2.姫は憂鬱
晩餐の席は、国王陛下、王妃陛下、お父様にお母様、お互いの大使夫婦にアーデン様、2人の妹に、弟、そして私で毎日共にしている。
その日有ったことを陛下がアーデン様に尋ねるのだが、私は毎回、アーデン様がどう私のことを話すのかビクビクしていた。
「今日は城下に行ったと聞きましたが、どうでしたか?」
私とアーデン様は今日、城下の喫茶店で紅茶を堪能しに行った。アーデン様は産地の他に質によって「優・良・並・下」と四段階もあることに興味を持たれ……
(今日は店主と意気揚々と話をしていたわね)
自分の不甲斐なさが嫌になる。言われたとおりの勉強はしていたつもりだったが、それ以上のことは特に何もしてこなかった。
(だって、皆そんなこと気にしてなんかいないわ)
皆と言っても、私は同じ年のご令嬢達数人としかあまり面識はないのだが。むしろ彼女達の方がもっと色々知らないと思う。
「さすが紅茶の産地とも言いましょうか、軒先で紅茶を楽しめる場所が沢山あって驚きました」
「セントラルでは喫茶店は少ないのかな?」
「茶葉を売っているところは多いです。しかし、それを菓子と共に食べるサービスは少ないですね。それもやはり、砂糖を栽培できるサウス国ならではなのでしょうか」
「菓子と共に……そうか、紅茶は苦いと思っている者も少なくない。甘いものとともに飲む習慣があるのかもしれん」
「あぁ。なるほど、言われてみれば確かに。甘いものが欲しくなる味です」
「いやはや、セントラルは聡明な王子がいて、うらやましい限りですな」
「「「ハハハハハ」」」
大人達が皆笑っているが、私はちっとも楽しくなかった。
「アーデン殿、どうですかな? クシャーナとは仲良く出来ましょうか?」
「フフフ……まだ3日ですから、何とも言えません。ですが」
アーデン様が私をチラッと見た。
「大変面白い方と言うことは分かりました」
「ハハハ、色々見られているようだな、クシャーナ」
「……」
私は気分が悪くなった。目の前の料理をますますぞんざいに扱った。
「こちらの魚の焼き物はとてもおいしいですね。私、魚料理が好きなのです」
「ご期待に添えたようで嬉しいですな」
(え?! あ!!)
私は青ざめた。
「シェフにおいしかったとお伝え下さいますか? また食べたいとも」
「ええ。もちろんですとも」
先ほどアーデン様が見ていたのは私では無かった。私の皿を見て「面白いことをしている」と含みを持たせて言ったのだ。
(うそ、うそ……)
この3日間も『そう言う意味で色々見られていた』と思うと、私は一気に怖くなった。
(呆れられているかもしれないわ。だって、ほとんど周りの者がしゃべって、私はほとんど話をしていない。少しでも知っていれば会話に参加できるのに、そうしなかった)
まだ3日。されど3日。
本当にアーデン様が魚料理が好きで『また食べたい』なら良いのだが、『次はちゃんとしろ』と言う意味も込められているのかもしれない。
(……私、試されているんだわ!!)
