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白河父は静かにソファに腰かけていた。
「……お父さん」
俺の欲にいる白河さんが声をかける。その手はわずかに震えていた。情けない話、俺も震えていた。
白河父はこちらを、白河さんを見るとそっぽを向いてしまった。白河さんが何かを話そうとすると彼は口を開いた。
「『絵を置く旅人』」
「……?」
「それがおまえが絵を描く、画家になりたいと思うきっかけになった本だろ」
「……はい」
「そういえばそれを買い与えたのも私だったな」
「覚えててくれたの?」
「…………」
「お父さん」
「……あんなに素敵な話を忘れるわけがない」
「それは……」
「もちろん読んだよ。おまえが読んだ全ての本を私も読破した。私だってできることならゆなを理解したかった。けれどどうしてもできないんだ」
「あの!」
場違いなのは百も承知だ。俺は親子の大切な会話に口出しした。
「理解ってそんなに大切ですかね?」
「……どういうことだい?」
「芸術のことは俺にも全然分かりません。でも成功する確率が限りなくゼロに近い世界だということは分かります。けれども、俺はゆなさんを応援したいです。ゆなさんに画家になってほしいと思います。それは、あなたも同じなんじゃないでしょうか? そうじゃないと、彼女が読んだすべての本を読もうとなんか絶対に思いやしません。それでいいんじゃないでしょうか? 人間、たとえそれが自分の娘であっても理解できないことがいつかは出てくると思います。だって、全てが同じ思考を持っている人なんて存在しないんですから」
「そんなことは分かっている。私だってなれるものならなってほしい。子供の夢を否定したい親なんてこの世に存在するものか。……けど、仕方ないじゃないか。いつだって現実は残酷なんだ」
「そんなことは分かっています。だから……一緒に考えてあげてください。ゆなさんが画家になる方法を。それに、寄り添ってあげることに理解なんか必要ないんです。何もできなくてもいいじゃないですか。一人でも親身になって一緒に悩んだりしてくれるだけでそれはもう一人じゃないんです」
一体、何を言っているんだろう、俺は。
でも、これが俺の本当の想いだ。
結論を言うと、彼女は画家になるという夢を追いかけることを許された。
案外、簡単に引き下がってくれたとは言わないが少なくとも、こんな子供の意見を聞き入れてくれた時点で、彼は甘い父親というやつなのかもしれない。それも、全て白河さんの今までの努力があってのことだ。色々と空回りはしていたがその熱意が本物であることは他人である俺にも分かったほどなので、父親ならばなおさらだったことだろう。もしかしたら、これは俺の勝手な想像であるが、俺なんかが口出ししなくとも最初から許すつもりだったのかもしれない。ちなみに白河母は元々法曹になろうが画家になろうがどちらでもよかったそうなのでとりあえず彼女の決意が固まった時は素直に胸をなでおろしたのだそうだ。いや、彼女の決意は最初からカチコチに固まっていたようなものなのでこの場合はとりあえず進路が確定したことに、というのが正しいのかもしれない。白河さんが頑固なところは間違いなく父親から受け継いだということは想像に難くない。
ともあれ何度も言うように白河さんは画家になるという夢を追いかけることとなった。
ひとまず、彼女の孤独な闘いは終わったのである。
白河父は目の前で並んでいる俺と白河さんを見て小さく言った。
「青春だねえ」と。




