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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第七章「運命 Das Schicksal」――九月二十二日
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48/62

12.

 ※

「高原……あなたは……」

 私は高原の変貌に戸惑っていた。〈モナドの窓モナーデンフェンスター〉の完全開放――魔術師であれば誰にでもできることだが、それをしたが最後、ほぼ確実に死ぬ。

「わたし、なんだか知らないけどさ、最大限まで〈炉〉の効率を上げて〈不純物〉を魔力に精錬できるみたい。わたしの師匠は、感情だか心だかのエネルギーを消費して〈炉〉をパワーアップさせてるんじゃないか、って言ってたけど、たぶんそんな感じ」

 よくある話でしょ、と彼女は帽子越しに頭を掻いた。

「でもね、普段は怒りや憎しみでこうなっちゃってばかりだから、こんなに優しい気持ちでこれができたの、初めてだよ」

 青い星眸(せいぼう)で振り返った高原の顔に浮かんでいたのは、初めて見る柔らかい微笑だった。

 ――そうか、こいつが。こいつが、城主様(へリン)のおっしゃっていた、〈不純物(フレムデス)〉をも魔力に精錬できる魔術師なのか。

 敵に対して驚嘆と畏怖の念を抱くのは初めてだった。この途轍もない異才に加えて、相手の正体を一目で見抜いた洞察力……。

 正直なところ、私は高原に期待した。こいつなら姉さんを救い出してくれるかもしれない、と。

 ――そしてそれはすぐさま失望へと変じた。

 まさに真打、といった風情で登場して、さらには奥の手まで出したくせに……。

「行くぞ、このォッ!」

 高原が普段と変わらぬ威力の攻性魔法を右手から連射する。それはそれで大したことだと思う。だがしょせん、ホムンクルスの体表を徒に削るだけだった。

 ――高原はあまり強くなっていなかった。いや、私たちとの戦いでこれを使われていたらそこそこ厄介な敵になりえたかもしれないが、この巨大な化物相手では、まったく打撃力が不足している。

 そうだ、あの時の城主様の講義でもそういう結論だったじゃないか。〈モナドの窓〉を全開にできるだけじゃ、〈不純物〉を焼き尽くすことができるだけじゃ、大した実力にはならない、って。

 高原の〈(ゲフェース)〉の容量はいいとこ私の四割。今使っているのは彼女の最大の攻性魔法で、おそらく容量の二十~三十パーセント程度の魔力を消費する。

 しかし、それ以上でも以下でもなかった。精錬される莫大な量の魔力に見合った容量の〈器〉を彼女は持っていないし、それを活かせる魔法もない。可視光を伴う程の高純度の魔力が、全く使われることなく髪の毛を伝って霧散してしまっている。

「〈氷槍撃(アイスシュピース)〉!」

 攻性魔法とはこう使うんだというお手本を見せつけるように、丸太のような氷柱を十数本生成し、ホムンクルスに向かって飛ばした。化物は太い前足を振るって一部を払いのけたが、残りは根元までその体に突き刺さった。

「……すっご。わたしもあんなの使えたらなぁ」

 尽きぬ魔力で光線を撃ち続けながら、高原がとぼけた感想を漏らした。

 しかしそれもホムンクルスには何らの痛痒も与えないようであった。突き刺さった氷塊すら取り込むように見る見るうちに肉が盛り上がり、体が再生されていく。これではさっきの繰り返しだ。

 私は頼りない共闘者に向かって苛立ちまぎれに叫んだ。

「高原! これじゃ埒が明きませんよ! 何か考えがあるんでしょう!」

 一条も相川も、高原のために命がけであいつを足止めしたのだ。その結果がこれでは、二人に申し訳が立たないだろう。

 ホムンクルスの尾による刺突を軽やかにかわしながら、高原はニヤリとした。

「……まあね。でも、わたしとあんただけじゃちと手が足りないな」高原は左右に視線を走らせてから、とてつもない声量で大喝。「魅咲(みさき)! 伽那(かな)! いつまで寝てんの!」

 しかもその声には、精神感応(テレパティー)波も同時に込められていた。

 驚いた。その声に呼応して、死んだように横たわっていた相川と一条がふらふらと立ち上がったではないか。

「遅いよぉ、詩都香(しずか)ぁ。死ぬかと思ったんだからぁ」

 一条はべそを掻きながら背中の羽根を広げ直した。

「詩都香、あんたまたそれやっちゃったの? ……そうだ、あいつはただの〈夜の種(ナイトシード)〉じゃない! 梓乃(しの)が――」

 相川は身を起こすなり、高原に詰め寄ろうとする。

「あ~、はいはい。その話はもう終わったから。あいつはノエシスじゃない。あの醜い化物が中にノエシスを取り込んでいるだけ。ここまでオーケイ?」

 高原は二人に経緯を説明する。そうしつつも、今度は魔力の刃を振るい、次々と飛来する尾を切り払う。

 続けて彼女は、今後の方針を示した。

「今からあの中からノエシスを救い出す。やるべきことはひとつ――あいつの意識を変えてやること。わたしたちはあいつの脅威にはなりえないし、これまでの戦いであいつもそれをわかってるはず。わたしたちを排除するためには、今までどおりのやり方で十分だと考えてる。

