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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第七章「運命 Das Schicksal」――九月二十二日
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14.

 空を飛べない詩都香は、相手に熱線を吐かせないために懐に飛び込むしかなかった。いったんそれまでの魔法を解いてから、〈器〉内の魔力を払底してギリギリまで身体能力を上げる。魔力はどうせすぐに補充されるのだ。

 こうして接近戦に持ち込めば小回りの利く自分の方が有利かと思ったのだが、敵もさる者、そんなに甘くはなかった。

 ホムンクルスは十数本の尾で迎撃してきた。これまでとは段違いに鋭い動きだ。フェイントをかけたり、詩都香の動きを先読みしたりする。さらには遠距離からの攻性魔法がこれに加わる。

 かわすのは薄氷を踏む思いだった。その上、詩都香にとっては、ホムンクルスの攻撃が撒き上げる石くれさえ致命傷になりかねない。

「いたっ!」

 そんな石つぶてをひとつ脛にもらい、しゃがみ込みそうになる。後で青あざになるのは確実だった。

 この小さな獲物を仕留めるのに大振りの攻撃は必要ないと判断してか、ホムンクルスは小刻みな攻撃を繰り返してきた。詩都香はどうにかサイコ・ブレードを振り回して捌ききる。

 だが、それも相手の読みの内だったらしい。釘付けになった詩都香に向かい、ホムンクルスは軽く前肢を振った。それだけで大量の砂利が舞い上がり、無数の弾丸となって襲いかかってくる。詩都香はたまらず防御障壁を張って後退する。

 さらにそこへ、砂塵の煙幕を破って尾の一本が猛追してきた。攻性魔法を受け止めた障壁がみしりと音を立て、詩都香の体は吹き飛んだ。

「詩都香っ」

 魅咲が両者の間に割って入った。尾と打ち合いながら、それでもじりじりと退がる。

 地面を転がった詩都香はその間に体勢を立て直した。

「くそっ、いったいじゃないの」

 相手の戦力を見誤ったかもしれない。〈モナドの窓〉を得たホムンクルスは想定よりはるかに強かった。

(……でも、負けらんないのよね)

 今の詩都香を衝き動かしているのは、ノエマから受け取った想いだ。『姉さんを助けてください』――その願いを叶えるために、詩都香は奥の手を使ったのだ。

「みさ――おっと!」

 声をかけようとした矢先、魅咲も攻撃を食らって障壁を張りながら飛ばされてきた。それを念動力でふわりと受け止める。

「ててて……ありがと。参ったな、強いじゃない」

 魅咲も攻めあぐねている。しかし、休んでいる暇はなかった。距離をとれば奴は口からの攻性魔法を使ってくるだろう。ノエシスの〈モナドの窓〉を大きく開いた今、今度こそ山が消し飛ぶ。

「先行くよ」

 さすが体力自慢の魅咲、軽く息を整えてすぐさま駆け出した。それを頼もしく見送りながら、詩都香は記憶を探る。ひとつの魔法に思い至っていた。

(これ、ノエシスに見せたことなかったわよね)

 奇襲で一撃で仕留めるための魔法。二度見せる代物ではない。ホムンクルスがノエシスの記憶までトレースしているかは判断がつかないが、いずれにせよ不意を突ける算段は大きい。

 ノエシスがどれだけの〈不純物〉を許容できるかは不明であるものの、もう残された時間もわずかだろう。

 よし、とひとつ気合を入れて、詩都香も魅咲の後を追った。

 二人はどちらからともなく背中を合わせ、互いの死角をカバーする。攻撃を弾きながら、詩都香は口を開いた。

「魅咲、わたし、あれやろうと思うんだけど」

「あれって?」

「あれよ、あれ。取り乱さないでね」

 そうとだけ言うと、詩都香は魅咲から離れてさらに相手に肉薄しようとする。無謀な前進はすぐに猛攻に晒され、ついには数え切れない程の尾が殺到した。防御障壁に幾つもの穴が穿たれた。



 ※

 魔法を準備する私の視線の先で、高原が突然無鉄砲な突貫を始めた。止める間もあればこそ、前後左右上下、あらゆる方向から刺し貫かれ、その体が力なくぶら下がった。

「うそ……」

 高原がやられた……?

 姉さんと私を何度も撃退したのに。

 あんなすごい異才を開放したのに。

 こんなところで。

 私たちを助けるためなんかに。

 なんで殺されちゃうの。

 高原くんに何て言えばいいの――

 刹那の内に私の胸に去来した種々の想いを詳細に述べることは難しい。そしてそのどれもが続く数瞬で裏切られた。

 ホムンクルスがさっきよりも大きな悲鳴を上げた。次なる標的を相川に定めて殺到しつつあった尾が一斉に動きを止めた。探るまでもなく、その原因が私の目にも飛び込んできた。

 高原だった。ホムンクルスの右腰の下辺り、地面に落ちた巨大な影から半身を抜き出した高原が、“サイコ・ブレード”と当人が呼ぶ魔法具の刀身を深々と右後肢に突き刺していた。

