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◇◇◇



(うっわぁ……、)


 夜、ターニャに一日かけて頭のてっぺんから爪先まで磨かれたアミリアはすっかり壁の花と化していた。ターニャに見つかったら貴族の令嬢として途中からならまだしも最初からそれでは、などとお小言をもらっただろうが、この会場に侍女は入れないことになっているので問題ない。

 綺麗に化粧が施された顔が歪んでいるけれどそうすることを止められず、視線の先に広がる光景にひくりと頬を引き攣らせた。


「陛下、今夜は是非とも私と一曲踊ってくださいませ」

「いいえ、それなら是非私と!」


 開始よりわずかに遅れて会場に姿を見せた陛下の四方八方を派手に着飾った女性たちが包囲するかの如く囲っているのだ。

 そして同時に水面下で行われる陛下に取り入り、あわよくば王妃の座をと思うが故の争奪戦。よくもまあにこやかに笑いながらそんな器用なことが……。決してああなりたくはないものだ。


(女は怖いわー……)


 いつだって顔の良い人物は無条件に人から求められるのだ、時に中身をないがしろにされようとも。それはゆるぎない事実だ。

 なにかを思い出したように揺れる瞳を瞼の下に隠して、アミリアは言葉を吐き出す。


「陛下も、大変なのかもしれないわね」


 女性たちに囲まれて嬉しそうに浮ついた様子でいるならばアミリアはそうは思わなかったかもしれないが、実際の陛下はひどく興味なさげにただ囲まれているだけ、のようだった。

 ……ああ、でもあの中の誰かを早く選び出してくれないと自分が家に帰れないではないか! はたとそこに思い至り、さあもっと頑張って陛下の気を存分に引いてくださいなどと心の内でこっそりと彼女たちに声援を送る。ターニャがいたら今度はため息を吐かれそうだけど、今はいないからいいの、いないから。

 人目につかないよう拳をグッと握った時、視界の端で誰かの体が大きく傾いた気がして、アミリアはそちらに視線を動かす。

 その先にあったのは、集団の後ろにつこうとした女性たちが通りすがりの女性にぶつかって転ばせ、だが謝るどころか素知らぬ顔で横を通り過ぎていく様。

 応援に燃えていた彼女の目が静かに据わる。そして終始壁の花を決め込む予定をあっさりと覆し、彼女は足早に床に膝をついた女性に近づいた。


「お怪我はありませんか?」


 自分と同じくらいの年齢と思われるその人はこちらを見上げてまず、ぽかんと小さく口を開けた。そして伸ばされた手を見て忙しなく瞬きを繰り返した後、少々遠慮がちにその手を取って立ち上がる。


「大丈夫ですか?」

「あ、大、丈夫、です……」

「そう、それはよかったわ」


 彼女のレモンイエローのドレスにも目立った汚れは見られないし、綺麗に結い上げられた髪もそれを留めるリボンも乱れてはいない。

 アミリアはそれを確認すると、すでにこちらを向いていない女性たちに声をかけた。


「申し訳ありませんが、少々お時間よろしいでしょうか」


 まさか呼び止められるとは思ってもいなかったのか。わずかに驚きをにじませた瞳でこちらを見る彼女たちと、アミリアは貼りつけた笑みで向き合った。


「あら、いったいなんですの?」

「私たちとても忙しいの。用件があるのなら、できるだけ手短にお願いするわ」


 お互い愛想笑いを顔に貼り付け、真っ向から向き合う。

 ドレスも化粧も、彼女たちの魅力を最大限に引き立たせる役割をきちんと果たしているというのにどうしてこう内面が伴わないのか。嘆かわしい。


「先ほどこの方にぶつかられませんでしたか? なにか言うべきことがあるのではないかと思うのですが……」


 基本的に喧嘩は売りもしなければ滅多なことがない限り買いもしない主義なのに、人として当然のことができない人間を見るとどうにも黙っていられないアミリアは、今回も口を出さずにはいられなかった。

 ありがとう、ごめんなさい、いただきます、ごちそうさまでしたは人として自然に出なければならない言葉だ。これが言えるだけで印象というものは数倍も良くなることがどうしてわからないの!

 笑みを深めた彼女の、面倒事を避けたがるくせにお人好しで考えるよりも先に口が出てしまう性格。それが、今後この世で最も面倒と思われる事態に巻き込まれる結果に繋がることを知る者は悲しくもまだ、一人としていなかった。


「とんだ言いがかりね。むしろぶつかってきたのはそちらの方ですわ。言うべきことがあるのはそちらではなくて?」


 おーっと、そうきましたか。その現場ははっきりこの目で見たのになー。おかしいなー。……ま、貴族のお嬢様方の空よりも高く海よりも深いプライドを考えれば素直に謝るだなんて思ってもいませんでしたけどね!

 つらつらとそんなことを思うアミリアだが、そこは自分も貴族の娘。貼りつけたせっかくの笑みが崩れることはない。


「御冗談を。私、はっきり見ていましたわ」

「あら、当事者よりも第三者の証言の方が信用に値するとでも?」

「場合によっては当事者の言葉ほど信用できないものはないのですよ。御存知ありませんか?」


 いつの間にか、アミリアと対峙しているのは三人のうちリーダー格と思われる女性のみになっていた。

 しかしそれが誰かまで、頭が回らないし思い出せない。


「では百歩譲ってわたくしたちがぶつかったと致しましょう。それならばぶつかられた本人が仰るべきですわ。貴女がしゃしゃり出てくる場面ではないかと」

「それは一理ありますわね。ですが気づいた時にはもう体が動いてしまっていたのですから、それは今さら言っても詮無いことだわ」

「まあ、正義感がお強くていらっしゃるのね。素晴らしいこと」


 丁寧な言葉の裏に潜む棘。アミリアは女を怖いと言うが、彼女も間違いなく“女”であった。

 バチバチと静かに火花を散らす二人の意識をそらしたのは、唐突に割り込んできた第三者の声。


「――なにを騒いでいる」


 不思議と心地よく響いて耳に残る声。それはその人垣を割って現れた陛下その人のものだった。



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