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リアルマインド  作者: ガーデン
第1部
3/3

めもりー

 ぼくにはヒントが必要です。

 カラオケでの一件は、急用をおもいだすことでその場から立ち去ることができました。

 ぼくは少しずつ今までの変な感じがなんなのかを掴みかけています。

 ぼくは記憶喪失になってしまったのではとおもいました。記憶喪失も病気のはずですから、病院にいけばなにかしらの治療をうけることができるのではないかとかんがえました。


 記憶喪失といってもぼくの場合家や名前がわからないくらいのもので、実はそこまで重たい記憶喪失ではないかもしれません。

 もしかすると、なにかの拍子にすべてを思い出して、ぼくがいままで暮らしていたはずの日常に戻れるかもしれません。

 そう考えると、ぼくはいてもたってもいられず、早く病院にいきたくなりました。

 

 これまではあてもなくぶらぶらとしていましたが、今ははっきりとした目的地があります。それは適当に歩いていればよかったのとは違い、探し歩かなければならないということを意味するのです。

 といってもまわりはビルだらけで、駅のほうではやはり人の行き来が激しいままです。突っ立っているぼくを人々はするりとかわして歩いて行きました。街頭テレビの時刻表示は午後3時14分でした。

 急がなくては診療時間に間に合わないと思うと、あせりはつのるばかりです。

 ふと思いつきでマイページのアイコンにさわってみました。

 アイコンがくるりと可愛くまわり、そこからいくつかのアイコンが出てきます。お目当てのものを見つけることができました、地図アプリです。

 これは実に便利なものです。困ったときにはどんなことでも助けてくれる気がします。

 地図アプリのアイコンにふれると目的地をえらぶボックスがありました。病院とだけ検索をしたところ半径10km圏内の病院が表示され、ぼくはそのうち一番近くに赤い逆三角形のポインタがついていた松下総合病院をえらびました。

 アプリのナビゲーションによると、駅からバスが出ているようです。バス停は今立っている西口側から東口のロータリーに出て、駅ビル沿いを北に20mほど歩いたところにあるようなので、ぼくは急いで人のなかへもぐっていきました。

 人ごみのなかを進んでいくのはあまり得意ではありません。何度も人と肩がぶつかってしまい、舌打ちされてしまうことも珍しくないのでした。もうしわけないな、と思いますがぼくの胸のうちの焦りはそれをかきけしてぼくの足を前へと運んでいきます。

 駅の構内までつきましたが、こちらはもっと人がひしめきあっていました。むん、とした熱気はいやらしくからみつくようです。額に汗を流しながらもぼくは東口へと進んでいきます。

 ようやく東口が見えてきますと、人の出入りがすくない出口のようでした。これはじれったい暑さにくじけそうだったぼくにとってはたいへん嬉しいことです。最後のひと頑張りとおもって、いっそう体に力が入ります。


 東口は風の抜ける涼しいところでした。これをビル沿いに少しあるけば目的のバス停が見えるはずです。まわりをきょろきょろと見回してみます。駅の人ごみとは逆に車どおりも人どおりもあまり混んでいません。赤信号にとまっている自動車も3,4台が列を作っているくらいのものでした。バスはまだ見当たりません。どうやら時間には余裕があったようです。左を向いてすこし視線を遠くにあてるとバス停らしき屋根が見つかりました。

 時刻表をみてみると5分後に次のバスが来るようでした。もうすぐ病院へいけるとおもうと胸の鼓動がすこしだけ早くなった気がしました。

 だんだんじれったくなってきます。5分の間僕にはやることがなかったので、靴ひもを結び直してみたり、時刻表を確認し直したり、道をゆく人たちの表情をながめたりしてどうにか時間をつぶそうとこころみました。

 女の人は大きなサングラスと麦わら帽を被り真っ赤なワンピース姿からすらりとした白い腿をさらしています。過ぎ行く少年は体中にランドセルや小さなカバンを手提げ袋をからみつかせて重々しく歩いています。黒いスーツをきた初老ほどの男性が額から止まらない汗をハンカチで何度も拭いながら道を急ぎます。

 心の中のふつふつとした感じが大きくなっていくだけでした。




 ああ




 バスが来ました。

 目が覚めてから一番開放的な気分になった瞬間です。

 ぼくは意気揚々とバスに乗り込みました。

 バスの中は空調がよく効いていて、バスが出るころにはぼくの汗もひいてきていました。

 病院は駅から6つほど先の停留所にあり、ナビの表示では15分かかるとの予想です。15分間流れる景色を見ていました。焼けるようなコンクリートの舞台には近代都市が広がっています。

