4.彼女の大きな勘違い
その後もキトリーは王宮へ通い試験を受ける。年齢に応じて試験内容は違ったが、食事マナーやデッサン、香水の匂い当て、リズム感はあるか、ダンスは出来るか、暗記は得意かなど沢山の課題をこなした。
キトリーは晩餐中に試験内容を父母に話した。その度に父親から「辞めてもいい」と言われたが、キトリーは試験を受け続けた。
幼いキトリー胸中など可愛いものであった。
(一緒に勉強できたら楽しいだろうな。一緒に遊べたらもっと楽しいだろうな)
年相応の願いを叶えるために、キトリーは頑張った。
そうして最終的に残ったのは、アーデン王子の従姉妹にあたる公爵令嬢と、王家の流れを汲む辺境伯の令嬢。そしてーーーキンバリー公爵の孫娘キトリー・ハンフリー子爵令嬢であった。
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本邸に選考会の結果が届いたとの知らせを受けてキトリーは父母と共に馬車で本邸に向かった。玄関をくぐり応接室に入ると、そこには既にキンバリー公爵と夫人がいた。キトリーの姿を認めた公爵は笑顔で両腕を広げる。その糸を理解したキトリーは駆け足で祖父に抱きついた。
「お祖父様!!」
「キトリー!」
「手紙は? 結果が届いたのでしょう??」
「ああ! ここにあるぞ」
ここと言われてキトリーがテーブルを見ると、通知の紙が広げられていた。細かい部分をキトリーはまだ読めなかったが、一番上の文字が『可』であったことで受かったのだと理解した。
(やったわ!)
キトリーは飛び上がって喜んだ。
「おめでとうキトリー! お前は王子妃候補に選ばれた」
「今まで頑張った甲斐があったわね」
「ありがとうお祖父様! お祖母様!」
(目標達成! これで堂々と会いに行けるわ!!)
そう喜んでいたのもつかの間だった。キトリーは次の祖父の言葉で凍り付く。
「いやしかし、どの国の王子に嫁ぐことになるかのぅ?」
(―――え?)
どの国とは、一体どう言うことだろうか。
「それまでは王宮で宮廷マナーなどの勉強をすることになるぞ」
「国によってはカーテシーの角度や手の位置が違うから、沢山学んでくると良いわよ」
「え、ええ! 頑張るわ!!」
手放しで喜ぶ祖父母の傍らで、キトリーは微笑みを貼り付けたまま内心驚愕していた。
(王子妃候補って、そう言う事だったの…?!)
妃候補―――それは自国の王子の妃では無く、他国へ嫁いでも大丈夫な娘を選ぶものだったのだ。
(私の馬鹿!)
確認しなかったのはキトリーだが、確認させなかったのは公爵であった。
『知らなかった』『アーデン王子の妃候補だと思った』と言ったら皆を困らせてしまうとキトリーは瞬時に思い、気持ちを悟られないよう少々大袈裟に飛び上がって喜んで見せる。
(勝手に勘違いして、どの王子様の婚約者候補だったのかなんて知ろうともしないで、1人で舞い上がって……!)