 そこでわたしたちはあいつの“敵対者”の座を降りるの。あいつと真正面から対峙することは避けて、小賢しくも鬱陶しい“邪魔者”たることに徹する。そのために、魅咲、あんたはわたしと連携してあいつにちまちま打撃を加えてやって。効いてなくてもかまわないから、ヒット・アンド・アウェイで。伽那はノエマと一緒に周りを飛び回って挑発して。さっきまでと違って、できるだけ攻性魔法を使わせるの。わかってると思うけど、射線は絶対下げさせないようにね。ノエマはついでに魔法で攻撃しなさい。大きい魔法は要らないから、とにかく手数で押して。

 それから、全員、本体や尻尾の物理攻撃を障壁で防ぐのはできるだけやめること。とにかくよけて。というかそれ以前に、誰かに矛先が向かいそうになったら、他の誰かが攻撃して相手を引きつけて。タイミングはわたしが精神感応(テレパシー)で指示するから。力押しじゃどうしようもないってあいつに思い知らせてやるの。

 ……いい? 繰り返すけど、今度の目的はあいつにダメージを加えることでもなければ、足止めすることでもない。作戦の要は次の点。あいつに魔力を使わせる。あいつに間断なく攻撃を加える。物理攻撃は防がずよける。そうやって徹底的にイラつかせるの。あいつの鈍い頭が自分に足りないものに気づくまで。ここから先はわたしたちとあいつとの忍耐比べね。大丈夫、あいつは知能が低いし、長くは続かない」

 淀みなく下される指示に、素直に従う気になった。姉さんを救う術が私には思いつかなかったし、何より高原の発するアウラがそうさせた。人見知りだというどこか儚げな普段の雰囲気はどこにもなかった。

 京舞原(きょうぶはら)の歴史が始まって以来の大規模な魔法戦闘が幕を開けた。



 ※※

「うおっと」

 映像の中のタカハラに慈父の如き眼差しを向けていた盟主が、驚きに声を上げた。

 虎視眈々と機会を窺っていた彼女が、ついに魔法を行使し、彼の手の中の黄紫水晶を粉々に打ち砕いたのだ。

「ドイツ大法官殿? いったい何を!」

 スクリーン上の映像が途切れ、青一色に染まった。スペイン大法官を筆頭に、テーブルの周りから次々と抗議が上がる。

 彼女はそれらの全てを無視し、ただ盟主の顔だけを見据えた。

「見るべきものはもう見たはずです。もう十分でしょう、閣下?」

 彼はやれやれ、と頭を掻いた。

「君の言うとおりだ。これ以上は覗き趣味になってしまうな」

 そう言い、懐から黄紫水晶をもうひとつ取り出して念動力で砂に変える。

「これで文句はないね、ドイツ大法官殿?」

「感謝いたしますわ、閣下」

 彼女は頷いた。

 盟主はそれに皮肉を交えた笑みで応えてから、座を見渡した。

「それでは、話し合いと行こうか。みんな質問したいことがあるだろうしね」



 ※

(さて、と)

 詩都香はサイコ・ブレードをしまうと、また攻性魔法の連発の準備に入った。

 相手の攻撃手段は限られている。口からの熱線と無数の尾による刺突、それからその巨体自体を活かした肉弾戦だ。どれも直線的で読み易い。トリッキーな動きをしないのは助かる。

 ホムンクルスは同時に複数の目標には対処できていない。今はノエマを追って熱線を吐き、届きもしないのに尾を伸ばしている。

(イラついてんだろうなぁ。ていうか、イラつくくらいしてくれないと困るんだけど)

 自分の鈍さにやきもきする程度の知能が相手にあることを期待しつつ、詩都香も魔力のビームを撃った。直撃を受けたホムンクルスの体から、炭化した肉片が飛び散った。効いていないのは百も承知。

 ホムンクルスは標的を詩都香に切り替え、地響きを轟かせて突っ込んでくる。巨体に似合わぬ野生動物さながらのスピードだが、避けるまでもない。

「ていっ!」

 魅咲が横からホムンクルスに跳び蹴りを食らわせ、詩都香への直撃コースから逸らした。急制動をかけるそいつに、詩都香が追い討ちとばかりに三連射。さらにその頭部に、上からノエマが大岩のような氷塊を落とした。

 こいつが痛みを知らぬ人工生命体でなければ、あるいはノエシスを取り込んでさえいなければ、もう決着はついている。一撃で消滅させなければいけないとしても、伽那の破局的な攻性魔法で事足りる。

 挑発と言われても何をしていいかわからず周りを飛び回るだけの伽那を、それでも煩わしく感じたのかホムンクルスが熱線で狙う。詩都香は少しヒヤリとしたが、伽那は難なくこれを避けた。

 熱線を吐き終わって閉じられたホムンクルスの下顎部に、魅咲の強烈なアッパーが炸裂した。

 三人の動きを管理し、指示を飛ばし、攻性魔法を放ちながら、詩都香は念じた。

(さあ、手を出しなさい。あんたのすぐそばに、極上の知恵の実があるじゃない)

 魅咲も伽那も、それからノエマも、かなり消耗している。このままの持久戦を続けるのが相手にとっては最も賢いやり方だろう。だけど詩都香がそうはさせない。

 ――食らいつけ、食らいつけ、その知恵の実に。そしてその奥の、真なる“禁断の果実”に。

 その身に攻撃を受け続けながら、ホムンクルスが動きを止めた。

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