13.
※
「チャンス」
ホムンクルスが動きを止めた。表面には現れないダメージが蓄積しているのかもしれない。私は少々強力な攻性魔法を準備しようと、精神を集中させる。
そこで突然、高原の精神感応波が届いた。
『気をつけて! これからが第二ステージ!』
はっとして向き直ると、いつの間にか再起動していたホムンクルスが、性懲りもなくまたあの攻性魔法を吐き出そうとしていた。防御障壁を展開しつつも、こんなの当たるわけがない、と高をくくっていたのだが――
「なっ!?」
今度の砲撃は散弾だった。あの大出力の魔法を、数百条の細い光に分割して撃ってきたのだ。
慌てて回避行動をとる。しかし、到底避けきれるものではなかった。
障壁はずたずたに引き裂かれ、威力を殺しきれなかった光弾が私の右肩と右腿と胸を直撃した。その痛みに声を上げることさえできず、ふらふらと墜落しかけた。
「恵真ちゃんっ! きゃあっ!」
私を助けようとした一条を、ホムンクルスの長い尾が掴みとった。そのまま山肌目がけて叩きつけようとする。
「伽那あッ!」
跳躍した相川が手刀でその尾を断ち切った。一条は遠心力で木立の向こうに飛んでいった。
空中で身動きのしようがない相川に向かい、後肢だけで立ち上がったホムンクルスが、鉤爪の生えた右の前肢をひと薙ぎしようとする。
「このやろう!」
高原がその肢を狙撃した。相川は体を掠められてバランスを崩しながらも、なんとか軟着陸を果たした。そこに高原が駆け寄る。
どうにか空中に踏みとどまることができた私は、二人の元へ向かう。
「どうなってんの詩都香! なんか急に動きが良くなってるんだけど」
相川の声にはいつもの張りがない。見れば、先ほど鉤爪で引っかかれたのか、左の二の腕のが浅く切り裂かれ、傷を押さえる右手の隙間からじわじわと赤い血が漏れ出ている。
高原の顔が青ざめた。
「ちょっと魅咲、それ大丈夫? ……なわけないよね。ノエマ、悪いけど少しの間あいつの注意を引きつけて」
「わかりました」
言われた私は、ポケットから取り出したハンカチで相川の止血を試みる高原を尻目に、地を蹴った。
『――あいつは多少の学習能力を持っている。こないだ戦ったときそれでやられそうになったわ。でも、まさにその中途半端な知能こそがあいつの弱点。あのまま戦ってたらいずれわたしたちは負けてたのに、あいつはもっと効率よく邪魔者を排除しようと余計な考えを持った。そのためには、自分に足りないものがある、と。わたしたちの連携のとれた戦い方に翻弄されて、きっと思ったことでしょうね、このちっぽけな奴らは力では自分に及ぶべくもないが代わりに知性の点では自分より上のようだ、って。だからあいつはノエシスとの繋がりを強めた。今のあいつはノエシスと同等の知性を獲得している』
『それってヤバいんじゃないの? なんでわざわざそんなこと教えてやっちゃったのよ』
さっきまでの散漫さが嘘のような猛攻をかいくぐりながら反撃の糸口を探っていた私に、二人の会話が伝わってきた。私にも状況を把握させるためだろう、二人は精神感応で会話していた。
相川の言う通りだ。それってまずいでしょう。
しかし高原の自信は覆らなかった。
『確かにヤバい。けど、ここまでは狙いどおり。――伽那、生きてる? 生きてたら返事しなさい』
『……なんとか。でももうしばらく動けそうにないかも……』
少し離れた場所から、一条が微弱な精神感応波を返してよこした。
『わかった。そのまま少し休んでて。とどめはあんたに刺してもらうから』
高原が私の方に目を向けた。
『魅咲、ノエマ、防御障壁解禁。それから今度は、可能であれば強力な攻撃も加えて。あいつをボコッて、体の再生と反撃でガンガン魔力を使わせてやって。力だけで満足できずに知性を獲得したあいつは、今度はさらなる力を求める。次の狙いはそれ。自分が図体だけのでくの坊だと、わたしたちを相手にするにはまだまだ力量不足だと思い知らせてやっちゃって。伽那が離脱しちゃったし、あいつはさっきよりも手強くなったし、少し厳しい戦いになるけど』
私の〈器〉もかなりの部分〈不純物〉に食いつぶされている。高原の作戦とやらがそろそろ結果を出すことを祈るしかない。
※
(ほんとならこんなの、わたしの戦う相手じゃないんだけどなぁ。メーサー殺獣光線車の出番でしょうが)
聳え立つ肉塊を見据えながら、詩都香は応急処置を終えた魅咲を後ろに下がらせた。生憎と今現在Gフォースも特生自衛隊も組織されていない。巨大生物の相手は、彼女たち魔術師の専任である。
三十トンを下らないと思われるその巨躯に相対する彼女の体はあまりにも小さく、あまりにも非力。
とはいえ、だ。
「――燃えるじゃないの」
空中のノエマを尾で払いのけたホムンクルスが詩都香に突進してくる。どうやら複数の目標に対処する能力も得たらしい。
詩都香はその眼球を狙いを定め、人差し指を突き出した。
「〈ブレイズ・マグナム〉!」
ソフトボール大の火球を二連発。
だが、ホムンクルスは、尾を鞭のように振るい、先端でその魔法を弾いてみせた。
「なっ!? わっ!?」
本体の露払いをするように、十本近い尾が一斉に飛来する。運を天に任せ、ヘッドスライディングも同然の体勢で横に跳びどうにかそれを避けた詩都香は、しばしの間驚きに言葉を失っていた。
尾の先だけは硬質の槍のようになっているが、防御力は決して高くはない。それでもあの火球を弾くことができたということは。
(防御障壁!)
