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10.姫は自分がわからない

2年生になると、神官長のご子息エスタ様を紹介された。年は1個下。エスタ様はアーデン様と元から面識があるらしい。孤児院や修道院関連で会ったことがあるようだ。アーデン様が言うには「あまりに品性に欠けていたから、ご子息とは思っていなかった」とのことだ。目の前の如何いかにも『神官』という風貌の彼が、昔は品性がなかったとは驚きである。神殿は中立派でもあるので、アーデン様の人脈作りは着々と進むことになる。


アーデン様は生徒会の副会長に。スミス様は書記に就任した。1年生の後期から役職には就いていたのだが、実権が目に見えて行使される姿は2年生になってからよく見られた。


そしてーーー


「そこの貴方! 何をしているの!!」


風紀委員副委員長の声がよく校舎に響くようになった。


「今日も凄いわね。キトリー・ハンフリー」

「学園で彼女が知らない人間はいないらしいわよ」

「……学園以外でも凄い記憶力よ」

「「こわ~」」


1年生の頃から何度か風紀委員としての姿は目にしていたが、責任が伴ってきたからなのか、周りが彼女に助けを求めるからなのか、些細なことでも彼女は現場に呼ばれている。そしてその内容が面白い。


たばこを吸っているのが見つかったときは、「校舎の外で吸いなさい!」と言って校門の外に引っ張っていったそうだ。喫煙年齢が問題だと思うのだが、彼女曰く「薬物の摂取が終わらないと、彼らは話をきちんと聞けない」からだそうだ。素行そこうの悪い生徒だったため、その後は生徒会が出てきて彼らを対処した。


お付き合いをしている生徒同士が公衆の面前でイチャついていたときは、「外でやりなさい!」と言ってその2人を早退させたらしい。話を聞いたスミス様が飛んでいって、「何か違う!」と苦言をていしたそうだが、彼女は「目に毒だから追い出しただけだ」と譲らなかったらしい。


その他にも、あるいじめの1件では首謀者の家庭事情に言及し、逆に首謀者を泣かせてしまったらしい。いじめを受けていた子も助けるし、首謀者も救うとかで、彼女に悩みの相談をしたい人は後を絶たないとか。


「良くやるわよね~」

「私には無理だわ」

「……私も出来そうにありません」

「……」


私はキトリー・ハンフリーを羨ましく思った。初めて会った時から、やけにしっかりしていて機転が利く。成績も常に上位。人をよく慕い、慕われる。


清廉潔白で、才色兼備。


(あの子は分かっているんだわ―――自分の価値を)


そう思って気づく。


(私の価値って、何―――?)


比べるのは良くない。誰もが成りたい者に成れるわけではない。私はそれを身を以て知っている。今では昔のように背伸びをすることはないし、自分の身の丈もきちんと把握している。自分は自分らしくて良いんだといつものように言い聞かせると、


(自分って何だったかしら…?)


と漠然と思った。暖かい季節になったのに、冷や汗が出る。頻繁に言われなくなったが、またカーレーンの言葉が思い出され、私の心をさいなませるのだった。






*****






穏やかに季節は過ぎ、沢山の花が咲き誇る季節になった。私とアーデン様が王宮の中庭を散策しに行くと、庭師からバラの花束を受け取っているディオル様に出くわした。


「あら、ディオル様。誰かに贈り物ですか?」

「! クシャーナ様。……兄上も」


ディオル様は悪戯いたずらがバレたかのように罰の悪そうな顔をした。


(見つかりたくなかったのなら、違う場所でもらえば良かったのに)


相変わらずの少し間抜けな様子に、私は思わず苦笑した。ディオル様は最近身長が伸びてきて、今は目線が私と同じだ。そのうちあっという間に抜かされるのだろう。私は(末の弟も大きくなったかな?)と郷愁きょうしゅうの思いにかられた。私はディオル様の様子を微笑ましく思っていたのだが、アーデン様はそうではなかった。


「ディオル、今から出かけるのに()()は必要なのか?」

「兄上、これは……彼女に見せたかったから」

「ならこちらに連れてくれば良いだろう」

「それは……」


私は人の色恋にかまけている余裕はないし(主に勉強のため)、学園に通っていないディオル様が普段何をしているのか知らない。今更ながらにディオル様のお相手について考えた。


(そういえばスーレーン達が言っていたかしら。公爵の孫娘と仲が良いって)


と言うことは、ディオル様の心中のお相手というのは、かのキトリー・ハンフリー嬢のことなのだろう。合点がいった私は2人の剣呑けんのんとした雰囲気を払拭ふっしょくするため努めて明るく言った。


