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〈幕間〉取り巻き令嬢の事情2

指定された時刻に図書室脇の小部屋―――クシャーナがアーデン達と勉強している部屋―――に行くと、アーデンがゆったりとした椅子に座って待ち構えていた。スミスがハーブティーを入れてくれている間にアーリアは促されるままアーデンの真正面の椅子に座る。


(どうして呼び出されたのだろう……?)


アーリアは訳が分からないまま出されたハーブティーに口をつけると、アーデンが組んだ足に手を置きながら話し出した。


「今回のテストの成績、素晴らしかったね」


アーリアは困惑しながらも「ありがとうございます」と返事をする。その後は勉強方法や勉強時間、余暇の使い方などを聞かれた。王族に嘘を言ってはいけないので正直にアーリアは答える。もちろん、キトリーとの交流についてもだ。一通り質問に答えたところで、アーデンは目を細めて本題を切り出した。


「君がここに留学することになった理由は理解している?」

「……え?」


その答えは『姫の幼馴染みだから』なのか、『マガダ家として求められていることだから』なのか、王子はどちらを聞きたいのかアーリアは迷った。しかし両方とも対外的には有効だと判断しアーリアは話した。


「……クシャーナ姫とは幼い頃に女子教育を共にした仲です。姫の妹君とも親しくしておりますわ」


姫の気休めとして呼ばれたであろう事と、薬効研究者達が自領の民であることをアーリアが話すと、アーデンは相づちを打ち、にこやかに微笑みながらも淡々とした口調で言った。


「そう。それが分かっていて、どうして今回のような愚行を犯したのかな?」

「……え? 愚行…ですか?」

「そうだよ」


アーデンは足を組み直し、頬杖をついた。


「クシャーナ姫は王妃教育もしながら学業をこなしている。自然と……テストで良い結果を振るえないのは分かるだろう?」

「……それは」


アーリアは『姫の努力が足らないのだ』と頭によぎるが口には出さなかった。そんなアーリアの様子などお構いなしにアーデンは話を続ける。


「困るんだよ。これ以上クシャーナ姫が周りから『凡人』と思われるのは」


予想以上の物言いに、アーリアは背筋が凍る思いがした。


(……2人は仲が良かったのではないの………?)


普段の王子とは思えないほどの冷徹さをまざまざと感じたアーリアだが、負けじと拳を握って正面からアーデンを見据えた。そのアーリアの態度が良かったのかは分からないが、アーデンは目元をゆるませた。


「君は……君達は姫君の引き立て役でもあるんだ。成績が上がらないのはサウス国の学習水準が低いからだと対外的には思わせなくてはいけない。その為には、君達が姫よりも良い順位を取ってはいけないんだよ」


「君なら分かるだろう?」と強い瞳ですがめられれば、アーリアは否応なしに理解した。


わざと低い点数を取れと、アーデンは言っているのだ。


理不尽な要求にアーリアは思わず下唇を噛んだ。自分の努力を否定されたのだ。アーリアはとても悔しかった。是も否を言わないにアーリアに対し、アーデンは更にたたみかけてきた。


「君だって困るだろう? 側付きなのに主人よりも頭が良いと頭角を現して大丈夫なの?」

「……どう言うことですか?」


たかがテスト。たかが順位だ。それなのに、この言われようは何だ。


他にどんな言われようが有るのか分からずアーリアは俯いた。アーデンはお茶を一口飲んでから詳しく話す。


「君の婚約者は伯爵家嫡男だよね? しかも、昔から血族関係に当たるそうじゃないか」

「……そうです」


パルティア攻略の際に武功をあげ爵位を得た親戚筋の伯爵家とアーリアは婚約をしている。その他にも何度か娘を交換して娶らせる事を相手の伯爵家とはしている。血が濃くならない程度に行っていることだ。それが何故関係するのかアーリアには分からなかった。


「今は君の家が1番薬効技術と植物の提供をしている。君自身、度々(たびたび)研究所にも行っているよね?」

「……はい」

「疑われてしまうよ?」

「……え?」


(私が良い成績を取ることが、どうして疑われるの?)


アーデンの言う話が飛躍しすぎていて、アーリアはついて行けなかった。


「私はね、君が姫の学友だというのに引っかかりを覚えているんだ。辺境の、しかも信仰の違う家の子を、わざわざ王女の学友に選ぶかな?」

「……どう言うことですか?」


自分がまだ知らないことが有るのだろうかと思うとアーリアは不安だったが、真正面からアーデンの言葉を待った。


「単刀直入に言おう」


人を屈服させる力を持つ強い眼差しが、アーリアに注がれた。


「君は学友ではないよ。伯爵家を従わせるための人質だ」


(……え? 人……質…??)


