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第18話 仁多米のおにぎり

翌朝、俺たちは木次線の起点である宍道駅から、一両編成のキハ百二十形魔導気動車を発車させた。

 出発の直前、俺たちは後藤総合車両所で受け取ったキハ百二十形の運転席で、玲奈が用意してくれた朝食を頬張っていた。

「鉄平、はい、これ!昨日買った仁多米で、おにぎりを作ってきたんです。具は宍道湖のしじみの甘辛佃煮と、ほぐしたのどぐろの身です!」

 差し出されたおにぎりは、ふっくらと三角形に握られ、高級感のある有明産の黒い海苔が巻かれていた。一口かじると、口の中で噛まなくても良いほどふんわりと仁多米の粒がほぐれ、米本来の強烈な甘みが広がる。その米の旨味に、醤油と生姜でじっくり煮詰められたしじみの佃煮の濃厚なコクと、のどぐろの脂の乗った極上の塩気が完璧に重なり合う。

「うまい。玲奈、これは最高のおにぎりだ」

「よかったです!お米の水分と佃煮の濃い味が絶妙にマッチしますよね」

 海苔のパリッとした食感と磯の香りが、全体の味を上品に引き締めている。温かいおにぎりが胃に落ちると、脳の隅々までエネルギーが行き渡り、これから単線の魔境に挑むという恐怖心が、心地よい緊張感へと塗り替えられていく。

 車輪がレールの継ぎ目を刻む音が、いつもより低く響く。線路の周囲は、五年間で異常発達した原生林が巨大なトンネルのように覆い被さっていた。大気中の魔力濃度は大阪周辺の比ではなく、吸い込む空気がチクチクと肺を刺すように痛い。

「鉄平、やっぱり単線って独特の緊張感がありますね」

 助手席に座る玲奈が、緊張した面持ちで正面のレールを見つめていた。

「ああ。単線は複線と違って、一本の線路を行きと帰りの列車が共有する。すれ違いができるのは、限られた駅の「行き違い設備」だけだ。もしダイヤを誤れば、正面衝突するか、あるいは敵に挟み撃ちにされて逃げ場を失う」

 俺は片手でマスターコントローラーを握り、もう片方の手でスマートフォンの簡易ダイヤグラム表示を見つめていた。木次線の複雑な配線と高低差が、脳内の「始発の改札口オリジン・ゲート」に流れ込んでくる。

 ゴトゴトと列車が山間の急カーブを抜けた瞬間、線路の先の視界が巨大な緑の壁で塞がれた。

 それは、線路を覆い尽くすように群生した、巨大な歩行植物――ツリーゴレムと、樹木からぶら下がる無数のウッドスパイダーの群れだった。奴らは木次線の線路から龍脈の魔力を直接吸い上げており、そのせいで周囲の結界強度はゼロに等しい。

 キィィィン!

 キハ百二十形の魔導エンジンが、周囲の魔力吸い上げによるジャミングを検知し、不快な警告音を鳴らしながら出力を低下させ始めた。

「敵の結界妨害です!魔力出力が低下しています!」

「玲奈、戦闘開始だ。ここは単線の一本道、後ろに下がっても追いつかれる。この先二キロメートルにある「加茂中駅」まで敵を引きつけるぞ」

「加茂中駅まで?でも、この速度では追いつかれます!」

 枝を振り回して迫るツリーゴレムの足速度は速い。しかし、俺の頭脳はすでに「加茂中駅」の配線図を完全シミュレートしていた。

「「加茂中駅」は、二線を有する行き違い駅だ。本線と待避線がある。玲奈、列車の窓から屋根に出て、迫ってくるクモの群れを牽制しろ。ゴレムの突進は俺が速度を調整していなす!」

