5.姫は上手く出来ない
私のお披露目もかねた夜会が本日開催される。会場は王宮散策の時に見せてもらい、どの曲で踊るのかも確認済みだ。ドレスの準備も万端で、後はアーデン様が迎えに来て下さるのを待つばかり。
コンコン
「来たわ!」
「お待ち下さい姫様、確認して参りますから」
「そ、そうね。お願い」
はやる気持ちが抑えられず、私はそわそわしていた。侍女が相手を確認し、部屋に通した。
「アーデン様…!」
椅子からスックと立ち上がると栗色の髪に礼服を着たーーー
「すみません。兄上はサウス国の使者達と話が長引いておりまして、僕がお迎えに来ました」
弟のディオル様だった。私は笑おうとしたのだが、あからさまに顔を引きつらせてしまった。
「アハハ。やっぱり残念ですよね~。でも、これから機会は何度もありますから」
そう言って私の前まで来ると、ディオル様は手を差し出してきた。
「会場までは私がエスコートさせて頂きます。姫、どうぞお手を」
無邪気さとは相まって真摯な対応に、私は驚いてしまった。
(こういう所は兄弟でとても似ているのね)
私はニコリと微笑んで、ディオル様のエスコートを受けたのだった。
***
王族専用の入り口に着くと、アーデン様が向かいからやって来る姿が見えた。急ぎ足なのが珍しい。
「姫、お迎えに行けず申し訳ありません。ディオルもありがとう」
「いいえ、お気になさらず」
「勉強させて頂きましたから、大丈夫ですよ」
アーデン様はクスッと笑って「言うようになったな」と言いながら、ディオル様から私を引き受けた。私がアーデン様の隣に立つと、アーデン様は少し驚いた。
「姫、もしかしてヒールの高い靴をお履きで?」
「あ、そうです……」
いつもは2、3㎝ほどの高さの靴を履いているのだが、アーデン様の背が高いので今回は持っている中で一番高い9㎝を履いている。
(いけなかったかしら……)
でもどうしてもアーデン様と『お似合い』に見えるようにしたかったのだ。その女心を分かって欲しい。居たたまれない空気が流れたが、「兄上って何でも気づきますね~」とどこか呑気なディオル様の声が場の緊張をほぐした。
「私も遅かったから……もう時間が…」
アーデン様が考える間もなく、私達に入場の声が掛かった。
『王太子殿下ご子息アーデン・ジェンマ=センスティア様! サウス国姫君クシャーナ・アース=サウザント様! ご入場です!』
重厚な扉が開け放たれた。きらきら輝くシャンデリアと人の熱波で、会場はひしめいていた。
(すごい……!)
私達が入場すると、貴族達からワッと大きな拍手と歓声が上がった。私は会場の雰囲気に圧倒された。人が居るのと居ないとでは全く違った。沢山の視線にさらされながら、私とアーデン様は歩を進める。歩くのは大丈夫だった。危なかったのは用意された席までにある階段だった。履き慣れない靴だったので、登りがぎこちなくなってしまった。その間アーデン様は私の腕をしっかり持ってくれ、歩調も合わせてくれた。
ディオル様も入場すると、玉座の後ろから陛下と王妃様、王太子殿下と妃殿下が現れた。陛下が私達の婚約と紹介、同盟によって進んでいるプロジェクトの進歩状況を話された。今回の夜会に参加しているサウスの使者達についての話が終わると、静かにダンスの序曲が流れはじめた。
上級貴族の若い子息令嬢達が会場で輪になった。全員でワルツを一斉披露するのだ。私はアーデン様と一緒に、長いワルツを踊りきった。ほとんど一周して、元の位置に戻って来ていた。
私はその頃には息が上がっていた。足もほとんど背伸び状態で踊っていたため、つま先が痛い。ダンス用のカーテシーをするのも大変だった。
飲み物をのみに1度席に戻れたのは嬉しかった。私が果実水を飲んでいると、アーデン様が王太子殿下に話をしていた。話が終わると、アーデン様は私の前に来て真剣な顔をして話しだした。
「姫、この後我が国の上級貴族やサウスの使者達が挨拶に来ます。その後はダンスの誘いに乗ってすぐホールに降りる事になるでしょう」
「はい」
「ですが、姫の足は限界でしょう? 裏で1度どうなっているか見ましょう。今、使用許可を貰いました」
「え…あの……」
有無を言わさず私は裏の部屋に連れて行かれた。部屋の中の椅子に座らされ、待機していた女官に足下を出された。
