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甲戌の章 問われて名乗るもおこがましいが


「いよう!お嬢さん方。

 朝っぱらから弱いものイジメたァ、精が出るねェ!」


 威勢のいい声に驚いた貴族令嬢たちが振り返る。


 そこには、あの「気弱令嬢」がニコニコしながら立っていた。


 意外すぎる人物の登場に、イジメていた側はもちろん、イジメられていた平民の奨学生もポカンとなる。


 道行く生徒たちも何事かと足を止め、辺りには人だかりができ始めた。


「これは……公爵令嬢じゃありませんの。珍しいこと。

 どういうつもりか存じませんが、余計な差し出口はおやめくださいな。

 私たちはただこの平民に身分の弁え方を説いているだけですわ」


 リーダー格らしい伯爵令嬢が、気を取り直して居丈高に出た。


「そうよそうよ」


「一体何様のつもりなのかしら」


 他の女生徒たちも加勢する。

 気弱令嬢のことだ、こちらが強気に出れば何も言い返せずに逃げ出すはず、と彼女たちはタカを括っていた。


 ところがどっこい、今公爵令嬢の身体の主導権を握っているのは、三度の飯より喧嘩が好きな勇み肌の町火消である。

 火消し令嬢はにやりと笑って、ドンッと片足を前に踏み出した。


「ほほぉ~『身分の弁え方』ときなすったね。

 おまけに『何様のつもり』たァ片腹痛ェや。

 聞きてェってんなら言ってやらァ。

 問われて名乗るもおこがましいが、こちとら天下御免の公爵令嬢でェ!

 身分をかさにきるのはおいらの性分じゃァねェ。だがな、ソッチが貴族様の身分をたてにしようってんなら話は別だ。

 おめえら、筆頭公爵家ティヤンディとやり合う覚悟はできてるんだろうなァ?」


 伯爵令嬢たちは殴られたようなショックを受けた。

 

 これがあの「気弱令嬢」だろうか。


 口ごもることも目を伏せることもなく、態度は好戦的で、何やら不敵な笑みを浮かべている。

 そして、何故か嬉しそうに肩を回し、制服の両袖をグルグルまくり始めている。

 

 伯爵令嬢たちは気味が悪くなってきた。


 それに、これまで誰にも言い返したり告げ口したりしたことのない気弱令嬢だからと安心していたが、彼女が本気で公爵家の威光を振りかざしにかかれば、こちらに到底勝ち目はない。


 どうしていいかわからず黙り込んだ令嬢たちに、火消し令嬢は幾分トーンを落として説き始める。


「いいところのお嬢さん方が弱いものイジメなんぞするモンじゃねェよ。

 鏡で今のてめえのツラを見てみな。揃いも揃って意地の悪〜いツラになっちまってら。折角の別嬪が台無しだぜ。

 言いたかねェが、底意地の悪さって奴はてきめんにツラに出るもんだ。

 若ェうちはまだいいが、そのうち白粉塗っても紅をさしても隠せなくなるぜ?

 おめえたち、そうなりたいのかい?この先ずっと意地悪ヅラぶら下げて生きていくつもりかよ?」


 源太の言葉を聞いて、伯爵令嬢たちだけではなく、周囲に集まっていた他の生徒たちもシーンとなってしまった。



※※※※※※※



「何を騒いでいる!」


 そこへ、人垣を割って学院の生活指導担当教師、オヒカー・エナスッテが現れた。


 この教師、厳しいばかりでやたら威張り散らす上、典型的な「強いものには弱く、弱いものには強い」タイプのため、生徒からの評判はすこぶる悪い。

 また、彼には教師の立場を利用して、身分は高いが気の弱い生徒を威圧して喜ぶようなところがあった。


 この時も、その場で一番身分が高く気の弱いベアトリスを真っ先に見つけ出してカミナリを落とす。


「ベアトリス・ティヤンディ!

 生徒会の副会長ともあろうものが、こんなところで騒ぎを起こすとは何事だ!」


「もっ、申し訳ありませんエナスッテ先生……!」


 ベアトリスは縮こまり、周囲には(また始まった……)という空気が流れる。


 そこへ、源太の能天気な声がベアトリスの頭の中に響いた。


(アラッ、こらまた長い顔だねェ。こいつに比べたらアレ公やヒル公の方がよっぽど丸顔だァ)


「………プッ!」


「!!!………なっ、何を笑っているベアトリス・ティヤンディ!私をバカにしているのかッ!?」


「とっ、とんでもありません先生!決してそんなつもりは………!

 ……………………いやね、何があったか聞きもせず、いきなり一人の生徒だけを怒鳴りつけるたァ、たいしたセンセーだと思ってね」


「!?」


 ベアトリスが言い訳しようとした途端、源太が前に出て話しだしたので、エナスッテは面食らう。


「相手の話も聞かず勝手に白黒つけちまうのが貴族学院とやらのやり口なのかい?

 安くもねェ金を払って通わせてるんだろうに、子どもらがこんな扱いを受けてるんじゃ、親は浮かばれねェなァ」


 火消し令嬢の言葉に、エナスッテの顔から血の気がザァーッと音を立てて引いていった。

 あの、教師と目が合っただけでオドオドしていた気弱令嬢が、急に強気になって「公爵に告げ口してやるぞ」と脅しをかけてきた……というふうに彼には聞こえたのだ。


 強い相手にはとことん弱いエナスッテは、これまで絶対親に告げ口する勇気など無いと見極めた生徒ばかりにきつく当たっていた。

 この気弱な公爵令嬢は、そういう意味で格好のターゲットだったのだ。

 それなのに、今になってベアトリスがこれまで受けてきた仕打ちを公爵に打ち明けたりしたら………そこに思い至ったエナスッテの脳内を、「破滅」の二文字がグルグル回る。


(あれまあ。長ァい顔が青ざめちまって、まるでヘチマだね。

 姫さん、試しにあの顎のあたりを絞ってみな。お肌に優しいヘチマ水がとれるかもしれねェよ)


「ククッ………もう、ホントにやめてゲンチャン!」


 笑いを抑えきれず、小声で源太をたしなめるベアトリスの姿は、エナスッテの目には教師に脅しをかけてクスクス笑っている強権者のように映った。

 余裕たっぷりの(ように見える)ベアトリスに、いよいよ彼は縮み上がる。


「あっ………そのぅ………

 ゴホン、たっ、確かに話を聞きもせず声を荒らげたのはこちらも良くなかった。しゃ、謝罪しよう……

 こ、この件は特別に不問とする。なのでどうか………アノ穏便に…………

 エヘン!と、とにかくもう授業が始まるから、皆教室に入りなさい」


 そう言って、そそくさとオヒカー・エナスッテがその場を離れると、周囲の生徒たちからワッと感嘆の声が上がった。

 気弱令嬢が嫌われ者の横暴教師を軽々と撃退したのだから無理もない。


 慣れない称賛の眼差しに、急に恥ずかしくなったベアトリスは、慌てて校舎に駆け込んだ。



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