1.姫は箱入り娘
クシャーナ姫の過去回想
私が初めてアーデン様とお会いしたのは、10歳になってすぐの頃。
―――思えば、あの頃が1番、私が私らしくあれた日々だった。
*****
我が国に、大使と共に婚約者が来訪すると聞いたときは憂鬱で堪らなかった。まさか10歳で婚約が決まるとは思わなかったのだ。私のお母様は18、叔母様は19で婚約をしたというのだから、この婚約がどれだけ早すぎるのか分かるだろう。
(王女として政略結婚は当たり前なのだから、しっかりしなくちゃ!)
と何度も自分に言い聞かせ、何とか気持ちを整えたものだった。
そうして、来訪当日。
(醜かったらどうしましょう)
ドレスを着せて貰っている最中に、私は婚約者について考える。肖像画は流用されては困るので、お互い送っていないのだ。どんなものが好きなのかも分からないので、今日のドレスは淡いピンクで派手すぎず、おとなしすぎないものにした。少しドレスの裾にフリルが多いかもしれないけれど、これくらい良いだろうと私は思った。
(あぁ神様。どうか素敵な人でありますように……)
その願いが聞き届けられたのかどうかは分からないが、私の予想を遙かに超えてアーデン様はお美しい人だった。
***
お迎えするための列に参加し、馬車から降りてくる王子様を見て私は唖然とした。栗色のつややかな髪、琥珀色の瞳、鋭利で知的な眼差し。
(大変だわ。予想を遙かに上回っているわ!)
私の心臓はもう早鐘を打ち始めていた。大使達同士の挨拶が終わると、我が国の大使に連れられてアーデン様が私の前にやってきた。
「初めまして。セントラル国ジェンマ公が一子、アーデンと申します」
「……は、初めまして」
私は、美しい人のあまりにも完璧な口頭と礼を前にして、一気に緊張してしまった。想像していたとおりの澄んだ声にもときめいてしまう。
「サ、サウス国のアース公爵家、長女のクシャーナです」
「以後お見知りおきを」
アーデン様は私のしどろもどろな口調を揶揄することなく、紳士然とした姿勢のまま私に手を差し出した。
(え? 何?)
隣に控えていた侍女が小声で「(手を出して下さい)」と言わなければ、私は大失態していたことだろう。
(あ! あいさつ!!)
急いで手を出すと、アーデン様は優雅に私の手を取り、甲にキスをする振りをした。本当にキスされるかと思ってドキドキしていたのだが、初対面にそれはないなと考えを改めた。
(この方が、私の婚約者……)
私はたった一度の邂逅で、あっという間に恋に落ちてしまったのだ。
その日は旅の疲れもあるだろうからと、軽い謁見と晩餐だけ共にすることになった。
私は始終、アーデン様の姿を目で追ってしまった。とにかく所作が綺麗で、うっとりしてしまうのだ。晩餐の席では妹達に「わたくしがお嫁さんになりたいわ!!」と言われてしまうほどだった。私が「騒がしくて申し訳ありません」と言うと、アーデン様は、
「楽しい滞在になりそうですね」
と微笑んだ。控えめに笑う姿も私の好みにとても当てはまり、私は何度も頬を赤く染めてしまうはめになった。
その後、セントラルの方達は皆、用意されていた別館に入っていった。
この2週間の滞在期間中、私とアーデン様は毎日決まった時間に会い、共に過ごすらしい。私はそれが楽しみで仕方なかった。どこを案内するなどはもう決まっているようなので、
(明日の午前中にしっかり確認しよう)
と興奮する気持ちを抑えながら、私は眠りについたのだった。
***
本日は王宮内に作られている植物園を案内していた。
「姫、こちらの植物達は大変珍しいものばかりですね」
「えぇ、そうですわね」
サウス国は他の国より暖かいので、植物園では更に南の砂漠の植物たちも育てている。私は似たようなポコポコした植物にあまり興味がなく、ここに来たのは久しぶりだった。
「よくここには、いらっしゃるのですか?」
「えぇ、そうです」
「へぇ……」
私は同性の方とあまり話したことがなかったので緊張していた。特にアーデン様は美しいので尚更だ。私は話半分でひたすら相づちを打った。
「なんという名前かご存知ですか?」
「…え?」
「よくいらっしゃっているんですよね?」
私は冷や汗をかいた。見栄を張って「よく来ています」と肯定してしまった為、それなら名称を教えてとのことなのだろう。トゲが付いている謎の植物を前に私が困っていると、
「そちらはサボテンの仲間のアロエです」
王宮学士の先生が答えて下さった。
「やはりそうでしたか。文献で見ていただけでしたので、実物を見られて嬉しいです」
「植物に興味がお有りで?」
「我が国とサウス国の婚姻は、砂漠地帯に広がる珍しい植物の薬効研究と共同開発ですからね」
「……素晴らしいですね」
「既に軟膏が作られていると聞いたのですが、見せて頂くことは可能ですか?」
「え、えぇ! もちろんです。すぐに用意いたします」
「ありがとうございます」
「……」
私は彼らの会話に全くついて行けなかった。
(え? 本当に同い年??)
