13.姫の幸福の在りかは
本日4話投稿しております。
翌日。日が高く昇った頃に、私の部屋にスミス様がやって来た。スミス様はいつもと変わらず、穏やかな笑みを携えながら私に説明しだした。
ショーン嬢の行動が怪しいと思って、スミス様とハンフリー嬢、王家でもマークをしていたが、今回はアーデン様が独断で行動してしまったらしい。その事については王家からアーデン様に処罰が下される。手始めに王位継承権の順位を下げるため、アーデン様と私の婚約は絶ち消えるそうだ。しかし、婚姻による同盟関係は始まっているため、サウスとセントラルの王族同士の婚姻は避けられない。そのため私はディオル様と新たに婚約して欲しい……とのことだった。
(……頭が追いつかない………)
考えられた最悪のことを次から次と言われた私は、頭が痛くなる思いがした。どうにか狼狽をのどの奥に押し込めて「……そうですか」と言葉を出すと、スミス様が方眉を上げて訝しんできた。素っ気ないと捉えられてしまったのかと思い、私は苦笑した。
スーレーンの『王女という肩書きは、貴女が思っている以上に価値あるものよ』の言葉が今思い出される。
(本当だわ。……こんなにも、重かったのね)
反故に出来ない同盟。自分に求められている価値。それが今、ハッキリと分かったように思う。入れられた紅茶を私はジッと見た。シャンパンゴールドに近い色のそれは、祖国で採れるジーリンだろうか……。
「私は同盟のためにこの国に嫁ぐのです。相手が誰であろうと、それは変わりませんわ」
しかと伝えた言葉に、スミス様は「そう言って頂けると助かります」と言った。スミス様はその他に婚約の解消と結び直しをサウス国に伝えることや、婚約に関係した書類の破棄について説明しだした。
「書簡を出す際は、私も一筆添えますわ」
「そちらから話して頂けるとは有り難い。…ちなみに、どのように?」
「そうですわね……」
王女として自分が出来ることを頭に思い描けば、自然と言葉が出てきた。
「『私は此度の婚約者の変更について、気にはしていない』……で、よろしいでしょうか?」
私の言葉にスミス様は一瞬の間を置いてから「ええ、十分です」と言う。その間がひっかかった私は鋭く聞き攻めた。
「スミス様、何か言いたそうな顔をしていますわよ?」
「いえ、そんなことは……」
「見え見えですわ」
「ハハハ……」
スミス様は「はぁ」と深く溜息を付いた後、
「あとから聞くのは嫌なので、やっぱり聞きます」
と優しい口調で聞いてきた。
「あなた様はアーデン様のことを大変好いておられるのだと思っていましたが、違いましたか?」
「………」
(随分直球できたわね……)
昨日の誰かと既視感を覚え、私は『幼馴染み』が似ていることを何となく理解した。
(癖が移るほど……それほど多くの時を一緒に過ごしたのね…)
彼らとは味わえない思い出の共有に対して、私はチクリと胸に痛みを覚えた。
「スミス様、あなたが1番よく分かっているのではないですか?」
「……何をでしょう?」
「あの方とわたくしの間にあったのは、同盟による契約だけ。どんなにわたくしが努力しても………わたくしはあの方の隣に立てるほど賢くもなれず、いつも足を引っ張ってばかりいました」
一通り勉強しても、それが全部頭に入るわけではない。だけど私にはーーーアーデン様の婚約者には、それが求められていた。
―――辛かった。
「わたくしは、あの方に相応しい人に成れなかった」
次から次へと出てくる課題をこなすのに精一杯だった。このままアーデン様と婚姻していたら、私は毎日息が詰まっていたに違いない。
(でもーーー)
共に、国を背負っていきたいと思っていた気持ちは嘘ではない。初めて会った時からその存在に惹かれ、隣に相並びたいと思ってきた。努力はした。ただ、自分の手が届くような代物ではなかったのだ。
(ごめんなさい。アーデン様……)
貴方の隣にいるのはーーー
「ずっと、窮屈で仕様がなかった……」
ただ、好きでいられるだけなら良かったのに。
『アーデン様の婚約者』に求められるものが高くなければ良かったのに。
(私の限界が来る前で、良かった)
「やっと肩の荷が下りましたわ。―――わたくし、やっと笑って良いのですね」
そう思って口角を上げて笑おうとしたが、私の予想を反して目からは涙がポタリと落ちた。
―――限界が来たのは、私だけ? 私だけだった?
私の涙は堰が切れたようにどんどん溢れだした。スミス様から顔を背けた後、近くのハンカチを手に取り、目を押さえた。
(上手くいっていたはずだわ。皆、お似合いだと言っていたじゃない。なのに……それなのに、どうしてこうなってしまったんだろうーーー)
実感した途端に流れた涙は、なかなか止まらなかった。のどの奥が引きつれて嗚咽が出てくる。だが、今は人前である。私はどうにか息を整えて、視線をスミス様に送った。
「スミス様、このことは……」
「はい。誰にも言いません」
「お願いしますね」
「いえ……こちらこそ、話して頂きましてありがとうございました」
スミス様は速やかに席を立ち、部屋を辞していった。他に何も聞かれなかったことに私はほっとした。みっともない姿をこれ以上見られるのは、王女としてのなけなしの矜持が許せなかった。
私は侍女がティーセットを片付けに入って来る前に、窓辺の椅子へ移った。祖国から付いてきてくれていた侍女は私の様子に気づいたようだが、何も言わずにテーブルの上を片付け始めた。かすかに鳴る食器の音が、部屋の中の静けさを更に際立たせる。
私は熱く流れる涙をそのままに、目を閉じた。
(彼の理想に応えれば、愛してもらえると思っていたーーー)
初対面での失敗を払拭するために、ずっと頑張ってきた。サウス国から来た姫君は優秀で、素敵なご令嬢で、おごり一つも無い。そうなれば微笑んでくれるとーーー自分を見てくれると思っていた。
(だけどどうだった?)
