番外編 20年後の再会
本作はシリーズの番外編となります。
本編のその後を描いた短い後日談です。
未読の方は本編からお読みいただくことをおすすめします。
二十年ぶりだった。
最初に気づいたのは佐伯の方だった。
総合病院のロビー。
午後の薄い光が、古びた椅子にぼんやり落ちている。
受付番号を呼ぶ機械音。
遠くで咳をする老人。
薬の匂い。
昔とは何もかも違う場所だった。
それでも、壁際に座る男を見た瞬間、佐伯の心はわずかに揺れた。
痩せた背中。
白髪混じりの髪。
疲れ切った横顔。
だが、その目だけは覚えていた。
高瀬だった。
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佐伯は足を止める。
声を掛けるべきか迷った。
もう二十年だ。
あの頃の自分たちは若く、愚かで、何かに酔っていた。
仕事も。
家庭も。
身体も。
何もかも壊れるまで、止まれなかった。
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逃げるように離れたあと、佐伯はさらに深い場所へ沈んでいった。
高瀬以外の男。
もっと危険な薬。
もっと強い快楽。
気づけば、まともな仕事も続かなくなっていた。
病院に通う生活になり、一人で狭い部屋に帰る毎日。
だが、それを誰かのせいだと思ったことは一度もない。
あの日、自分で選んだのだ。
あの瓶を。
あの感覚を。
戻れなくなる道を。
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すると、その時だった。
高瀬がゆっくり顔を上げる。
そして少し目を細めた。
「……ひょっとして、佐伯さん?」
懐かしい声だった。
昔より掠れていて、それでも確かに高瀬の声だった。
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その瞬間。
二人の中で、長い時間が一気に蘇る。
薄暗い部屋。
静かな呼吸。
小瓶の光。
崩れていく理性。
何もかも忘れていく快楽。
そして、自分から戻っていった夜。
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だが——
感情は、もう昔のようには動かなかった。
愛情とも違う。
憎しみでもない。
ただ、遠い傷跡を見るような感覚だけが残っていた。
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「久しぶりです」
佐伯は小さく頭を下げる。
高瀬も静かに笑った。
だが会話は続かなかった。
互いに聞くことが無かった。
今どう生きているのか。
何を失ったのか。
誰と関わってきたのか。
そんなことは、もう言葉にしなくても分かっていた。
二人とも、壊れたのだ。
ゆっくりと。
自分の意思で。
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やがて受付番号が呼ばれる。
佐伯は立ち上がった。
「……それじゃ」
高瀬は何も言わない。
引き止めもしない。
ただ静かに頷くだけだった。
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病院を出ると、冷たい風が吹いていた。
佐伯は少しだけ空を見上げる。
もう高瀬を求めてはいない。
高瀬もまた、同じだろう。
二人を繋いでいた熱は、ずっと昔に消えてしまった。
残ったのは、
壊れた身体と、
長く静かな後悔だけだった。
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それでも佐伯は思う。
もしあの日、
別の選択をしていたとしても。
自分は結局、
同じ場所へ辿り着いたのかもしれない、と。
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振り返ることはなかった。
高瀬もまた、
追いかけて来なかった。
二人とも理解していた。
これは誰かに壊された物語ではない。
自分で選び、
自分で沈み、
そして戻れなくなっただけなのだと。
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病院の自動ドアが静かに閉まる。
その音だけが、
妙に長く耳に残っていた。
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快楽は、いつも特別な形で始まるわけではない。
ほんの小さな興味。
一度だけという油断。
誰にも知られない秘密。
だが気づいた時には、
もう戻れなくなっていることもある。
これは特別な誰かの話ではない。
ただ、どこにでもある話だ。
これでシリーズは完全完結となります。
高瀬と佐伯の物語に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
この作品は恋愛や快楽の物語であると同時に、「選択」の物語でもありました。
人は誰かに壊されるだけではなく、自ら選び、自ら沈んでいくこともあります。
そんな二人の人生を最後まで見届けていただけたことに感謝いたします。




