庚辰の章 かわいい子には好きにさせよ
貴族学院の昼休み。
ベアトリスは学院の食堂で、久しぶりにコーネリアと昼食の席を囲んでいた。
コーネリアはしげしげとベアトリスを眺める。
「髪型を変えたの?よくあのヴェラボーメ夫人が許してくれたわね」
ベアトリスは、この日はポンパドールにしているため露わになっている自分のおでこにちょっと手をやった。
「……最近、夫人はあまり調子が良くないみたいで……メイドたちが毎日交代でオススメの髪型を試してくれているの」
コーネリアは眉を顰める。
「それってあんまり良くないんじゃない?
ヴェラボーメ夫人も気を悪くするだろうし、周りからも浮ついて見られちゃうわ。
もっと自分の立場を考えなくちゃ」
「そ、うかしら……」
「前みたいに私がずっと傍にいられたら、そういうところ気をつけてあげられるんだけど………ごめんなさいね、あんまり一緒にいてあげられなくて」
「気にしないで。コーネリアだって忙しいんだもの。
私なら大丈夫よ」
ベアトリスはニコリとする。これは本当のことだった。
先日のお茶会後すぐ、オリヴィア・ストコ・ド・コイ侯爵令嬢から感謝の手紙が届き、それには「木登りでドレスを汚してしまって申し訳ない、お礼も兼ねて新しいドレスを贈りたいので、一緒にドレスメーカーに行ってもらえないだろうか」という趣旨のお誘いが綴られていた。
手紙の最後は「ベアトリス様にもドレスを選ぶ楽しさを知っていただきたいのです」と結ばれており、ベアトリスは思わず胸が熱くなった。
早速承諾の返事を出し、後日オリヴィアと連れ立ってドレスメーカーに赴くと、そこは偶然にもベアトリスが以前助けたハナ・ベランメーの生家が営む店舗で、二人は図らずも大歓迎を受けたのだった。
茶会で一緒になった令嬢たちも、ハナたち下級生も、学院で会えば声をかけてくれる。
最近では、源太一人に頼らなくてもベアトリスの暮らしは随分賑やかなものになっていた。
そんなことを思い出しながら思わず微笑むと、コーネリアが探るような目を向けてくる。
「貴女、本当に人が変わったみたい。一体何があったの?」
「ウーン……とりたてて私が変わったっていうわけじゃないんだけど、最近色々あったから………」
「それって王宮の舞踏会のことよね。あの時何があったか私も知りたかったの。詳しく話して」
コーネリアが身を乗り出したところへレオポルドを交えた生徒会の面々が通りかかり、そのうちの一人が彼女に声をかけてきた。
「おい、コーネリア。午後の授業の前に生徒会室で放課後の予定について話し合う予定だろ」
「あ!そうだったわ。ごめんなさい、ベアトリス。もう行くわね」
これは自分は呼ばれていない集まりだな、と正しく理解したベアトリスは、笑顔で頷く。
その顔を見てレオポルドが虚を突かれたような表情になったが、立ち上がったコーネリアが「レオ殿下、行きましょう」と促すと、もう一度ベアトリスの方をチラリと見て去っていった。
※※※※※※※
その日の夜、ベアトリスがフェルディナンドの課題を見てやっているところへ執事が入ってきた。
「お取り込みのところ失礼します。旦那様がお嬢様をお呼びです」
「……お父様が?わかったわ、すぐに行きます」
ベアトリスは席を立つと、目に不安の色を浮かべるフェルディナンドに笑顔で頷いて見せ、執事の後についてヴォルフガングの執務室に向かった。
「お父様、参りました」
ベアトリスの声に、マホガニーの大きな執務机で何かの書類を読んでいたヴォルフガングが目を上げる。
「……ベアトリスか」
ヴォルフガングは、娘に椅子を勧めることもせずいきなり本題に入った。
「最近、学院で下位貴族や平民と親しくしているらしいな。
アタリキヨ侯爵家の娘から注進があったぞ。『あれはどうかと思う』とな」
「えっ………」
「公爵家の一員として、身の回りに置く人間には十分気をつけるようにいつも言っているだろう。
ストコ・ド・コイ家との交流はともかく、男爵家や平民などに筆頭公爵家の名を利用されるような真似は許さんぞ」
「利用だなんて、あの子たちはそんなこと………」
「口答えをするな。
それに、ヴェラボーメ夫人からも訴えが出ている。
お前がメイドの選んだ服を着て侯爵家に出かけ、夫人の面目を潰したと。
一体どうしたというのだ、ベアトリス。
お前は私やヴェラボーメ夫人に逆らうような娘ではなかっただろう。
とにかく今後、私やヴェラボーメ夫人が認めない交友や衣装は一切禁止だ。わかったな。
お前はこれまで通り黙って我々に従っていればいいんだ。お前にとって何が幸せかは私が一番よくわかっている」
「…………」
「話はそれだけだ。下がっていいぞ」
ベアトリスは、両手をきつく握って俯いていた。
こういう時、啖呵を切ってくれるはずの源太は、今日に限って口を出そうとしない。
(どうして言い返してくれないの、ゲンチャン………)
甘えた考えが頭をよぎって、ベアトリスはハッとなった。
考えてみれば、新しい友達もメイドが選んでくれたドレスも、みんな自分が望んだものだ。
父が望んだものでも、ヴェラボーメ夫人が望んだものでも、源太が望んだものでもない。
その望みを守るのは、誰なのか。
「いつまで突っ立っている。もう下がれ」
ヴォルフガングが再び書類に目を落としながら虫でも払うような仕草をする。
「………私の………幸せは………」
ベアトリスの喉からかすれた声が出た。
「………ベアトリス?」
「………私の幸せは、私が決めます………」
蚊の鳴くような声だったが、それはベアトリスの独立宣言だった。




