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〈幕間〉子爵の恋と愛と枷2

子爵は娘のキトリーが王宮で淑女教育を受けている最中、王太子と会談していた。規定の時間になり離席を告げると「見てほしいものがある」と王太子に誘われる。


連れて行かれたのは中庭の様子が見えるバルコニーであった。王太子が見ろと言わんばかりに顎をクイッとするのを見て、子爵はその方向に目をやる。そこには愛娘とアーデン王子が楽しそうに庭を走り回っている姿があった。


「……どうして…」


子爵は目を見開きながら呟いた。


実は茶会でアーデンとキトリーが出会ったことは親達には筒抜けであった。その後、我が儘一つ言わない利口なアーデンが初めて興味を示し、一緒に遊びたい、勉強したいと話した女子の名がキトリーであった。


事は慎重に進める必要があった。アーデンが令嬢の名前を口に出した以上1度は機会を設けなければアーデンが納得しないであろうし、勉強に対する意欲や態度に影響が出るのではと考えられたからだ。


幸いなことに、近く、()()()()の学友候補などの面接を行う予定があったため、それを彼女に受けさせてはと話は進んだ。それはアーデンが王太子に『彼女を学友に入れて欲しい』と願ったために出た話であった。


しかし、それに異を唱えた者がいた。


―――キンバリー公爵である。


『女子が学友など前例がない』

『アーデン王子の教育上良くない影響を与える可能性がある』


「セントラル国の貴族でさえ幼い間は男女別に教育を受けているというのに、王家が男女共に同じ勉強をするなど……仕来りに反する。何故アーデン王子は学友にキトリーを推したのかーーー理解できんわ」


それにーーーと公爵は更に続ける。


「―――気に入ったと話していたのじゃろう? それはあんに欲しいと言っているものと同じでは無いか。何も欲しがらないアーデン王子が欲しがる。今は小さなくすぶりりだが、大きくなったらどう始末を付けるのじゃ??」


キンバリー公は、自身の息子が女子に熱を上げたのを知っている。同じようなことは御免だと主張したのだ。そして、それよりも……と切り出したのは弟王子の教育のことであった。


「ゆくゆくは『キンバリー』の爵位を与えるのならば『妃』が必要じゃろう??」


孫娘でさえ政治の駒に出来る非情な公爵の姿に、誰もがおののいた。そうして決まったのがキトリーの妃候補の試験であった。


―――アーデンとキトリーを会わせる際は『ディオルと大人達も一緒に』と決まったはずであった。


「リヒト、お前……」


子爵は思わず、王太子の名を愛称で呼んだ。驚く子爵を見て王太子はフッと小さく微笑む。


「私は王族として甘いな」

「そんなことはない……! そんなはずも…ない……」


国同士の繋がりの政略結婚をすんなりと受け入れ、弟達が臣籍に下るのも粛々(しゅくしゅく)と進め、いつも国のために動いている王太子のことを子爵はよく知っている。


「ちょっとした反抗だよ。いつも叔父上の良いように話が進むのは好きではない」

「……」


王太子の視線が子爵に注がれたとき、子爵いたたまれず視線を逸らした。キンバリー公の話が上手く進む要因に自分が一枚噛んでいるのを自覚しているからである。咎められていると思って二の句を告げられなかった子爵を見て、王太子はフッと柔らかく笑った。


「エディ……何の打算もなく、気軽に話が出来る相手というのは貴重だと思わないか??」


エディは子爵の愛称である。従兄弟で年が同じ、背格好に容姿も似ている。2人は双子のように育った仲でもあった。


急に話が逸れたことに子爵は申し訳なさを感じながら聞くことにした。


「私にはお前がいる。アーデンにはスミスがそれになるはずだった。だが彼はいつもアーデンの後ろにしかいない」

「それは…」


アーデンが先に先にと覚えてしまうのが要因なのだろうと、王太子と子爵は気づいていた。


「幼い頃に身についてしまった性格は、なかなか直せないだろう」

「……」


様々な思惑が渦巻く王宮で、心を許し合える者を見つけるのは至難のわざである。幼い内からと思って王家が中立派のレイクイア家子息を呼び寄せたのだが、結果はいまいちであった。


「……上手くいかないものだな」


と子爵が言うと、


「そうだ。上手くいかないものだ」


と王太子はやや強い口調で言葉を返した。子爵は王太子を睨み、


()()()()とは話が別だろう?」


と非難した。親友からの鋭い視線に対し、王太子の目はフッと細くなる。やわらいだ目を子ども達の方に向けて王太子は言う。


「私は父親として、アーデンに何かしてやりたいと思っている」

「父親として?」

「そうだ」


(それは……一体―――)


今までと何が違うのかと子爵は疑問に思ったが、すぐに「間違っている」と王太子を叱った。


「父親としてやることがこれか? 違うだろう。リヒトは私の父と陛下の裁可に不満があるだけだ。それをこんな形で……」


晴らすなんてと子爵が言うのを遮って、王太子が嗤った。


「さすがは陛下と公爵の犬になっただけはあるな!」

「なっ……!」

「……忠実すぎて涙が出そうだ」


悲しみに歪む王太子の顔を見て子爵はハッと息を詰めた。いつからか王太子ではなく陛下達に忠実になっていた自分に気づいたからだ。


(守りたいと思っていたのに……いつから私は目を離してしまったんだ?)