「ディオル様がバラを送る相手って、ハンフリー嬢でしたのね。では去年のバラも、そうだったのでしょうか?」

「え、あ、あの……」


ディオル様は視線を彷徨わせてうろたえていたが、短く息を吐くと、観念したかのように私達と対峙した。


「そうです。この花束も、去年のも、彼女のために用意しました」


その様子に今度はアーデン様がため息を付いた。ディオル様が一瞬、傷ついたかのように顔をゆがめたが、直ぐに真顔に戻った。


「私はキトリーの喜ぶ顔が見たいだけです。他意はありません」

「彼女が本当に喜ぶとでも? 逆に困らせるだけだ。彼女の性格を考えれば分かることだろう?」

「そんなの……渡してみなければ分かりません」

「……彼女が受け取るはずがない」

「受け取ってくれます。キトリーは……キトリーが受け取らないのは、兄上のだけです。()のは受け取ってくれます」


ディオル様のかたくなな様子に、アーデン様は口調を冷淡なものに変えた。


「ディオル、お前も王族なんだ。いずれはそれ相応の者と婚約する。彼女とは仲の良い友人に留めなさい」

「兄上…!」

「それにスミスから聞いている。今期のエスコートは全て彼女だと……それがどう言うことか分かるだろう?」

「……それは」

「え? スミス様??」


突然出てきたスミス様の名前に驚くが、風紀委員の取り締まり現場にくるのはいつもスミス様なのだから、おのずと関係は推し量れよう。私が隣で妙に納得している間も、アーデン様とディオル様の会話は続いた。


「すまないが、それは母上の元に運んでおいてくれ」


たじろぐ庭師にアーデン様が指示を出したが、ディオル様がそれをさまたげる。


「いいえ……いいえ!」


ディオル様は幼子のように首を横に振って、アーデン様に否を唱えた。


「勝手なことをしないで下さい! いくら兄上でもこれは横暴です!」

「横暴とは酷いな。私はディオルのために言っているんだ」

「兄上の言っていることは正しいことかも知れない。でも、それだけが全てじゃありません!」

「……え?」


(―――全てじゃない??)


私は思わずアーデン様の腕から手を離した。無意識に、2人の邪魔をしてはいけないと思ったからかも知れない。そうして数歩、後ろに下がった。ディオル様の苦しそうな声は更に続いた。


「兄上は言ってることがめちゃくちゃです。ここに連れてくれば良いだなんて……それこそ可笑しいでしょう? 婚約しているわけでもないのに、彼女が王宮に来てくれるはずがありません。なら持っていくしかないのに、それも駄目だという」


ディオル様ははっきりとアーデンを見据えていった。


「……僕に持って行かせたくないだけの詭弁きべんなんだ」


アーデン様はディオル様の名前を小さく呟いた。それを振り切るかのように、ディオル様は庭師から花束を受け取った。


「私は私のやりたいようにやります。僕は兄上じゃないんだ。同じようには出来ません」


そう言うと足早に、ディオル様は中庭から去って行った。

私は立ち尽くすアーデン様に、ごく当たり前の質問を投げかけた。


「ディオル様とハンフリー嬢は恋仲なのだと思いましたが……違うのですか?」


アーデン様はディオル様が去った方向を見ながら答えてくれた。


「……それは無いです。ディオルと彼女はただの友人です。もし恋仲であったとしてもそれは許されない。王族は王族と結婚するのが常なのに、ディオルだけ例外だなんてあり得ません」


抑揚無く淡々と話すのはアーデン様にとって珍しいことではないのだが、今はどこか弱々しい気がした。


「叔父上達も他国の末の姫をもらい受けて公爵位を賜っています。……貴女の妹君達だって、他国に嫁ぐでしょう?」

「そうですわね。でも姫ですから、自国の公爵か伯爵に嫁ぐこともありますわ」

「そうだとしても、元を辿れば王族の……ですよね」

「……はい」


王族……特に王太子との結婚は厄介な面がある。自国内の貴族と婚姻を結べば、近隣からは『やましいこと』を隠していると思われ「侵略の疑い有り」と攻め入る口実を与えてしまうし、国内でも特定の貴族との癒着を指摘され、内政の妨げになりやすい。他国との情勢が悪ければ、自国内の貴族との婚姻もやむ無しとなるが、それは本当に危機迫る場合のみだろう。だから他国の姫をもらい受けるのだ。王位継承権のない姫君を『同盟』という名で縛って。


「ハンフリー嬢は今のところレイクイア家に嫁ぐはずです。子どもの頃から面識がありますしね。国内の視察やウェストの訪問を一緒に行ったのは、その為だと聞いています」


私の中で、バラバラだったパズルのピースが少しずつはまっていった。


(スミス様が話せなかったことは、彼女との婚約だったのかしら? でもどうしてアーデン様や王太子殿下に関係があるの?)