「……靴擦れを起こしてますね。ふくらはぎも棒のようになってます。取りあえず止血をして包帯を巻きましょう」
「靴の予備は?」
「ここには王妃様と妃殿下のしかありません」
アーデン様は多少苛ついているようだった。私は申し訳なさでいっぱいになった。
「取りに行って戻ってくるまで急いでも30分か? 事情を話して靴を探すのに5分は掛かるとして……」
「それでも取りに行かせましょう」
「……ここに姫の滞在場所を知っている騎士がいるか?」
「……」
「表からカーダシアンを呼んでくる」
アーデン様が会場に戻ろうとしたところで「兄上」とディオル様が入ってきた。
「兄上、父上が両人とも部屋に消えていては困るから、兄上は父上と一緒に、挨拶に来ている貴族の対応をしろとのことです」
「ディオル、靴を取りに行かせないと…」
「先ほど僕の護衛を行かせました」
「……すまない」
ディオル様はアーデン様の様子を見てニコッと微笑んだ。
「ここは僕に任せて下さい。さぁ、お早く」
「あぁ、出られるようになったら声をかけてくれ」
「分かりました」
素早い会話の間に、足の治療は半分終わっていた。私は自分のしでかしたことに呆然としてしまった。泣くまいと思っても、涙が目に溜まってきた。ディオル様が私の前に来て片膝をつき、私に目線を合わせる。
「すみません。私が連れてくる間に気づけば良かったのに……せめて予備を侍女殿に用意して貰えば…」
「いえ、いいえ…!」
優しい言葉に涙腺が決壊しそうになる。私は首をおもいっきり横に振って、それを耐えた。
「私の落ち度ですわ。見栄を張ってしまって……いつも空回ってばかりだと言うのに……」
「姫……」
部屋の中に沈黙が降りた。その間に足の治療は終わり、次に女官は私のふくらはぎを揉みはじめた。すると会場への続きのカーテンが揺れて、1人の令嬢が入ってきた。
「ディオル様。お呼びだと聞きました」
「ごめんねキトリー。君しか頼れなくて…」
「いいえ…それより、姫の靴を見せて貰えますか?」
キトリーと呼ばれた令嬢は、自分の腕と私の靴を照らし合わせると頷いた。椅子に座ると、彼女は編み上げでヒールの低い自分の靴を急いで脱ぎはじめた。
片方脱ぐと直ぐに女官がそれを受け取り、私の足に合わせた。私は訳が分からずうろたえた。
「え? あの、どうして?」
令嬢は靴を脱ぎながら、私の問いに答える。
「穴を開けられないからですわ。靴を待っている間に上級貴族との挨拶は終わってしまう。彼らの中には早々に帰るものもいます。『後から』では遅いのです」
そうこうしているうちに、2足目が私の足にあてがわれた。ビックリするほど私の足にピッタリだった。包帯を巻いている分もあるとは思ったけれど、リボンでしっかり固定されたので、足には負担がかからなかった。
「…兄上に声をかけてきます」
「待って」
令嬢がディオル様を呼び止めた。
「このまま姫を連れて行って」
ディオル様は令嬢を寂しげに見た。胸に手を当てて、俯く。
「ねぇ、どうしてそこまで…」
「王命だからよ。私は臣下なのだから、当然でしょう?」
ディオル様は驚愕に目を見開き、「王…命……?」と小さく呟いた。そして令嬢は優雅に微笑んだ。
「もうお行きなさい。私はこのまま帰りますから、心配しないで」
「ねぇキトリー、待っていてくれる?」
「時間がないわ。早く」
「……姫、行きましょう」
あっという間のことだった。私はディオル様に連れられ、アーデン様の側に戻った。端から見れば、少し長い飲み物休憩をしていたとしか思われないだろう。それ程迅速に事は成された。ディオル様は裏の部屋に戻ろうとしたが、王太子殿下がそれを阻めた。そのまま私達と一緒に、話をしに来た貴族との会話に混ぜられた。
重要な挨拶周りが終わった頃に、私の予備の靴は届けられた。だけど私はその後も、自国の使者と会話をし、何人かとダンスを踊ったので、替えの靴を履きにゆく時間などなかった。
※自分の肘から手首までの長さは、足の大きさと同じ。だからキトリーは照らし合わせて自分の靴を脱いだ(自分の靴の大きさがどこからどこまでか知っていた)。違いすぎたら他の令嬢をあたる予定だった。
※夜会で編み上げの靴を履くのは、夜のお誘いはお断り! の意味があったはず……脱がせにくいからとか何とか。