私に向ける微笑みは、私だけのものでは無かった。子どもでも大人でも、それこそ男女問わず常に同じ。等しく平等。
(だけどそれってーーー)
―――逆に言えば、誰も見ていないのと同じではないか?
(当たり前だわ。皆、彼を見ていなかった。理想の王子様を見ていたんだもの)
未来の国王陛下として期待され、彼はそれに応えていた。
そして彼は、皆の期待を実現させるだけの力を持っていた。
(だからアーデン様は、私にもその理想を求めたんだわ。そして私も、それを受け入れた)
アーデン様に追いつきたくて、疎かにしていた勉強に励んだ。はじめから知識の差が開いており、恥ずかしながらも手紙で助言を何度も貰った。励まされる度に、自分は彼に求められているんだって思っていた。
(でも違った。そうじゃなかった)
周りの言うとおりに『理想の王子と王女』を演じる為に私は求められていただけだった。
(酷いじゃない。あんまりだわ……)
でも私だって同じだ。都合の良いところだけを見て、小さな違和感は考えないようにして、ただ時が過ぎるのを待って、ニコニコ笑っていた。
(それがこの結果よ…!)
1番彼の近くに居たはずなのに、私は、自分から彼に寄り添わなかった。
遅いか早いかの違いだけ。いずれは破綻する道のり。
(満たされることの無い、空っぽの愛。私は、そんな愛はごめんだわ。お互い支え合ってこそが本当の「愛」ではないかしら?)
それが私とアーデン様とで出来ただろうか?
(出来ないでしょう……?)
苦しくてたまらない。
もし、出会ったときからやり直せたら。
あの時、ちゃんと気持ちを伝えていたら。
(馬鹿ね。今となっては全て、終わってしまったことだわ)
―――過去は、覆せない。
(……疲れたな)
初めて会ったときから今までずっと、王妃教育ばかりの毎日だった。アーデン様を怖いと思ったこともあったが、負けるものかと奮起し取り組むことが出来た。異国での学園生活も何不自由することはなく、常に気をかけて貰い、一緒に出かけることだってあった。1つ1つ認められていく度に、自分の歩んでいる道は正しいのだと思っていた。
―――例え、そこに愛情がなくとも。
(わたくしの事を愛せないのなら、優しくしないで欲しかった……)
中途半端な優しさほど、残酷なものは無い。
私の隣に侍女が静かに佇んだ。ワゴンの片付けが終わるほど、私は考え事をしていたようだ。侍女は何も聞いてこなかったが、昔のように私の肩に手を置き抱き寄せてくれた。呼吸が楽になり、目元からゆっくりハンカチを外す。瞼に温かな光が落ちてきて、目の前がキラキラと光った。
「……ねぇ、今だけ泣いても良いでしょう? 少女だったわたくしの心を、慰めて良いでしょう?」
侍女は更に強く私を抱き寄せてくれた。「大丈夫だ」と肯定されているのが分かり、さめざめと涙が流れた。衣装が濡れることなど気にもせず、子どもの頃ように私は声を出して泣いた。
(こうして泣くのは今だけ……)
そして―――涙と共に、この気持ちを洗い流すのだ。
(……そうしてやっと、私は元の『私』に戻れるの)
「さようなら、アーデン様………」
私は、窓から差し込む光の先に目をやった。雲の合間から差し込む日の光は、目で見えるほどに優しくて、暖かくて、そして眩しい。
いつだって、日の光は心に漂う暗闇を消してくれる。
くじけそうになる心を照らし、励ます。
私は日の光が1番好きだ。
いつの世も変わらず、人々を照らし続けてくれる光。
その光に包まれてーーー
私はまた、歩み出すのだ。
*****
サウス国王の長女として生を受けたクシャーナ姫は、10歳の頃に隣国セントラルの王太子嫡男であるアーデン王子と婚約を結ぶ。しかしアーデン王子は18歳の頃に、自身を狙ったと思われるスパイの摘発にクシャーナ姫を巻き込んだ。その姿勢は祖父である国王の不興を買い、王位継承順位を落とす事態となった。クシャーナ姫は次期王太子妃として申し分ない姫であったので、アーデン王子と婚約を解消したのち、彼の弟であるディオル王子と婚約を結び直し婚姻する。
夫であるディオル王子とは6人の子女に恵まれるが、半数が夭折。また、流産も多かったとされている。
たった1人の王子も体が弱かった。それを心配したディオル王は、伯爵位を賜った兄の元で静養と養育することを望み、王子を預けた。
クシャーナ姫が王妃になった時代。母国サウスは砂漠の向こうから難民が大多数押し寄せてきて、一時期財政を困窮させた。一早く食料とお金の支援を行ったのはセントラル国であった。大貴族キンバリー公爵が難民受け入れの政策案を出し、ディオル王がそれを採択した。
砂漠の民は今までと違った価値観や知識を持っており、より一層セントラル国は繁栄し、人々の生活は豊かになったと言われている。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
クシャーナ視点はこれで終わりです。
さらに蛇足なキトリー視点は駆け足で進む予定です。
アーデンとキトリーの修羅場(?)のみ見たい方は『完結済み』になるまでお待ち頂くことを推奨します。ご了承下さいませm(>_<)m!!