しかし、なかなかちりばめられたピースは、はまりそうではまらない。


「……傷が深くなる前に離さなければと思って、強く言いすぎてしまいました」


振り向いたアーデン様の顔は、大切なものを無くしたかのような傷ついた顔をしていた。いつもの作り物めいた笑顔でもなく、表情が抜け落ちたような顔でもなかった。


(……アーデン様は傷ついたことがあるの?)


私の心の中に閉まった、気づかないようにしていたことが不穏に動き出す。


「ディオルは革命派から推薦された姫君と婚姻する予定です。だから革命派筆頭のキンバリー公の邸に赴いていますし、その仕事の手ほどきを受けている……」

「でも、それじゃあ、どうしてディオル様はバラを渡すのです? それに……確か前に、『そうなったら良い』と言っていましたわ。……おかしくはありませんか?」

「私はスミスから報告を受けています。婚約の準備は順調だと。だから『そうはならない』」


私は頭の中で何度も「おかしい」と呟く。ディオル様の様子。アーデン様が知っていること。


(―――スミス様は、知っている??)


でもスミス様はアーデン様の腹心のような人物だ。あるじに隠し事などしないはずである。困惑していた私の様子が気になったのか、アーデン様は「どうしたの?」と聞いてきた。私はスミス様のことには触れず、勘違いしていた理由を話した。


「サウスでは例がありますわ。王弟が、高祖父が同じとある令嬢を妻にした例が。だから私は、ディオル様はハンフリー嬢と婚約するのかと思ったのです。でも、アーデン様が違うというのなら……違うのでしょう?」


アーデン様の顔が曇った。そして絞り出すかのように声を発した。


「そんなこと……万が一にも、有り得ないでしょう」


私の目を見たかと思うと直ぐにそらし、アーデン様は俯いた。


「私達は王族なのですよ? それから逃れられる方法が、あるとお思いですか?」


いつもーーー私はアーデン様の笑顔が見たかった。だけどいつだって私は彼を苦しませているような気がする。私が言われるがまま課題をこなし、自分を殺して貞淑を装っているように、アーデン様も何かを犠牲にしているのだ。


(―――何を?)


「……戻りましょうか」


アーデン様のふいに言われた言葉に、私は笑顔で「はい」と受け応えた。いつものように腕を組み、誰が見てもお似合いの『仲の良い婚約者』だ。会話も、仕草も、全てが私達に望まれていることだ。


(これが私に望まれていること、私の価値)


もう少しで足らないパズルの欠片が集まりそうだったのだが、歩きながら会話をしていく内に、ピースの輪郭がぼんやりした。部屋の前まで送っていただいた私は、お見送りするために1度アーデン様を振り返った。


「それではアーデン様」

「あぁ、ではまた」

「はい……あ」


ごきげんようと言う前に、私はアーデン様の服の飾り紐がかたよっているのに気がついた。私はそれを直そうと手を伸ばすと、アーデン様に遮られる。


「あなたの手をわずらわせる程ではありませんよ」


そう言って彼はサッと飾り紐の乱れを直した。


(拒絶された)


心がチクリと痛んだ。


(あの子はよくて、私は駄目なの?)


―――どうして?


去って行く背中を見ながら、私は気づきたくなかったことが何なのか分かってしまった。ぼんやりとしていたピースがはっきりと見えた。彼女の微笑み方や達観した物言いは―――アーデン様に似ているではないか。


―――どうして??


はっきりと見えたパズルの欠片を、私はどうして良いのか分からなかった。しかし、もし必要なことであるならば、はじめからアーデン様は私に教えるものでは無いだろうか。それがないと言うことは、私は知らなくても良いと言うことではないか?


(全部知っていなければ良いというものでも無いわ。知らなくても良いことは知らなくていい)


―――それだけではいけないのかしら……?


臆病者の私は、見たいものだけ見て、見たくないものには蓋をして。そうしてまた日常に戻った。スーレーン、カーレーン、アーリア以外にも知り合いは増えていき、私は学園生活を楽しんだ。


ハンフリー嬢はスミス様やエスタ様との交流はあるようだったが、アーデン様との交流はほとんどなかった。お互い目を合わせることだってない。茶会の席で会話することもない。夜会で踊ることだってない。それが不自然だと思わないくらいにーーー私は愚か者だった。





暑い日々が去り、涼しい季節がやって来た頃からアーデン様の様子が変わった。社交では笑顔を絶やさないが、その他ではますます表情を出さず、何を考えているのか分からなくなった。


そうして1月(ひとつき)後、アーデン様は2年生の後期から学園の生徒会長に就任したのだった。






※今回の話を投稿する前に、あちこち文章の追加や修正をしました。詳しくは8/27の活動報告に記載しておりますm(_ _)m

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