キトリーの中で『王子様』はアーデンの事だった。何故そう思ってしまったのかは『勘違い』と『思い込み』が彼女の判断を邪魔してしまったのだ。
それからキトリーは定期的に王宮へ行き、他の令嬢と共に初等教育を受ける。肩書きが“子爵令嬢”であるキトリーは候補としての順位は最下位であった。その為、他国の王族との婚約は直ぐには成されなかった。代わりに『後のキンバリー公爵』の妃の話が有力になり、王太子の第2子ディオル王子といつどのように交流していくか計画が成されていくのだった。
*****
キトリーが王宮に通い始めてから1ヶ月が経つ頃であった。他の令嬢と共に講義室から出ようとしたキトリーを文官が呼び止めた。
「キンバリー公もハンフリー子爵も話し合いが長引いているようでしてーーー」
「1人で帰れって事かしら?」
「いいえ。中庭の東屋で待っているようにと伺っております」
「中庭? 東屋??」
「ええ」
そこは図書館が妥当だろうとキトリーは思ったが、言づてを頼まれた文官の後をしずしずと付いていった。付いていった先の中庭には花が溢れーーーなるほど、勉強で疲れた頭には丁度良い気分転換であった。
キトリーが肺にいっぱいの空気を吸い込んでホッとしながら歩いている内に東屋に着く。「こちらです」と文官に言われキトリーが東屋に目をやるとーーー
「―――良かった」
栗色の髪をした身なりの良い少年がヒョイッと中から出てきた。
「やっと会えたね」
と言って少年はキトリーの手を取り親愛のキスをする。突然のことに驚くキトリーだったが、ドキドキする間もなく「こっち!」と言われて手を引っ張られた。子どもしか通れなさそうな狭い垣根の隙間を通り抜けると、アーデンが「あっちの一本杉まで競争!」と言った。
「あっち?!」
「あれだよ! よ~い」
「どん!」
「え!? 待って!!」
「待たない!!」
「えーーーー??!!」
キトリーはスカートを穿いていたが、構わず全速力で走った。少し早めにスタートダッシュを切れたからか、杉の木にタッチしたのは同時だった。弾む息をこらえながら隣にあるアーデンの顔を見れば、ムッと悔しそうな顔をしていた。キトリーは思わず笑う。
「フフッ! おっかしい顔!!」
「な、お……おかしいだって??」
「フフフッ」
アーデンはクスクス笑うキトリーの姿を唖然と見ていたが、その内につられて「フフッ」と笑った。
護衛達はアーデンの不意打ちについて行けずまだ姿が小さい。キトリー自身どこの垣根を通ってここに出たのか不思議に思っているので、彼らがこの場所にたどり着くにはまだ時間がかかるだろう。その隙にアーデンはキトリーの耳に顔を近づけて囁いた。
「選考会受かったんだってね。おめでとう」
キトリーが横を向けば、額がくっつくかと思うほどの距離にいる少年と目があった。琥珀色の瞳が意地悪そうにキラキラと光る。
(何よ! 王子も勘違いしてたんじゃない……!)
今回の選考会について自分にだけ落ち度があるかと思っていたキトリーであったが、やはりアーデンも勘違いしていたのだと思った。
「……ありがとう」
キトリーはお礼を言いつつ負けじとアーデンを見返した。お互い強気のくらいがあるため、自分が先に視線を外すのを許さなかった。
2人が視線を外したのは、「殿下――!!」と護衛の悲痛な声が近づいて来たときだった。
「あ~あ、見つかっちゃった」
つまらなさそうに話すアーデンを、キトリーは訝しんで見た。
「護衛を振り切るなんていけないことだわ」
「だってさ。ずっと側にいられると窮屈なんだよ」
「きゅうくつ?」
「疲れるんだ」
「……そう」
キトリーは冷たく返事をすると両腕でアーデンの肩を強く押した。「へ?」とビックリしたアーデンは草むらに尻もちをつく。
「私がスパイだったらどうするの?! 今殿下は1回死んだわ!!」
「え? ええ??」
キトリーの祖母はウェスト国の元王女である。イースト=ウェスト帝国瓦解の際は大変苦労したようで、その経験を何かとキトリーに話していた。それ故キトリーは何かと敏感であった。
腕を組むキトリーに見下ろされたアーデンは、
「も……ほんと、君、面白すぎ……」
と今の出来事が笑いのツボに嵌まったようで、咳き込むほど肩を震わせ笑うのだった。
「わ、私は真剣に言ってるの!!」
「うん、ごめん。笑いすぎたね」
「もぅ…!」
ぷくっと頬を膨らませたキトリーを見て、アーデンはまた「フフッ」と笑うのであった。
幼子達はいつだって目の前のことに全力疾走である。この場を設けたのが誰なのかと言う些細なことは、微塵も考えようとは思わなかった。
今はまだ
この『自由』が
大人達が用意した世界でしかないことを、幼い彼らは知る由も無かった。
次話→〈幕間〉子爵の恋と愛と枷
5話続けて投稿する予定でしたが、現在推敲中です……もうしばらくお待ち下さいm(_ _)m




