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短編集  作者: 石月 ひさか
恐怖を感じない理由
17/28

現在、深雪は23歳。公一は26歳。


3つ年の離れた、ごく一般的な夫婦。


20歳の時に結婚し、もう3年目だが、公一は相変わらず優しい。


好きな人に愛されれば嬉しいし、幸せになる。


たまに来る笹川や新道には『相変わらず気持ち悪い』『あり得ない』などと言われるが、気にしたことはない。


人間は意外と簡単に変わるもので、深雪は毎日きちんと朝食を作って公一を見送り、家事をこなして夕飯を作る。


時間だけはあるため、インスタントなどを使うこともない。


今日の夕食も、昨日から仕込みをしてビーフシチューだって作った。


料理も家事も、やってみると意外と楽しく、よほどの事がなければ手を抜いたりはしない。


時計を見ると、午後8時を差していた。


そろそろ、公一が帰って来る時間だろう。


シチューを暖め直していると、チャイムが鳴った。


「はーい。ちょっと待ってて」


火を止め、ドアを開ける。


そこには笑顔の公一が立っていた。


「ただいま」


「お帰りなさい」


「これ、お土産」


左手にあった箱を見た瞬間、思わず黄色い声を上げる。


「わぁ。これ、パティスリーMURAYAの!」


あそこのシュークリームは確か、朝早く一時間以上並ばなければ買えない程人気のはずだ。


日中は仕事をしているはずなのに、なぜ手に入れられたのかは謎だが。


「シュークリームだけじゃないよ。深雪の好きなミルフィーユと、タルトも入ってる」


「え?本当に!?」


公一は凄くマメな男らしく、好物や記念日などは絶対に忘れない。


今日は何かの記念日ではないが、美味しいものが食べられるのならば何だって構わない。


「凄く嬉しい。ありがとう!」


深雪が喜ぶと、公一も嬉しそうにしてくれる。


鞄を受け取ろうと手を出すと、右手に持っていた大きな白いものを渡された。


「これもあげるよ」


「なにこれ?」


渡されたのは、50㎝程の白いティディベア。


思わず笑ってしまった。


「ケーキ屋に売ってたんだ。深雪が好きそうだと思って」


「ありがとう。可愛いわね」


ぬいぐるみは嫌いじゃない。


でもこれはどう見ても、子供向けのお土産ではないだろうか。


なんとなく複雑な気持ちになりつつも、ケーキを冷蔵庫にしまい、ティディベアを持ったままソファーに座る。


可愛いけれど、なんか違う気がする。


だけど公一的には満足らしく、ニコニコしながら隣に座り、軽くティディベアの頭を撫でた。


「やっぱり可愛い。深雪に似合うよ」


「そうかしら」


ティディベアが似合う程、子供っぽいのだろうか。


どうもそれが引っ掛かってしまう。


「ねぇ」


「なに?」


不満そうに見上げると、公一は相変わらずの笑みで首を傾げた。


「そんなに子供っぽいの?弟じゃないのよ」


「え?」


一瞬キョトンとする。だがすぐに、声を上げて笑い出した。


「あはは。もう2年も夫婦してるのに、何言ってるんだ?しかもなんで弟なんだよ。妹ならまだしも」


「じゃあこのティディベアはどうして?これじゃあまるで、妹か娘みたいじゃない」


可愛い物は好きだけれど、ぬいぐるみが似合う年でもない。


複雑な顔で見上げていると、公一は困ったように笑った。


「参ったな。まさか怒られるなんて思ってなかったよ」


「だって……。私はもう23歳よ?それに、あなたの妻なんだから」


そう言うと、公一はふと深雪の体を抱き寄せ、唇を重ねた。


そのまま押し倒され、驚いて見上げる。


「女って、よくわからないな。可愛がるといじけて、構わないと怒るんだから」


「そんなつもりじゃ──」


すると公一は、目を細めて笑うと、ネクタイを緩めてワイシャツのボタンを外した。


「な、なに?」


「可愛がられたくないって事は、つまりは常に俺を誘っていたいってわけだ」


「え?どうしてそうなるの?違うわよ!そういう意味じゃないっ」


腕を掴み、無理矢理離す。


悪いけど今は、そんな気分じゃない。


「じゃあ、よくわからないから、ちゃんと説明してくれないと」


両手を掴まれ、頭上で捕らえられた。


今はもう、力では敵わない。


いや、どうにかしようとすればできない事もないが、公一に怪我をさせたくない。


「深雪が先に誘ったんだからな?」


足に手を這わせる。


「もう夕飯の時間だから。やめて」


目を見つめながら、ゆっくり言う。


だけど公一は、楽しそうに笑っているだけだ。


だんだんと、腹が立ってきた。


だが、まだ怒るわけにはいかない。


大切な旦那だから。


「ねぇ、離してくれない?私はそんな気分じゃないの。怪我したくないでしょう?」


「大丈夫だよ。すぐに気分になるから」


そう言い、唇を寄せてくる。


こうなったらもう、やむを得ない。


小さく息を吐き、目を伏せる。


公一はそれをどう解釈したのか、ベルトに手をかけた。


深雪はすかさず膝を立て、そのまま振り上げた。


「っ……!?」


一瞬にして公一の顔色が失われる。


「ごめんなさい。痛かった?」


軽く脇腹を蹴って床に落とし、乱された服を直す。


「テメェっ……!」


公一は股間を押さえながら、顔を引き吊らせている。


昔公一に同じ場所を蹴られた事がある。


あの時はそこまで痛みはなかったが、男はそうではないらしい。


「じゃあ、夕飯の準備するわね。それまでそこで大人しくしていて」


余程痛かったのか、まだ踞っている。


少しだけ可哀想かなと思ったけど、悪いのは公一だし、取り敢えず夕飯の準備が整うまでは様子を見ようと思った。


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