「……そんな」と、アーリアの口からこぼれたが、ハッと瞬時に女子教育期間中の事を思い出した。領地から離れた王都で叔父夫婦と数年暮らしていたあの日々は、()()()()()()だったのかと。


「姫はそんなこと露とも知らないだろうけどね」


とアーデンは事も無く話す。


「……なら、今回の薬効研究で資金を増やしていることをよく思われていない……と? 国が推し進めて始めた事業なのに…? ここで疑われたら、マガダ家はまるごと潰される?」

「その危険性はないとは言えないね」


先ほどと同じように「そんな」としかアーリアは言うことが出来なかった。


「君が来てくれたことで、研究所はスムーズに機能できている。とても君は役立ってくれていて()()()()としては頼もしい。……だからこそ、気をつけて欲しいんだ」


マガダ家が潰されれば資金は国に渡る。そうなれば困るのは国境を面しているセントラル国とウェスト国である。


「研究施設との癒着を疑われないように第3者委員会を作ることも考えているよ。彼らに君がやっている事をきちんと仕事として取り組んで貰おうと思っている」

「………」


大きな大局たいきょくの中で生き抜くと言うことが、こんなにも大変だとはアーリアは思わなかった。


「マガダ嬢。賢く行動したまえ」


震える腕を押さえながら、アーリアはアーデンの忠告を受け入れるように何度も頷いた。


(考えが浅くてはいけないのだわ。付け入られる隙を見せたら『お終い』なのだから……!)


ここでアーリアは話を切り上げて退けば良かったのだが、何も返さないのを良しとしなかった。


「私もアーデン様に1つお話ししておきたいことが有ります」


アーリアは顔を上げて、前から気にしていたことをアーデンに伝える。


「貴方様の笑い方、仕草、癖、……よく見るとある人にそっくりですわ」

「君はキトリーと交流が有るのだろう? 私と彼女が幼馴染みだったことは調べ済みでは?」

「……その通りです」


アーリアはクシャーナ姫の側付きの立場でも有るから、学園内ではキトリーとの接触をほとんどしていない。しかし学園を離れれば彼女との交流は他の令嬢よりも多いと言える。


「殿下の指導の仕方、それによって身についた姫の仕草」

「………」

「誰に似せようとしているのです。……殿下は、クシャーナ姫を何者なにものにするおつもりなのですか?」


アーデンは手にカップを持っているが、口元に寄せただけで飲もうとはしなかった。


「これは、ハンフリー嬢と姫様、そして貴方様の近くに居るから気づいたのかと思います」

「………」


アーリアはアーデンをチラリと伺った。何も言わない様子だったので、再び話し出す。


「……本来の姫様は、我が儘で見栄っ張りでございます。ですが、今は影も形も見当たりません」

「それがどうしたというんだ。彼女に学んで欲しいことはいくらでもあるのだぞ」


その点については自分が関与する事ではないと話した上で、アーリアは言う。


「姫様は、見える範囲での幸せを欲する方です。それが叶えられるなら幸福でいられるでしょう」

「………」

「同盟がつつがなく遂行されるよう。殿下も、()()()()もお気をつけ下さい」


アーリアは残ったハーブティーを飲み干してしまおうと思ってカップを持ち上げた。紅茶よりも種類が豊富なハーブティーをアーリアは好ましく思っている。カモミールの甘みの中にオレンジピールの香りを感じた時、アーリアは密かに気づいた。


(……この組み合わせ)


先ほどまでは緊張で味など気にも留めなかったが、この組み合わせは()()()()で出されるものと同じだった。よく見れば色が赤いので、ローズ系のハーブも入っているだろう。


(……偶然?)


しかし、沢山種類のあるハ-ブの組み合わせが同じと言うことは有るのだろうか。


ハーブにうといアーリアには分からなかった。


カップをソーサーに置こうとしたとき、廊下側が何やら騒がしくなった。制止させようとするスミスの声が聞こえたが、それを振り切って扉がバンッと大きな音を立てて開く。アーリアが驚いて振り返ると、そこには顔を赤くして立っているキトリーがいた。


「卑怯者!!」


と言って、キトリーは真っ直ぐアーリアの隣に足を運んだ。アーリアが事情を話そうと立ち上がったが、キトリーは手で「何も言うな」とアーリアを止めてアーデンを睨んだ。そしてーーー


「貴方の姫の成績が伸びないのは貴方のせいでしょう?! 彼女のせいにしないで!!」


と怒鳴った。慌てて立ち上がったアーデンが何かを言う前に、更に彼女は言いつのった。


「よくも人の努力をコケにしたわね!! そんな人、大っ嫌いよ!!」


良く通る彼女の声が部屋に響き、アーリアの耳をキンっと痛ませた。キトリーが指さしするアーデンをチラリと見やれば、王子はその場で顔を青くしながら固まっていた。


「キ、トリー……」

「気安く呼ばないで頂けます?!」

「な、ぐ……」

「教育の機会均等によって清く正しく営まれる学園生活に水を差すなんて、私が許しませんから!!」


そう言うとキトリーはアーリアの手を取って、凜とした佇まいを崩さないまま部屋をでた。アーリアは歩きながらぽろぽろと涙が溢れた。泣き声が出ていたのか、キトリーは振り向くとハンカチを差し出した。