彼女の脳はすぐさま回答を弾き出した。
(ダメージを受けたがらなくなってる、ってわけね。ということは――いっ?)
「いぎゃあっ!」
突然襲ってきた激痛に、詩都香は悲鳴を上げてうずくまった。刺突をかわされ本体へと収縮していく尾が、おまけとばかりに彼女の右脇腹を打ったのだ。大して力の籠もっていない置き土産だったが、昨晩痛打された箇所である。
(わたしとしたことが、知らぬ間に庇っていたのか。それを見破るだなんて……)
「やるじゃない――あぐっ、ぎっ……」
ニコ……と笑ってタフな賞金稼ぎの口真似をしても、痛みはなかなか引かない。しばらく呼吸すらできないでいた。
気づけばその間に四方八方を囲まれていた。尾の先端ひとつひとつにオレンジ色の光が宿る。
攻性魔法だ。これも今まで無かったことである。
脂汗をダラダラと流しながらも、詩都香はくくっ、と笑う。
「……せっかちなんだから。まだしばらく小突き回してやらなきゃいけないと思ってたのに、もう“禁断の実”に手を出しちゃったってわけね」
――ホムンクルスは新たな力をもうひとつ獲得した。ただしそれは、後戻りの利かない道でもある。
作戦の成就は近い。もっとも、完遂のためにはこの場をひとまずしのぎ切らなければならないが。
詩都香は〈器〉内の全魔力を防御障壁に回した。
(血とゲロを吐きながら続ける悲しいマラソンにようこそ、ミスター・ホムンクルス)
二十本近いホムンクルスの尾が、一斉に魔法を放った。激光を直視しかね、詩都香は両手で顔を覆った。
※
ホムンクルスはまた戦法を変えた。尾の先からも攻性魔法を放つようになったのだ。数十の手数が増えたも同然だ。
出し惜しみは無かった。全方向からあらゆるタイミングでこちらを狙ってくるレーザービームのようなそれをかわしたり障壁でやり過ごしたりするのに精一杯で、到底他人の援護に向かう余裕が無くなっていた。
高原から少し離れた地点にいる相川も、同じく釘づけにされている。
姉さんのことが心配になった。魔力を搾り取られている姉さんは、攻撃手段の源であるだけでなく、ホムンクルスのあの巨体を維持するための機関でもあるのだ。私たちほどではないにしても、少なからず消耗しているはずだ。それなのに、今になってこんな活発な攻撃を繰り出すことができているということは……
「魔力の供給量が増えてる……? ――っ! 高原!?」
高原は数え切れない尾によって囲い込まれ、身動きがとれない状況に陥っていた。何をやっているんだ、あのバカ!
高原のところへ向かおうとしたが、どこまでも追ってくる尾が私の行動を制限している。邪魔で仕方がない。
もう、どうとでもなれ――!
