〈幕間〉皆が望むハッピーエンドに協力しましょう
ちょっと戻ります。
「ねぇスミス。僕、君にお願いがあるんだけど……」
スミスは頭が重くなる思いがした。今回のことでクシャーナ姫の勉学の面倒や、ゴーシュの対応など、やることが増えたからだ。
(そうでなくとも、学園でアーデン様がクシャーナ姫の側にいられないときは、なるべく側に控えていないといけないというのに……)
しかしクシャーナ姫の学友がくれば、その件は友人達に任せて良いだろう。それまでの辛抱である。
スミスは努めてにこやかに返事を返した。
「何でしょう? 私に出来ることなら承りますが……」
「うん、あのね……」
スミスが思っていた以上にディオルは恥ずかしそうに話を始めた。
「まだ公式では無いのだけど……僕の婚約者が候補から内定になったんだ」
「あぁ……ハンフリー嬢の事ですか」
「さらっと言ったね!」
「レイクイア家に関わることですからね」
「まぁ……そうなんだけど」
ディオルはハーブティーを口に含み、一呼吸し始めた。スミスはすかさず自分の意見を述べる。
「もしかして学園での彼女のことが気になるのですか? 安心して良いですよ、彼女ほど身持ちの堅い淑女はいませんから」
「それもそうなんだけど……」
「他に何か?」
なかなか話さないディオルに対し、スミスは首を傾げた。スミスは、キトリーの王子妃教育はディオルのためだと知っている。もしディオルが他国の王配になったり、王女との政略結婚があったりした場合は、キトリーはレイクイア家がもらう予定で有るからその件については実は詳しいのだ。
(だからこの前のウェストの視察を一緒に行くことになったのだが……)
スミスもキトリーも国内視察はよく行かされるが、国外視察は初めてであった。そのせいもあってか、キトリーが同世代の女子よりも優秀で気立てが良いことが浮き彫りになった。
(それでゴーシュが何かと近寄ってきて、あちらも「婚約者がいないなら」と乗り気になったんだよな)
それが上層部に報告されたのだろう。候補から内定になったとなれば、キトリーも何かと返事の断りが出来る。
「でも何故内定なのですか? とっとと公式発表してしまえば良いものを……」
ずっと煮え切らない王家の態度にスミスは弱冠苛立っていた。公式にならないからこそ、キトリーもディオルも曖昧な態度しか取れないのだ。それはスミスにも言えることだった。ディオルはスミスの言葉を聞いたのち、苦笑した。
「それは……やはり、僕が予備だからだろうね。兄上に何かあったら、国内の貴族が増長しないように、他国の姫を娶らないといけなくなるから……」
「何ともややこしいですね」
「それはキトリーも分かっていることだから……だから大っぴらに出来ないわけで……」
スミスはなるほどと思うのと同時に、ディオルに好感を抱いた。自分の立ち位置をよく理解して、兄を支えようとしていることが分かったからだ。
「彼女ならゴーシュ殿の対応も上手く交わせるとは思いますが、言い寄られているのを見つけたら、庇いに行きましょう」
「ええと、そっちではなくて……」
「え?」
(そっちではないなら何だ?)
とスミスは思った。そのあとディオルから出た言葉は意外なものだった。
「兄上が……兄上がキトリーに接触しないようにして欲しいんだ」
「アーデン様をですか?」
「うん」
スミスは困惑しながらも、現在の彼らの様子をディオルに話した。
「アーデン様の周りにキトリーの姿はありませんよ? アーデン様は始終クシャーナ様を思いやっていらっしゃっていますし、何かを気にすることは無いような……」
「でも……」
「もう子どもでは無いのですよ? 既にお互い違う道を歩んでいるのですから、気にしすぎなのでは?」
「……」
ディオルはスミスの言葉に納得しつつも、他にも何かを言いたそうにしていた。
「何か他にも気になることが……?」
それまで俯いていたディオルは意を決したのか、顔をしっかり上げてスミスに話した。
「実は……視察の報告などでキトリーが王宮に参内して、その度に僕の元に来て土産話をしてくれているんだけど……彼女が帰るのを見届けて部屋に帰るとき、どこかしらか兄上の姿を見かけるんだ」
アーデンの婚約が決まってからと言うものキトリーは王宮に来なくなったが、国内視察に同行するようになってから、報告会の為に王宮に登城している。回数はもちろん少ない。
「王宮内で姿を見かけるなんて事は普通では? 考えすぎでは無いですか?」
スミスはディオルに至極まっとうな返答をした。それでもディオルは確信があるのか、表情は優れない。
「うん。僕もそう思ったんだけど……この前決定的なことがあって」
「決定的?」
「うん……。あ、でも、内容は言えないのだけれど」
「それでは何とも言えませんね」
「……」
しゅんと小さくなってしまった2個下の王子様を見て、言い過ぎたかとスミスは内心反省する。そして、万が一にもそれは有り得ないと思ったが、直感的にディオルの恋路を応援しようと決めた。
「分かりました。その件は協力しましょう。私も、アーデン様がつつがなく王位に就ける日が楽しみな1人なのですから」
「ありがとう…! スミス!」
いつものように屈託なく笑う弟王子を見て、スミスはフフっと小さく笑いをこぼした。そして、まだ素直で人を疑うことを知らないディオルに対し、つい試すように意地悪を言う。
「ディオル様は、私がハンフリー嬢に迫るのではないかと心配はしないのですか?」
ディオルは数回瞬きをした後、
「……え゛?!」
と、カエルを半分押しつぶしたような声をだした。スミスは口元を隠して笑いを堪えた。
「え? スミス? まさか……?!」
「すみません。冗談です」
スミスの冗談の台詞を聞いた後、ディオルはあからさまに胸に手を当てて安堵する。
「だよね。キトリーからスミスの話なんて出たことないもの。あぁビックリしたーー」
「……」
スミスは、自分の名前はともかくアーデンの名前は話題に出るのかと思うと、何とも言いがたい思いを感じた。
(私よりも、ディオル様の方がしっかりしないといけないのでは無いでしょうか?)
しかし、人の恋路ほど面倒でとっつきにくいものは無く、ましてやあまり口を出すのも野暮というものである。スミスは出かかった言葉を飲み込んだ。
具体的な方法は話さなかったが、なるべくアーデンとキトリーの接点を作らないようにすることを約束し、スミスは部屋から退出する。
スミスは幼い頃からアーデンと勉学を共にした旧知の仲である。お互い生まれながらの責任を負いながら切磋琢磨してきた。いずれアーデンは王になり、自分は宰相となる。その夢のために、今まで経験と知識を積み上げてきた。その道を阻むものは、前もって除けなくてはならない。
―――皆が望む、ハッピーエンドのために。
だが、この時のスミスは想像もしなかった。
ディオルのささやかなお願いを聞くことによって、アーデンがスミスを見限るだなんて。
アーデンにとって、スミスの全ての行いの方が裏切りに近かったなんて。
スミスがそれに気づくのは、何もかもが終わった後なのであったーーー
※『自分より弟を優先した部下』は、こうして切られてしまいました。南無。