「姫、こちらは?」
「え? え、あの」
「月下美人ですね。そちらもサボテンの仲間なんですよ」
「え? 蔓植物ではなく、サボテンなのですか?」
「エピフィリム……クジャクサボテンと同一種なんです。月下美人はトゲがないのですが」
「あ、葉っぱの形は同じなのに、こちらはトゲがあるんですね」
「砂漠の民は実を食べることもあるそうですよ」
「ええ? あ、でもそうか。食べたりしているから彼らは薬効が分かるのですね」
「その通りです」
「……」
(あれ? 私は?)
その後はほとんどアーデン様と先生の2人で盛り上がってしまい、予定された時間はあっという間に無くなってしまったのだった。
*****
本日の交流会は、庭でお茶会だ。
(今日こそ沢山お話しするわ!)
そう思いながら私は早めに席に着いた。日よけの為に、本日の茶の席は木陰に作られている。アーデン様が来ると私は席を立ち上がった。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、先ほど来たところですわ」
「そうでしたか、良かった」
挨拶を終えたあと、私達は席に着いた。給仕役がお茶とお菓子を用意してくれる。
「これは……?」
「紅茶ですわ」
「これがあの……」
アーデン様は少し驚いていた。
「暖かい所でしか栽培が出来ないんですよね。我が国の南部で作ってはいるのですが、発育はあまり良くないようでして」
「そうなのですか?」
「ええ。ですから、もっぱらハーブティーが主流ですね」
「へぇ」
これは会話のチャンスと思ったのだが、上手くはいかなかった。
「紅茶も種類や産地があると聞いているのですが、これはどちらのなのですか?」
「……え?」
(種類? ジーリン、サムア、ランカ…)
名前は知っているけれど、今目の前にあるのが何なのかは分からなかった。だっていつも「今日はサムアでございます」って侍女が教えてくれるだけだもの。それに、砂糖も入れているから味もほぼ同じだ。
「え、えっと。その……」
私が言いよどんでいると、給仕のメイドが「こちらはジーリン産です」と答えてくれた。
「……少し、苦いですかね?」
「3種類のうち、1番苦みがあるかもしれません」
「ジーリン産を今回出したのは何故ですか?」
「市場に1番出回っているからです。それと、サムアは今年雨が少なくて…質がよくないようなのです」
「そうなんですか。でも1度、飲んでみたいですね」
「この期間中にご用意させて頂きます」
「ええ、よろしくお願いします」
「……」
苦いとか苦くないとか、そんな細かいことなんて気にしたこともない。
「この茶器……もしかしてウェスト国のですか?」
「え?」
「はい。そうでございます」
「しかもこれ、ロイヤルシリーズですよね」
「え、ええ! よくご存知で」
「金縁と小花が特徴で、とてもかわいらしいですよね」
「どこでお知りに?」
「知り合いがウェストウッジが好きでして…」
「まぁ、素晴らしいご友人ですね」
「…えぇ、本当に」
「……」
(また置いてきぼりだわ……)
その後も、私はただただアーデン様の博識に驚くばかりなのであった。
~アーデンと素晴らしい友人~
〈花園にて〉
「……なんですの?」
「庭師に貰ったんだ。君にあげる」
「殿下、これ、なんの花か知ってます?」
「バラだろう?」
「種類は?」
「……」
「そんなことも知らずに人にあげようとするなんて…! 出直してらっしゃい!!」
「うぅぅ…」
「……この機会に勉強しましょうか」
「! じゃあ今すぐ行こう!」
〈お茶のみにて〉
「何のハーブかも分からないで飲んでるの? …………(無言の圧)」
「うぅぅ…」
「僕わかるよ! ミント!(知っているハーブを言っただけ)」
「……これはレモングラスですわ」
「ええ~?」
「……」
「オールドシリーズでレモングラス。素敵」
「オールド?」
「……」
「これから毎日特訓ですわね」
「僕も僕も~」
「……」
(―――絶対いつか見返してやる…!!)
※サウス国は温暖なので、国民みんなもおだやか。王族もみんなおだやか設定です。砂漠に怖い騎馬民族はいないです(怖い動物はいる)。接している国はセントラルとウエストのみ。中央と言っていますが、西側は海です。サウスの西側も海です。サウス国の山間部で茶葉は作っているのでしょう。
●ジーリン:ダージリン。ダージリンって苦くないですか? ウーロン茶と同じくらいに。
●サムア:アッサム。アッサムは甘い(個人的に)
●ランカ:スリランカ=セイロン。種類が有り過ぎてちょっと分からない。
●アールグレイは、グレイ伯爵がこの世界にいないのでありません。作るなら、香りの付いた紅茶? ですかね。
●ウェストウッジ:ウェッジウッド(イギリスの有名茶器メーカー)