「〈爆砕陣〉!」
自分の体を中心に、大きな爆炎を呼び起こす。残された私の魔力の大部分を使って、邪魔な尾を全て巻き添えにしてやるつもりだった。
そんな私の思惑は完全に空振った。ホムンクルスの尾は、私の魔法を予期していたかのように、小賢しくも一斉に退避したのだ。一本たりとも巻き込むことができなかった。
それでも、おかげで私の視界と進路はクリアになった。
その先で高原の張った防御障壁に二十もの攻性魔法が着弾した。
噴火さながらの爆発が起こった。
「|どいて《ヴェック》! どけったらどけ!」
障壁を展開しながら、強引にその現場に向かう。阻止せんとする尾の攻撃に晒され、それも思うようにいかない。
土煙が薄れるにつれて巨大なクレーターが徐々に姿を現してきた。高原の姿はどこにもない。
……いや、あった。クレーターの中心に、力なく倒れ伏している。
ぐったりとしたその体に幾本もの尾が巻きついた。ホムンクルスは捕まえた獲物をまたもや口内に運ぼうとする。
ああ、そうか――尾を振り払った私は、自分の勘違いに気がついた。あいつは人肉を食らおうとしているのではない。新たな魔力の供給源を取り込もうとしているのだ。さきほどは一条を。そして今度は高原を。
今の高原は生きた永久機関も同然だ。彼女まで取り込まれてしまったら……。
もぞ、と高原が身じろぎしたのはその時だった。
口を大きく開け、健康そうな白い歯列を見せつけ、胸元の辺りに巻きついた尾の一本に――
ガブリ、と噛みつき、ゾブリ、と食い千切った。
たったそれだけで、今までどんな攻撃にもひるまなかったホムンクルスが、大きく震えて悲鳴を上げた。激しく尾が振り回され、捕らえられたままの高原は放り投げられた。
「高原!」
彼女の体はうまいこと私のそばに飛んできた。それを受け止め、地面へと降り立つ。
「……っく、ありがと。今のは効いたわ……」
ぺっ、と口の中のものを吐き出し、頭を振って足を前に進める高原。その足取りはやや覚束ない。
ホムンクルスは尾を噛み千切られたせいなのか、いまだに低く唸りながら身を縮こませている。
「どうなったんですか、いったい? あいつはどうして……」
ふらつく彼女に肩を貸してやる。思った以上に軽い体だった。
「ノエマ、モナドとは何ぞや?」
私の問いに、高原は質問を返してきた。
「……延長がなく、よってそれ以上分割できないもの。原子と同一視されることもありましたが、現在では物理的なモデルを説明するものではありません。私たち魔術師の間では、生物の魂と同一視されています」
城主様の講義を思い出しながら答える。かつて〈モナドの窓〉は〈魂の通路〉と呼ばれていた。
「そうね。まさにわたしたちの魂そのもの。肉体の中に蔵されているくせに異界に繋がっているという、不可解なわたしたちの一部。魔術が発展して〈モナドの窓〉のことがわかってきても、肝心のモナドそのもののことはあまり明らかになっていないけど、わたしたちの感情や感覚、つまりはクオリアの座とされている。脳や神経はそれを伝達する回路にすぎない。――種明かしするとね、知性を得たあいつは、もっと効率よく魔力を搾り取るために繋がりをさらに強めて、ノエシスの〈モナドの窓〉に、それが蔵されている魂に手を出した。絶対やると思ってたんだけどさ。……だから今のあいつは、これまでの視覚や聴覚といった最低限のものだけじゃなく、ノエシスと同じクオリアを部分的に獲得している」
ちょっと危険な賭けだったけどね、と高原は小さく息を吐いた。そして、なおも苦しみ悶えるホムンクルスに向かって、高らかに宣告した。
「教えてあげるわ、クソ野郎。そいつが“痛み”――生きている証よ」
格好いいと思ってしまった。
なのに、高原はおずおずと私の顔を窺った。
「……で、問題はこれからどうするか、なわけだけど」
「考えてなかったんですか!」
やっぱりダメだこいつ。
「いや、考えてはいるんだけど、まだいくつか難点があってね。一つは梓乃の〈モナドの窓〉を大きく開いたから魔力を十分に補充されたこと。それからそれに伴って、今梓乃の〈炉〉にはどんどん不純物が溜まってること。タイム制限ができちゃったってわけ。それからさ……」
「それから?」
高原の顔がつらそうに歪んだ。
「それから、繋がりが強まってるから、あいつが受ける痛みはノエシスにも伝わっちゃうかもしれない。わたしは今からあいつにもう一度攻撃するけど、そうなったらノエシスがやばい。皮膚を焼かれ肉を穿たれる苦痛……ちょっと想像したくないな。発狂しかねないし、ショックで死んじゃうかも」
それはいやだ。姉さんにそんな苦しみを味わわせたくない。
――だけど。
「だけど、あなたには勝算があるんですよね? どの道このままじゃ姉さんは〈不純物〉で死にます」
「いいの、ノエマ?」
「やってください。私が何とかします」
〈モナドの窓〉に目の細かい〈フィルター〉をかける。魔力の精錬量は落ちるけど、〈不純物〉に邪魔をされるよりはよっぽどマシだ。
「相川! 援護を!」
もはや何の遠慮もなく、私は叫んだ。




