイピアを渡した。
ローラは言われた通り、レイピアにマナを流そうとするが、やはり弾かれてしまう。
「この武器にマナを流してみてくれないか」
ローラはリリィに頼み込んだ。
「あ、はい」
リリィは自分のレイピアを受け取ると、迷うことなくマナを流した。すると、レイピアは銀色の光を放ち始めた。
「リリィ、それで、あそこにある的の鎧を突いてみろ」
エドガーが訓練場の隅にある的の鎧を指差した。
「わかった」
リリィは迷いなくレイピアを構え、鎧を突き刺した。信じられないことに、剣先は硬いはずの鎧をいとも簡単に貫通した。その光景に周りがざわつき、ローラは目を丸くした。
「リリィはマナ操作が繊細だからな」
エドガーの言葉に、ローラがエドガーに詰め寄る。
「私が繊細じゃないみたいじゃない!」
「お前は豪快で、繊細なことは苦手だろ?」
エドガーが笑いながら言うと、ローラは拗ねてそっぽを向いた。
それからしばらくして、リリィのBランクへの昇級が決まった。彼女はあっという間に、周囲の誰もが予想もしなかった高みに到達したのだ。
ローラはエドガーに頼み事があると言い、明日、彼の工房に寄ると告げて去っていった。新たなステージへと上がったリリィの冒険は、これからさらに加速していく。