〈幕間〉素晴らしい友人と薔薇と僕
ディオルが持って来たバラを手で弄びながら、アーデンは幼い頃のことを思い出した。
まだ、花に意味を持たせて贈ることさえ知らないほど幼かった頃、アーデンは庭師の息子から1輪のバラを貰った。
「いつも一緒にいる女の子にあげると良いですよ」
「なぜ?」
「女の子はお花が大好きなんです。きっと喜びますよ」
「ふ~ん」
アーデンは彼女の喜ぶ顔が見たくて、庭師(の息子)に言われた通りにやってみた。
「……なんですの?」
「庭師に貰ったんだ。君にあげる」
しかし彼女は喜ばなかった。ジトッとアーデンとバラを交互に睨みつけた。アーデンは心の中で叫んだ。
(どう言うことだ……! 喜ばないじゃないか!!)
アーデンは心の中で庭師の息子を罵った。喜ぶどころか睨まれるとはこれ如何に。彼女は腕を組み、ふんぞり返ってアーデンを見た。
「殿下、これ、なんの花か知ってます?」
「バラだろう?」
「種類は?」
「……」
アーデンは固まった。頭の中で瞬時に情報を整理した。
(バラって種類が沢山あるんじゃなかったっけ? ガーデンの一区画全部バラだもんな。で、これは何バラなんだ? 白バラ黒バラ赤バラバラバラ……駄目だ! 何も出てこない!!)
めまぐるしく渦巻くアーデンの心の内など知る訳もなく、彼女は冷たくアーデンをあしらった。
「そんなことも知らずに人にあげようとするなんて…! 出直してらっしゃい!!」
「うぅぅ…」
アーデンは今日も今日とて言い負かされた。女の子は花を貰うと嬉しいだなんて嘘だったのだ。
(庭師の馬鹿野郎!!)
とアーデンはまたもや心の中で庭師を罵った。この様子では、彼女はバラを受け取ってもらえそうにないと思った。だがーーー
「……この機会に勉強しましょうか」
彼女から思わぬ助け船が出された。アーデンは直ぐさま「じゃあ今すぐ行こう!」と言って彼女の手を掴んで図書室に走り出した。
「わぁ……」
「予想以上に種類がありましたわね」
バラには4つの種類があり、ガリカ(赤バラ)・アルバ(白バラ)・ダマスク(匂いが強い)・ケンティフォリア(花びらが多い)に分かれているらしい。そこから自然交配や掛け合わせによって、
「「およそ300種類……!」」
アーデンと彼女は2人同時に驚いた。お互い顔を見合わせては、もう一度本の記述を復習った。
「あ、でも、この数字はバラ科も併せているみたい。僕たちがバラと呼んでいるのは80種くらい……だけど、日々新しいのが作られていると……は、は、は。凄いね」
乾いた笑いしかアーデンからは出てこなかった。すると彼女は俯いて、
「殿下、ごめんなさい。知りもしないのに種類は? とか聞いてしまって……」
しゅんとしてしまった。喜んで貰うどころか悲しませてしまった。
(……あの庭師の馬鹿野郎!!)
アーデンは再度、庭師の息子を罵倒した。しかしアーデンは頭の回転が速い子だった。
「そうだ! ガーデンにあるバラだけでも、何のバラか調べない?」
「え? でも沢山ありすぎて、きっと分かりませんわ」
「大丈夫!!」
彼女はアーデンを見ながらキョトンとした。その姿がかわいくて思わずアーデンはニヤけた。そして言った。
「―――庭師に聞こう」
***
(その後庭師に案内させて、原生種、新種全部言わせてーーー)
アーデンは、ディオルが持ってきた3本のバラをクルリと回した。
『これ! このバラが私一等好きよ!』
『これ? え~と』
『フォリア!』
『ケイティフォリアの典型的なやつだね。うすピンクで…』
『かわいいわ! ね? 貴方もそう思うでしょう?』
『……ぅえ?』
キラキラとまぶしい笑顔でアーデンに訴える彼女の姿はーーー
(とっても可愛かった……)
そしてアーデンは心の中で庭師に謝った。やはり、女の子は花が好きらしい。嘘ではなかった。
それから彼女はそのバラだけは1輪受け取ってくれるようになった。真っ赤なバラや白いバラは絶対受け取ってくれなかった。どうしてなのか庭師の息子に愚痴ってみると、
『花には〈花言葉〉があるんですよ』
『花言葉?』
『ええ。特にバラは「貴方が好きです」って告白するときに使う花でーーー』
『こ、告白??!』
『はい。本数にも意味があるんですよ? ま、昔から人ってのは、言葉でいいづらい気持ちを花で伝えてたって事ですね~』
『……それ、詳しく教えて貰っても?』
1本のバラは「一目惚れ」
2本のバラは「世界に2人だけ」
3本のバラは……
(貴女を愛していますーーー)
アーデンは2人の思い出の花をディオルが持っているのが許せなかった。だから「渡せ」と強要したのだ。それも奪われるのがどうしても嫌だった。
アーデンは目を閉じ、右手で持ったフォリアの匂いを嗅いだ。
強くなく、だからといって弱くもない甘い香り。
この香りを嗅ぐ度に、アーデンはあの頃の事を思い出す。
彼女はバラの花を受け取ることの意味を知っていたのだ。だから敢えて「種類は?」などと難しいことを言って、受け取らないようにしたのだ。
それは何故か?
アーデンが王子だからだ。
(……だから、こうしないといけない)
アーデンは1人残ったガゼボの中で、3本のバラをグシャッと握りつぶした。
掌を開けば、沢山の花びらがテーブルの上にハラハラと落ちる。
ゆるやかな風に花弁は運ばれ、花園の中に消えていった。
手の中には、トゲの抜かれた茎のみが残るのであった。
※バラは「オールドローズ(昔からあるもの)」をなんちゃって紹介しております。80とか300の数字は適当です。調べても出てこなかったので、これくらいかしら? という想像です。現在バラは2万5千種類以上あるそうです。
※ス、スペインではバラは4月に咲くので……ギリ大丈夫だと思って下さい(>_<)
※「花言葉」は、トルコ辺りのムスリム女性が……と言うより、イスラム教徒で女性は男性に強くものを言えなかったから、頭に巻くストールに花飾りを付けて自分の気持ちを主張していた(現在もその風習はある)。それが始まりではないかと言われている。デートに誘われて嬉しいときはデイジーとか、機嫌が悪いときは沈黙を表す花とか。トルコからチューリップがヨーロッパに大量購入されたとき、売る口上に「花言葉」を教えたor伝わった。とかなんとか。
イスラム的な要素がないのに花言葉大丈夫かな? とか思いましたが使用しました。でも、クシャーナがペルシャ系の名前で、インドでは王朝の名前ですし……許容の範囲内と言うことでm(_ _)m