あんなに近くに居たのに、今も目の前にいるのにーーー子爵と王太子の間には壁が出来てしまった。否、壁を作らされてしまったのだった。


(それでも私は、今でも彼の隣を許されている)


それが意味することが何なのか、子爵は改めて思い至った。そして、王太子に対し申し訳ない気持ちで一杯になり、俯く。


王太子は子ども達の微笑ましい様子を見ていた。アーデンとキトリーは、相手の後ろを取ろうとお互いが素早く生け垣の周りを行ったり来たりしている。単調な遊びだが、何度も繰り返すなかで相手のクセを読み取り、行動を先読みし実行に移す。このやり取りの応酬が、相手をより詳しく知り、親しくなれるのだ。


ははっと子ども達の笑い声が聞こえたのを合図に、王太子はまた話し始めた。


「エディ。私は……キトリーの件はアーデンに良いと思っている」


子爵は王太子の考えが読めず、素直に問うた。


「何故?」


スッと合わされた王太子の視線は強かった。


「キトリーが優秀なのはどうしてだと思う? 昔は女子には貴族でさえ教養なぞ無くても良いと言われていた。それが突出した利発な女性達のお陰で今では女子も教育が許されるようになった。今日こんにちでは庶民でさえ日曜学校に通い、国立の学園に男女共に通うことが出来る」


子爵は(確かに……)と思った。今日(こんにち)では100年前の世界では考えられないほど、女性には自由が与えられるようになっている。


「時代は刻一刻と変わってきている」

「……」


子爵は王太子が何を言いたいのか分からず、しばし呆けた。その姿を見た王太子が顎に手を当て「クッ…」と笑う。そして更に言葉を続けた。


「キトリーが優秀なのは彼女だけのお陰か? それだけではないだろう? 女子教育が許された環境にいるからこそ見いだされた才能なのだーーー私はそこに期待している」


子爵は思わず娘―――キトリーを見やった。


(時代が変わってきている? だから良いと??)


子爵は思いがけない、これから先の男女平等の社会に心が躍った。しかし、


「だが! 今の風潮でそれは認められないっ! アーデン様の側に女子がいる。それが貴族達にどう写るって見えるか……」

「それも分かっている」

「なら誤解されるようなことをするな。させるな。……彼らが可哀想だ」


子爵は子ども達の持つ淡い思いが成長したとき、彼らがどのような道を選んでしまうか不安に思った。だが王太子はものともしない様子で


「何が問題だ?」


と言った。


「何故分からないんだっ!」


子爵は思わず叱咤を口に出してしまったが、驚きもしない王太子と目が会った瞬間すぐに後悔し、右手で片目を覆った。


(そうだ、そうだった)


忘れもしない、子爵がノースエンドの姫と婚姻するときに最後まで反対したのは王太子である。


『―――我々の婚姻は仕事だ。それなのにお前ときたら愛だの恋だのにうつつを抜かして……本来守るべきものを履き違えていないか?』


あの時に感じた悲しみを、子爵はまた王太子に感じてしまった。


だが、子爵は王太子の良く出来た誤魔化しに気づいていない。否、王太子自身も気づいていない。更なる女性進出の一助の為。少しの反抗心。そのどれもがただの便宜上のものでしか無いことに。恋情を知らぬと思われる王太子の言動に、愛があることにーーー。




***




静けさの中に、子ども達の笑い声が聞こえる。


「アーデンにはそれ相応の姫を探して娶らせる」


それなのに大人達は目の前の利益にばかり手を伸ばそうとする。そして自分はーーー子爵は、円滑に仕事が回るように動くことしか出来ない。


「……その姫を探すのは私なのだろう?」


フッと王太子は笑う。


「理解が早くて助かるな」


子爵は(それならば)と思った。


人の願い、想いの強さがどれほどのものか。


(ーーー私たちは知らなくてはいけない)


王太子がバルコニーから離れるのを見て、子爵もその後ろに続いた。





子ども達のはしゃぐ姿を、目に焼き付けながら。







次話からキトリーの物語に戻ります。

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