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リアルマインド  作者: ガーデン
第1部
2/3

おなまえ

この作品は官能小説ではなくひとつのSF作品の要素のうちのひとつとして、残酷な表現や同性愛をはじめとする性的表現をおもわせる表現が用いられる場合があります。

 ぼくは街へ出てきました。そこにはたくさんの人がひしめき合っていました。

 駅が見えます。大きな駅ビルがそびえ、街頭テレビには男のモデルがなにやらポーズをとったりしていました、ジーンズのCMらしいものでした。広場には奇妙にねじれたオブジェが建っています。オブジェのまわりには何人もの若者たちがそれぞれ人を待っている様子です。絶えることなくひとが行き来して、街のもつうるささを感じます。たくさんの人たちの頭の上にはやはりハートメーターがありました。

 『イイコト』をすると通貨がもらえる。公園で会った女の人が言っていたことです。

 ぼくはこれからどうするかについてまだ悩んでいました。

 なにもすることがないのです。

 視界の右下に『マイページ』というアイコンがみえたので、おや、と思い右手をふれようとちょんと出しました。するとくるるんとアイコンがはねて、いくつかのぼくに関する情報をみることができました。

 ハートメーターのところをみると、ハートマークのとなりに『99840』と書かれていました。女の人にいくら払ったのかわすれてしまいましたが、たしかお茶を買う時はボタンに『150』と書かれていたと思います。

 少しずつ分かりはじめています。ぼくの目にもついているコンタクトレンズがみせる拡張現実というものに。

 人の行き来にもまれて、ぼくはいつの間にか駅ビルの中に迷いこんでいました。あてもなく2階へのエレベーターにのってみました。

 2階は1階ほど人の行き来が激しくなく、フロアをみまわすだけの余裕がありました。2階は男の人向けの洋服屋さんが多いようでした。ぼくはさいわい男でしたので、このフロアを見てまわろうと思うのでした。

 カジュアル服のお店に入ってみました。色とりどりの洋服がところせましとディスプレイされています。いくつかのシャツを見てはもどすのをくりかえしていると、店員の若い女の人が話しかけてきました。

「よかったらご試着どうぞ」

客のこころにすっと入ってくる店員の声は、なるほど着てみるのもわるくないかもしれないなと思わせてくれました。

「試着室あちらになりまーす」

空気を軽くしたような声がちょっとした小部屋を案内してくれました。

どうやらこのくらいの会話は『イイコト』には含まれないようです。

カーテンをシャーとあけていくつかのシャツをもちこむと、ぼくは鏡と対面しました。

 ぼくは真っ白いシャツと濃いブルーのジーンズを履いていました。この見慣れた顔は、ちょうどあの街頭テレビのモデルに似ていました。

 ぼくはここで見過ごしてきた変な感じにまた襲われるのです。なぜぼくは光のドアのある場所にいたのでしょう?夢の中だったのでしょうが、それにしてはいやに生々しいつめたさをおぼえています。なぜぼくは公園のベンチにすわっていたのでしょう?このあたりのことはよく知りません。はじめてきた場所のはずです。もちろんあの公園もみおぼえはないのです。だんだんと試着している場合ではないのではないかというあせりがめばえてきます。あせりからなにかしなくてはと駆られるのですが、どうしても何をするべきなのかはっきりとわかりません。

 と、マイページのアイコンが光りました。ふれてみるとメールの着信だったようです。メールボックスをひらき、未読のところをさわると差出人不明のメールが1件ありました。

 いやな予感がしました。ひたいに汗がにじんできます。おそるおそるメールをひらいてみました。


『おまえは そんざいしては いけない』


 おもわずひっと情けない声をあげ、手にしていたシャツをおとしてしまいました。

 試着室の外からぼくを呼ぶ声がありました。

「お客様ー?どうかなさいましたか?」

さきほどの女の店員のようでした。ぼくはなんでもありませんとことわって、さっさと試着をすませることにしました。

 ぼくはなにが起きたのかわからないだけで、いたって正常な人間です。いままでなにか悪さをはたらいたこともありません。存在してはいけない理由なんてないのです。そうおもうとどこからか自信が湧き出してきて、鏡にうつる自分をなんとはなしにほこらしくおもえました。

 赤錆色のジャケットはぼくの肩幅にぴったりで、本革でできた生地は肌に吸い付くようでした。ぼくはたいへん気に入りましたが、そとのあのねっとりとした暑さを思い出して、買うことをやめました。

 店を出て、エスカレーターのほうまで歩いてきました。フロア案内の掲示をみると8階にカラオケがありました。ちょうどお気に入りの歌がBGMになっていたので、歌いに行こうとおもうのでした。

 のろのろとエスカレーターはぼくを運びます。ぼくはまだどこかにあせりをいだいていました。こののろのろとした8階までのみちのりはすこしずついやな、腹立たしいものになってきたので、エスカレーターをのぼっていくことにしました。

 8階につきました。カラオケはおりてからフロアを右回りに半周ほどしたところにありました。受付へいって、カラオケをしたいと伝えました。

「会員アプリはお持ちですか」

ぼくは思い当たるものがないので、もっていませんと答えました。

「それではダウンロードしていただきますので、お客様のマイデータを記入していただけますか」

いくつかの項目が書かれたテキストファイルが目の前に現れました。


そこでぼくは気づいてしまうのです。


ぼくは『NAME』の欄になにも記入することができずにいました。

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