03
さて、ここで陛下についてもう少し詳しく言っておこう。
陛下といえば、老若男女問わずその姿を目にすると自然惹きつけられ見入ってしまうほどの麗しい御方、との評判だ。さらに幼い頃から鍛えた剣の腕はこの国一、王子であった頃は軍を率いて最前線に立ったこともあるとかないとか。
国を治める立場となって以来は賢王として各国にその名を知らしめている。当然、国民からの信頼も厚い。
――要は、欠点の見当たらない素晴らしい王だということ。
そんな陛下を、アミリアはこの時初めて間近で見た。後宮に召し上げられてすぐの挨拶は、陛下の都合がつかずお流れになってそのままだったから。
(……まあ、確かに)
キャラメル色をした髪は小奇麗に整えられ、前髪の隙間から覗くラピスラズリを思わせる蒼い瞳は強い意志を持って鋭い光を放つ。
甘い、というよりも精悍な、という表現がしっくりとくる御尊顔は確かに人目を惹きつける。これはなるほど、競って御寵愛を欲しがるわけだ。
納得したところでどうということはないけど。これぽっちも興味はわかない。
そのアミリアの遠慮ない視線に陛下が気付かないわけがなく。こちらを向いた陛下が、ほう、と目を細める。
その変化や反応に、彼女はひどく覚えがあった。
「ずいぶん珍しいのが入ったな」
人を珍獣のように言うなっ!
やっぱり、とひくつきそうになる頬を懸命に抑え、心の内の言葉を悟られぬよう、アミリアは礼をとる。陛下相手にそんな理由で馬鹿正直にはむかえば、こちらが罪に問われることになるのだから。
「粗末な言い合いを陛下の御耳に入れてしまい、申し訳ありません。どうぞ私たちに構うことなく、続きを御楽しみください」
訳すならば、こっちは絶賛勝負中だ空気嫁邪魔すんな、とでもいったところか。そして願わくは、二度と視線の交わることがありませんように。…というかもう早くどっか行っちゃってください!
陛下の背後に控える女性たちの視線といったら、それはもう軽く人を射殺せるんじゃないかと錯覚するレベルだった。ちょっと怖い、真面目に。
下げる頭はそのまま、視線だけ上げて見えた光景に悪寒が走る。
「お前、名は?」
「……はい?」
驚いて顔を上げてしまった。
そこで、人を珍獣扱いするかのような台詞を吐いた時と変わらぬ顔をした陛下を見た。……え、こっちの話聞いてた?
「名は?」
「…………アミリア・ラピッドと、申します」
再度問われてしまえば答えないという選択肢は、ない。相手はこの国唯一、至高の尊い御方。
「なんだ、ラピッド男爵のところにこんな娘がいたのか」
わー、父様ってば陛下に名前なんて覚えてもらってるのかー。あんな片田舎の領主やってるだけなのにねー。
現実逃避気味にそんなことを考えるアミリアの耳に、とんでもない一言が入ってきた。
「よし、今夜はお前と踊ることにしよう」
「は、い……?」
頭が真っ白になるってどんな状態だろうと常々疑問だったのだが、……なるほど。確かになにも考えられずぼけっと間抜け面で相手の顔を見ることしかできなかったなと、アミリアは後に苦い記憶としてこの答えを思い起こすこととなる。
「ダンスくらい踊れるだろう?」
顔を覗き込まれ、思わず一歩足が下がる。いやいやいや、そりゃ踊れますけども! 端くれとはいえ貴族の娘ですから!
真っ白になった彼女の反応になにを思ったのか。てんで見当違いなことを尋ねてくる陛下のおかげで我に返ったが、「そうじゃないでしょ!?」と叫びそうになった。
「なら、いいだろう」
なにもよくない!
陛下の後ろに控える女性たちの視線に鋭さが先ほどにも増して激増。それはギラギラと光り、まさに獲物を狙う猛獣並みだ。
それなりに肝の据わった方のアミリアでもさすがにひっ、と小さく息を呑む。殺気のようなものすら感じるのにどうして陛下は気付かないの……!
言葉なく睨みつけられるのは怖い。
(いやいや、もしかしたら私の幻聴ってことも、)
青い顔で陛下の様子を窺う。どうか幻聴であってほしい。
「早く手を出せ」
(なかった……!)
幻聴であってほしかった! 幻聴であってほしかったのに!
いくら陛下が望んだからこれだけの人が集められているわけでないとはいえ、その一言がどれだけ後宮を乱すことか。そしてその一言でアミリアの平穏は一転、最悪のケース命すら狙われるかもしれない。
陛下が一人を選ぶというのはそういうことだ。
それがたかがダンスの相手であっても、自分が選ばれたことがないことに他の誰かが選ばれたのならそれはれっきとした妬みの理由となり得る。選ばれたことがある者は再び自分が選ばれなかった事実にプライドが崩されたと怒りを向けてくるのだろう。
そうしてアミリアは理不尽な感情を四方八方からぶつけられるのだ。……ああなんだか、腹が立ってきた。
アミリアを指名したのはどうせこの色が珍しいから。好奇心の延長上でのことと言ってもあながち間違いではないはずだ。
そんな好奇心で命を危険に晒すような事態を作られて、どうして怒られずにいられようか。
「陛下」
「なんだ?」
ふつふつとわき上がる怒りを無理に作り上げた笑みの下に隠して、アミリアは告げる。
痛みを堪えて笑う御令嬢に見えますように、と祈りながら。
「申し訳ありません、陛下。私、実は先ほど足を軽く捻ってしまったようで……」
「ほう?」
「まったく歩けないというほどではないのですが、……どうか退出の許可を頂けませんでしょうか?」
捻ってはいないが足は痛い。主に履きなれない高いヒールのせいで、だけど。
本来なら陛下の誘いを断るなどしてはならない。だがダンスの最中にバランスを崩し陛下に恥をかかせるなどそれこそ言語道断、この理由ならばギリギリ許されるのではないかとアミリアは思った。グレーゾーンだろうけど。
「私が醜態を晒し、陛下に恥をかかせるわけには参りません。ですから、ダンスのお相手は他の方を、ぜひ」
「……わかった、いいだろう。退出を許可する」
一瞬、なにかを考えるように黙り込んだ陛下だったが、下がって良いと許可を頂けたからもうなんだっていい。関わりたくない、二度と!
「陛下の寛大な御心に感謝申し上げますわ。それでは素敵な夜をお過ごし下さい」
話はまとまったとばかりに腰を折った後ホールを退出したアミリアは、控えていたメイドに「なにか」を言いつける陛下に気付かない。
なぜなら彼女は腹を立てているから。ホールから出た途端に笑みを消し、静かな怒りを露わにしたくらいだ。その原因である陛下を振り返ってもう一度、などという気が起こるはずもなかった。
頭の中は、明日訪れるかもしれない身の危険をどう回避するかでいっぱいである。この後ちゃんと陛下が他の方と踊って、そのままそのうちのどなたかと部屋に入ってくれればこんな心配、杞憂で終われるのに。