「怖かったでしょうに……大丈夫ですか?」


気品良く首を少し傾けて顔をのぞき込んでくる彼女は、何とも美しく、輝いて見えた。


「あの……その、違うんです」

「強く引っ張りすぎてしまいました?」


的を射ていない彼女の問答に、アーリアはフッと笑みをこぼした。誤解させる前に言わなければと思い、アーリアはお礼の言葉を述べた。


「……ありがとう」

「え?」

「……来てくれて、ありがとうございます」


キトリーはきょとんとしながら、あっけらかんと言った。


「当然よ。だって私達、友達でしょう??」


その言葉でアーリアは益々涙があふれてしまった。


(私は姫に対して、いつも表面でしか接していなかったのに……)


ずっと、物心つく前から一族の『宿願』をさんざん言われ続けていたのだ。何も思わずに王女の側にいるなどアーリアには出来なかった。


(何の打算もなく側にいても良い友人と言うのは、良いものね)


それと同時にアーリアは、自分がクシャーナにとってそう言う対象になれないことを申し訳なく思ったのだった。




***




アーリアの言葉をアーデンがどう捉えたのかは推し量れないが、あれから少しずつアーデンはクシャーナ姫に対しての態度をやわらげた。勉強会の回数を減らし、マナーにもとやかく言うことを止めたようだった。テストの順位も30位以内に入っているならばそれで良いとも。その甲斐があってか、クシャーナ姫は一時期開放感からか笑顔が増える。しかし今度は「相手にされていないのではないか」「飽きられたのではないか」と別の猜疑心が彼女に芽生え、苦悩することになった。


(つくづくどこまでも噛み合わない2人……)


表面上は仲良く見えるのだが、その心の内は全く合うことがない。


(政略結婚って、こんなものなのかしら……?)


アーリアは自室でオリヤ王女と実家、そして婚約者に向けて手紙をしたためる。ふとアーリアは気にかかり、婚約者への手紙には花の刺繍をしたハンカチを添えて出す事にした。アーリアの婚約者は幼馴染みである。どれほど『昔やらかしちゃった悪戯とか失敗』を心に留めているものなのか気になったのである。


(癖、仕草、味の好み、ここまで同じ幼馴染みってーーー)


本当に何もないのか? とアーリアは思ったが、『彼ら』は王族同士の婚姻をしなければならないのだ。


(―――仕方のないことだわ)


手紙のやり取りも、贈り物でさえ当たり前に出来る『自分達』とは違うのだ。


王女として生まれることは幸福か、アーリアは考える。煌びやかな衣装に美しい宝石、それを身につける価値がある姫かどうか、いつだって民衆は目を光らせている。


「弱音を吐くのならば、その程度でしかないと何故わからないの……」


それでも彼女は王女として生まれた以上役割がある。それを全うして貰わなければ、貴族は何のために王族に敬意を払い、忠誠を誓うのかさえ分からなくなってしまう。


「王女という肩書きは、姫が思っている以上に価値あるものなのに……」


アーリアは蝋燭に火をつけて、蝋を封筒にポタポタと垂らし、直ぐさま自身の花押かおう入りのスタンプを押した。蝋にはラベンダーが混ぜられているため、ほのかに爽やかな香りが漂った。かの国では育たない植物の香りをかぐ度に、自分は今異国にいるのだとアーリアは感じ、寂しく思う。


それを打ち消すかのように、アーリアは机に出したペンやインクを素早く片付けるのだった。






●イスラム教の指導者は「カリフ」と呼ばれる。オスマントルコが崩壊された際は、王も指導者も存在を認められなかった。ただでさえ大昔の十字軍の遠征でこじれていたキリスト教とイスラム教の仲だったのが、この指導者の更迭により益々事態は複雑化し、昨今の混迷(自称指導者の台頭など)に繋がっている。


●アゼル:アゼルバイジャンの『アゼル』は『炎』、バイジャンは『守護者・守り人』と言う意味がある。天然ガスが有り、ずっと消えない炎(拝火教の元聖地)が存在するため拝火教が生まれたのではと言われている。カスピ海を挟んだ隣国トルクメニスタンに「地獄の門(天然ガス坑に火が付いたもの)」が存在するので、天然ガスの埋蔵量は推し量れよう。シルクロードの中継点であったため、料理が中華でトルコでイタリアンらしい。

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