 拡張現実による輝かしいリアルがそこにはありました。

 店の前にはホログラムの看板娘が立ち並び、延々と同じ口の動きをしています。どの娘もかわいらしい顔立ちでそのお店の制服を着ているようでした。

 ホログラムにはいろんな表現方法がありました。店の名前が映画のタイトルシーンのように何度も浮き上がってくるようなもの、ボウリング場のホログラムのようにこちらにむかってボールが飛んでくるようなものもありました。

 鋼鉄の都市。鉄の都市。銀色の都市。錆びることをまったくおそれないようにみえるこの都市は科学で計算され尽くしているように思いました。

 さびてゆくことさえも。


 病院は非常に大きな建物でした。4階建てで棟によって6階建てになっているようです。敷地はちょっとしたテーマパークほどあるのではないかと思いました。

 病院の中はさほど混んではいませんでした。

 ぼくは受付で名前を書かなくてはいけませんでしたが、症状が名前を思い出せないことなのです。と伝えると受診させてもらえることになりました。

 診てもらえるまでどれくらいかかるかわからなかったので、備え付けてあったマガジンラックから適当に1冊ひっぱってきました。読んでみましたが、それよりもこのあとあの部屋へ入っていき何かがよくなるんじゃないかという期待に中身が全く入ってこないのでした。

 ぱらぱらと形だけめくっていると、ぼくを呼ぶ人がいました。ぼくの名前はこの時「126番の整理券をお持ちの方」でした。

 6番の部屋へ入るように促されたので、いわれるがままにリノリウムの廊下を進み、扉をノックしました。どうぞ、という声を聞くと、ぼくは部屋へ入りました。

「座ってください」

「しつれいします」

お医者さんは60歳ほどの白髪まじりな先生でした。白衣はピシッとアイロンがかけられているようで清潔感がありました、メガネからのぞく瞳も澄んでいます。お医者さんのデスクにはたくさんの整頓されたメモ書きの中にデスクモニターや印刷機やらいくつかの機械が置かれていて、まだ未記入のカルテとペンが転がっていました。

「今日はどうされましたか」

ぼくはなんと言えばいいのかすこしだけ迷いました。

「目が覚めると記憶喪失になっていたんです。」

お医者さんは目を丸くしました。

「ふむ、なにか覚えていることはあるかな」

考えてみると、覚えていないことはたくさんありますが覚えているものは何かあったでしょうか。

「生活するためのことはだいたい覚えていると思います。」

「君の名前は」

「おぼえていません。小学校の頃のことはおぼえているような気がしますが、親兄弟のことは思い出せません。」

お医者さんはむぅ、とうなると少し考えて言いました。

「いつどこで目をさましたのかな。」

「午前に××市にある△公園のベンチで」

「公園で、」

お医者さんは眉間にシワをよせます。

「どこか怪我してるところや痛いところもないようだね」

「ありません。」

「一時的な記憶障害かもしれないな、目を覚ます前に一番最後に覚えている場所はどこかな」

「光の扉がある、真っ暗な場所にいました。」

「では、そこへまた行ってみるといい。もしかすると何か思い出すかも知れないからね。」

あの場所へもう一度いく?そんなことぼくにはできるはずがありませんでした。

「ぼくはそこからどうして公園のベンチへきて、どうして記憶喪失になっているのかわからないのです。」

「では脳を調べてみようか。なにか異常があって忘れているのかもしれないから。」


ぼくは大きな機械の前に連れて行かれました。

大きな機械は低くうなって、ぼくを機械の上で寝るように誘いました。

「今から君の脳波や健康状態を調べていくよ」

お医者さんが機械を操作しながら言いました。

ベッド型の装置にぼくは寝ます。

ぼくはされるがままに調べられるのを待っていました。

赤い光線がぼくを過ぎようとしていたので、おもわず目を閉じます。

光がぼくを焼いていく妄想をします。

もう少しでぼくの記憶喪失の理由や正体にお医者さんが決着をつけてくれる。そう信じていました。






目を閉じてから何秒か経って僕は目を開けた。

背筋が凍っていくのがわかる。信じられない光景が視界の全て埋めていった。指先は震えて、目が正しく焦点を合わせられない。

画面いっぱいの黒。

僕は暗闇の中にいた。

かすかな光を感じて振り向いてみる。

そこにあるのは、あの、光の扉だった。

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