「ふんっ!」

 さらに刀身を動かし、ついにはその肢を切断する。肢を一本失ったホムンクルスが横倒れになるのと、高原がその体の下から脱出するのはほぼ同時だった。

 サイコ・ブレードは使い手の魔力をエネルギー源とする超高熱の刃だ。単純な仕組みだが、殺傷能力は極めて高い。斬りつけられれば傷口の組織は瞬時に炭化し、想像を絶する苦痛を与えられることだろう。高原は私たちとの戦いでもこの武器を使っていたが、どこかおっかなびっくりで、威嚇のためだけに振るっているようなものだった。殺傷能力の高すぎる武器はかえって攻撃を制限し、姉さんと私にとってはそれがつけ入る隙でもあったのだが。

 その残酷な刃に断たれたホムンクルスの肢はそれでもなお再生を開始していたものの、苦痛は消えないようだった。地響きを立てながら身悶えする。

 高原は私のそばまでやって来て、緊張の糸が切れたようにぐったりと座り込んだ。蜂の巣にされて宙吊りになっていたはずの体の方は、知らぬ間に消え失せていた。

 このバカ女(イディオーティン)は何度私の肝を冷やせば気が済むんだ。高原くんの言う通りだ、こいつは周囲の人間を安心させることがない。

「今のは」

「ああ、わたしのオリジナル。単純な幻覚の魔法の組み合わせ。知性を持った相手にしか通用しないんだけど、効いてよかったわ。ほんとはその内あんたたちに使ってやるつもりだったんだけど」

 いかにも高原らしい陰湿な魔法である。用心しよう、そう心に決める私の眼前で、ホムンクルスの体表に変化が起こっていた。

 肉体の表面を覆う皮膚が波打ち始めた。

 ぞぞぞ、とその下の肉が蠢いた。

 そして泥濘の中から浮かび上がるように、姉さんの顔が現れた。

 ホムンクルスの行動は、あたかも体の中から異物を摘出するかのようだった。

 そうだ、今やあいつにとって姉さんは、命の源であるとともに痛みを伝える異物なのだ。

 しかしそれでも、痛みの元を抜き出そうとする本能を辛うじて押し留め、それ以上は手放そうとしない。姉さんを切り離せば、自分も生存できないことは理解しているようだ。

 その様子を正面から見据え、高原は静かに小さく首を振った。彼女の顔には、哀れみにも似た色が浮かんでいた。

「迷ってるんでしょ? 繋がりを弱めて〈モナドの窓〉を手放すべきかって。でもね、一度手にした〈モナドの窓〉は、それが約束する無限の力は、己の意志で手放せるもんじゃない。麻薬よりも強烈な、まさに究極の禁断の果実。……わたしたちと一緒ね。知性を捨てて本能に走ればその迷いも消えるんだろうけど、それも今のあんたにはもう無理よね。――ノエマ! 念動力でノエシスを確保して! 痛みが引いたらまた取り込まれるかもしれない!」

 私は言われるがまま念動力を集中。高原の警告通りにホムンクルスが再び姉さんを取り込もうとして体が引っ張られ、痛みが走ったのか、姉さんが小さく呻いた。思わず力を緩めそうになる。

「大丈夫。あいつだって、ノエシスが死ねば自分も崩壊することを理解してる。と言っても、ノエシスを死なせたらこっちとしても意味がないから、無理に念動力を強めないで。それから、ノエシスの周りに障壁を張ってあげて――ちょっとばかし荒っぽく行くから」

 私はまたも指令どおりに動いた。高原は棒立ちになって攻性魔法の準備を始める。

 私の魔法は完成していた。



「さーて、派手にやっちゃいますか」

 ホムンクルスの胸部から突き出たノエシスの頭のそばにノエマが取りつくのを見届け、詩都香は髪をかき上げた。

〈モナドの窓〉は相変わらず全開。魔力は十分。心配なのはそれを扱う自分の体力だけだ。

 両手に魔力を集中。詩都香の最大の攻性魔法は〈器〉の容量の二割強を消費する。逆に言えば、それ以上の威力の魔法を彼女は持っていない。

 ならば――その数を増やせばいい。今の詩都香は、体力が続く限り無限に魔力を扱える。

「〈マルチプル・ラウンチ・メガ・バスター〉」

 両手に光の玉が発生。消費した魔力が、一秒足らずで補充される。

 手から離れた光球は、念動力によってその身の周りに滞空する。その間にも、詩都香は次々に同じものを生む。その数は瞬く間に二十を超えた。

(あ~、しんど。しばらく魔法は使えないな)

 ゴリゴリと体力を奪われ、呼吸が荒くなった。倦怠感が全身に広がる。

 異状に気づいたのか、魅咲に攻撃を繰り出しつつ、ノエマを振りほどこうとしていたホムンクルスが、詩都香の方に顔を向けた。その濁った目が大きく見開かれる。

「おっと、恐怖も感じられるようになった? わかるみたいね、こいつは『痛い』じゃ済まないわよ」

 ノエマのゴーサインが出た。

 右掌を怪物に向ける。

「いくよ、ノエマ! 一斉発射(サルヴォ)!」

 白い光球が一斉に放たれた。

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