「わかりました!」

 玲奈は躊躇なく客室の窓から這い出し、風の吹き荒れる屋根の上に立った。天羽々斬・改を抜くと、彼女の体から青い闘気が噴き出す。

「はぁ!」

 玲奈が刃を振るうたび、糸を吐きながら落下してくるウッドスパイダーが両断され、光の粒子となって霧散していく。

 だが、線路を埋め尽くすツリーゴレムの本体は、巨大な木の根を蠢かせながらキハ百二十形に体当たりを試みてくる。車体が激しく傾き、鉄板の擦れる金属音が山間に響く。

「くっ……重い!列車の障壁が削られています!」

「あと数百メートルで駅に進入する!玲奈、突入と同時に列車内へ戻れ!」

 ツリーゴレムたちの突進は、キハ百二十形の装甲を容赦なく叩きつけてくる。だが,俺は焦らない。キハ百二十形の最高許容速度は、この劣化した軌道上では時速五十五キロメートル。対するツリーゴレムの最高速度は時速約六十キロメートルだ。普通に走れば追いつかれる。しかし、線路には起伏がある。下り坂のセクションでブレーキを限界までリリースし、重力を利用して一時的に時速六十五キロメートルまで加速。上り坂に差し掛かる手前でモーターを全開にし、慣性を維持する。この加減速の戦闘機動により、ツリーゴレムとの車間距離を常に一定の安全マージン内に保ち続ける。これは、木次線の起伏とエンジンの限界性能を知り尽くした者だけが引ける、死線上のタイムテーブルだ。

 俺は加茂中駅の分岐器ポイントが視界に入った瞬間、脳内の「始発の改札口」を展開した。

「ポイント切り替えダイヤ、十五秒遅延!」

 俺のスキル「遅延制御」がポイントの霊的駆動部に干渉する。

 キハ百二十形は、左側の待避線へと滑り込んだ。そして、追従してきた巨大なツリーゴレムたちがポイントに差し掛かったその瞬間、遅延が解除されたポイントが激しい金属音を立てて右側の本線側へと切り替わった。

「ギギギィ!?」

 慣性に従って突進していたゴレムたちは、強制的に右側の本線レールへと誘導され、待避線に入った俺たちの車両と並行する形で引き離された。

「今だ、玲奈!本線側にいる奴らの横腹を狙え!」

「了解!これで終わりです!」

 待避線で急停車したキハ百二十形のドアが勢いよく開き、玲奈がホームへと飛び出した。

 無防備に本線側のレール上で立ち往生しているゴレムの群れに対し、玲奈は横から天羽々斬・改を一閃させた。

「新快速一閃!」

 青い稲妻のような超高速の斬撃が、横一列に並んだツリーゴレムたちの胴体を一文字に両断していく。

さらに、明石で手に入れたオクトパス飯のバフがまだ僅かに残っていたのか、あるいは山陰のしじみ汁で魔力が活性化していたのか、切り裂かれたゴレムの傷口から霊的な触手が噴き出し、残った敵を床の砂利バラストへと縛り付けた。

身動きが取れなくなった植物モンスターたちは、玲奈の追撃である雷光十文字によって、一網打尽に消滅させられた。

すべてのモンスターが消え去った瞬間、加茂中駅の古い駅舎から、まばゆい青い光の結界がドーム状に広がり、周囲の森を押し返した。

スマートフォンの路線図の、宍道から加茂中までの区間が青い光に変わる。

「やりました!最初の区間、安全化成功です!」

玲奈が汗を拭いながら、満面の笑みで戻ってきた。

実況配信のコメント欄は、単線ならではの頭脳プレイに大興奮していた。

「うおお!ポイントを時間差で切り替えて敵を本線に誘導したのか!」

「単線パズル戦闘、頭良すぎるだろ!」

「これがスジ屋の戦い方か……複線と違って逃げ場がないのに完璧にコントロールしてたな」

「八雲の遅延制御スキル、本当に運行管理そのものだな」

「ふぅ……。だが、これはまだ序の口だ。木次線の本番は、この先、中国山地の険しい峠越えと、あの三段式スイッチバックだ。玲奈、気を引き締めていこう」

「はい、鉄平!どこまでもついていきます!」

俺たちは加茂中駅の安全結界に見守られながら、さらに深い山奥へとキハ百二十形を進めていった。



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