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04



「……そういえば陛下のお誘い断っちゃったんだっけ」


 ふと冷静になって、足が止まる。あれって、不敬罪とかなにか罪になるのだろうか……。でも御気分を害されたようには見えなかったし、大丈夫だと思いたい。あくまで希望でしかないけれど。

 うーん、と通路のど真ん中で考え込むアミリアの後ろから、歩いてくる影があった。


「アミリア様?」


 名を呼ばれ、びくりと肩を跳ねさせた彼女は振り返ってほっと息をつく。


「ターニャ……、どうしたの? こんなところで」

「私は足りなくなりそうな備品の購入希望を女官長に提出してきた帰りです。アミリア様こそどうなされたのです? まだ夜会の途中なのでは?」

「あー……、えへ?」

「……詳しいお話はお部屋でお聞きしましょう。そのままではお風邪を召してしまいます、早くお部屋に」

「はぁーい……」


 やっぱり長年付き合っているターニャに誤魔化しは通用しないらしい、がっくり。

 早く、といっても与えられた部屋はもうすぐそこだ。アミリアの斜め後ろに控えて歩いていたターニャが部屋の扉を開け、主人を誘いざなう。


「まずは体を清めてしまいましょう」

「そうねー、こんな飾った恰好じゃくつろげないもの」


 アミリアは自らの手で髪を結い上げるために差していた髪飾りを抜き取り、それを化粧台の上に置いた。


「夜会というものには何度参加しても慣れないわ。ここ数年はまったく参加してなかったしね」

「そうですか?」

「そうよ。ドレスは動きづらいし、髪を結い上げてるおかげで頭は痛いし、誰とでもにこやかに会話しなくちゃいけないなんて!」

「そうですか?」

「嫌味しか言えないとか、自慢ばかりしたがるとか、一方的に話すだけで聞く耳はまったく持たないとかざらよ、ざら」

「そうですか?」

「とくに同年代の女の子たちの自慢はひどいわね。オーダーメイドのドレス、高価な宝石、見た目ばかりの頭の軽い男とのお付き合いの詳しいあれこれなどなど」

「そうですか?」

「……ターニャ、ちゃんと聞いてる?」

「そうですか?」

「……」

「冗談です。ちゃんと聞いてますよ、アミリア様」

「……そう」


 湯浴みの間、ターニャは終始聞いてるのか聞いてないのかわからない反応を繰り返し、アミリアを度々(たびたび)黙らせた。……なにかの意趣返しだろうか。


「ターニャ、」

「はいはい、聞いております。そろそろお上がりになられませんと、のぼせますよ」


 やっぱり、なにかしたかな……。考えてみたところで思い当たる節はなし、ターニャも「なにもされてませんよ」と言う。

 もう何年も一緒にいるが、感情の起伏があまり見られないが故にたまに彼女のことが不思議でしょうがなく思えてしまうアミリアだった。


「さ、アミリア様。御髪おぐしを拭きますからこちらへ。それから先ほどの続きをお聞かせください」

「……はーい」


 促され逃れられない状況に追い込まれたアミリアは、鏡の中のターニャと視線を合わせたり逸らしたりしつつ、事の次第を語る。語れば語るほどになんだかこう、居心地の悪さが。


「……と、いうことで、怒りに任せて会場を飛び出してきました、はい申し訳ない」

「アミリア様、動くと拭きづらいので動かないでください」

「申し訳ない。でもあのまま陛下と踊っていたら明日の私の命はなかったと思うのよ。……はいごめんなさい」


 ターニャは眉ひとつ動かさず、淡々と自分の仕事をこなしている。……それが一番怖い。

 彼女が怒る時は決して声を荒げるような真似はせず、まず一から十まで淡々となにが悪いのかを説明する。そうして説明しきった後でアミリアにどうしてそうなったのか次はどうすべきなのかを答えさせ、それに答えられなかったらまた一から十まで、というひどくねちっこくて長ったらしい、怒鳴られた方がよほどマシだと思える叱り方をするのだ。

 ……最後にその説教を受けたのはいつだっただろうか。

 来るか来るかと身構えるアミリアだが、彼女が口を開く気配はない。そしてそれがないままに扉が叩かれる音が部屋に響く。

 二人は同時に扉へと視線を向けた。


「こんな時間にどなたでしょう」

「さあ? とりあえず出てくれる?」

「かしこまりました」


 手にしていた櫛を机に置き、ターニャは扉へと向かう。

 その間にアミリアは肩からタオルを抜き取り、見苦しくないよう身を整える。寝間着なのは、まあ勘弁してほしい。


「女官長、と、……」


 アミリアのいる化粧台の辺りからは内開きの扉のせいで来訪者が見えない。

 ターニャの言葉から来訪者は複数、うち一名は女官長であることはわかるが……その後の反応の意味がわからない。

 首を傾けた彼女の耳に届いたのは。


「入るぞ」


 許可を求めるわけではなく、それは入ることを断定した言葉。え、っと……どこかで聞いたことあるような声、ですね……?

 うっそだー、そう笑い飛ばしたい気持ちはあるのに声云々を抜きにしても導き出せる答えはひとつ。後宮に住まう者の部屋に許可がなくても入れてしまう人物は城内においてただ一人なのだから。


「足を捻ったのだろう。立たなくていい、座っていろ」


 反射的に上げかけた腰を、陛下の一言で再び下ろす。

 ソファの肘掛を挟んで横に立った陛下を見上げた。


「へ、陛下……どう、してこんなところへ……、」


 陛下は夜会の時にお見かけした衣装ではなく、重たい装飾品類をすべて取り去った軽装だった。

 ターニャがさりげなく肩にストールをかけてくれたことにも気付かず、アミリアはとにかく驚いた。


「良く効く塗り薬を持ってきてやった」

「夜会は、」

「抜け出してきた」


 あんぐり、開いた口が閉じないとはまさにこのこと。……これはいったい、どういうことなの。


「わ、ざわざ陛下自ら持ってきてくださったのですか?」

「そうだ。だが気にするな、今夜はもう仕事も予定もない」


 嘘よね? ……いやホント嘘でしょう!? わざわざこのためだけに夜会抜け出した? え、これもし陛下がこの部屋に入るところを後宮に残っている侍女の誰かに目撃されてそれが広がりでもしたら、明日から御令嬢たちから敵認定されること確実……?

 固まったアミリアの頭の中では嫌な考えがぐるぐると巡っているというのに、陛下は平然となんてことない顔で立っている。

 女官長とターニャはいつの間にか部屋から姿を消していた。



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