この晩餐会の後から、私は予定されていた交流の場では恥を忍んで、無知でも何とか会話に入ろうとした。しかしやはり、置いてきぼりを何度もくらってしまった。
「……これって私が悪いの…?」
部屋の中でぽつりとつぶやくと、侍女が困ったように言った。
「そんなことはありませんわ。姫様は十分お勉強をしてまいりました」
「でも全然駄目じゃない! 通用していないじゃない!」
私は身のうちに溜まった不安を大きな声で吐き出した。
「分からないんだもの、仕様がないじゃない! だったら私が分かるように話してくれても良いでしょう?!」
「姫様、落ち着いて下さいませ」
「ねぇ、私、どうしたら良いの……」
侍女は私にハンカチを渡してくれた。いつの間にか涙が出ていたようだ。そして、背中にそっと手を置く。
「姫様、あなた様はまだ10歳なのですよ。これから学習すれば良いのです」
「これから…?」
「はい、そうです。これからです」
「これから……」
私は涙を拭き、気持ちを切り替えることにした。
「明日の予定は…」
「修道院と、併設された孤児院の視察です」
「修道院、孤児院」
(今度こそ、頑張ろう)
―――私はこの時、一体どうしてこんなにもムキになっていたのだろう。私がするべき事は、アーデン様に似合った女性になることではなく、そのままの自分を知ってもらうべきだったのに。
いつも以上に疲れた体は、あっという間に夢の中に引きずり込まれていったのだった。
*****
アーデン様を待たせてはいけないと思い、私は早めに支度をして馬車止めに行った。しかし、そこにはもうアーデン様の姿があった。大使どの達がまだ来ていなかったので、アーデン様は自主的に早くいらっしゃったようだ。
「ご機嫌よう殿下、本日はよろしくお願いいたしますね」
アーデン様は、いつもと違って動きやすそうなシャツにジャケット、スラックス姿だった。シンプルでも気品漂う姿に私は見とれた。しかし、
「ご機嫌よう姫。こちらこそよろしくお願いいたします」
アーデン様はニコリともせず、私の瞳をジッと見るだけだった。どうしたのだろうと私が思っていると、
「やはり、姫は修道院が初めてなのですね」
「……え?」
(どうして分かったのだろう)
私は言いようのない不安に襲われた。
「いえ、気にしないで下さい。ですが、我が国では令嬢達は寄付や支援に関わったり、訪問に行ったりしますから……この機会に是非、姫も学んでおいて下さいね」
「は、はい……」
学ばなければいけないことがどんどん増えていく。それでも私はアーデン様の婚約者なのだから、出来ないとは言えない。やらなければいけない。
頑張らなくてはと思った矢先に、出鼻をくじかれる。
「ではその、花が付いた帽子はリボンだけのものに変えてきて下さい。手袋もレースが付いていないものに。アクセサリー類も全部取って。髪型も三つ編みにまとめて下さい」
「え?」
冷たくて鋭い視線に、私は凍り付きそうだった。
「今すぐに。急いで!」
アーデン様の言葉を皮切りに、侍女達が急いで私の装いをもっとシンプルなものに変えていく。私はただ呆然とされるがままになっていた。
馬車の中ではひたすら意味が分からず、せっかく話せる機会だというのに沈黙してしまった。修道院では特に支障のないまま視察ができた。私がアーデン様の真意が分かったのは、孤児院に向かってからだった。
「フリフリかわいい~!」
「お姫様だ~」
3~4歳くらいの子達が私のドレスの裾のフリルをつかんだ。それによってスカートがめくれ、足が見えてしまった。
「きゃっ」
私が驚いて1歩後ろに下がると、シスターが慌てて出てきた。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!! 貴方たちも謝って! ほら!!」
シスターのただならぬ謝り方に子ども達はビックリしてしまい、涙目になりながら
「ごめんなさい」
「シスターを怒らないで、ご、ごめ…うわぁぁぁぁああん!!!」
「う、わぁぁわぁ!!」
大きな声で泣き出してしまった。私は子ども達に対し、どうすれば良いのか分からず固まってしまった。妹達のケンカの仲裁は「どっちも悪い!」と叱ることができるけれど、この場合は……
(どうすれば良いの?!)
そう思っていると、いつの間にかやって来たアーデン様が、しゃがむシスターの前に膝を折った。
「シスター、どうぞ顔を上げて下さい。あなた方は何も悪いことはしておりません」
「で、ですが……」
「大丈夫です。そうですよね? 姫?」
突然振られて驚くが、アーデン様の調子に合わせて私は、
「はい。私は大丈夫ですわ」
と微笑んで返した。アーデン様は笑みを深くしてシスターに向かい合う。
「姫もこう言っていることですし、お気になさらないで下さい」
「あ、あの……ありがとうございます…」
アーデン様の様子を見て、子ども達が少しづつ泣き止んだ。
「シスター怒らない?」
「うん。怒らないよ?」
「お姫様のドレス。ピンクでかわいくって」
「触りたくなっちゃったの」
「フフフ……君たちは可愛いものが好きなんだね」
「うん。みんな好きだよ?」
「そうだね。女の子は皆、かわいくなりたいもんね」
「うん!」
(あ……)
私は自分の不甲斐なさを恥じた。かわいく装いたいのは「誰かに見せたいため」だ。でも今日はどうだろう。誰かに見せる必要があっただろうか、もし最初の服装のままここに来ていたらどうなっていただろうか。私はアーデン様の先見の明に対し、恐れおののくしかなかった。
その後殿下は、大使殿とシスターと話をして、古くなったドレスやレースを届ける約束をしていた。それを元に、修道院で髪飾りやお人形の服を作ることで、話はまとまったのだった。