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リアルマインド  作者: ガーデン
第1部
1/3

はじまり

この作品は官能小説ではなくひとつのSF作品の要素のうちのひとつとして、残酷な表現や同性愛をはじめとする性的表現をおもわせる表現が用いられる場合があります。

 「この国は変わらなければならないんだ」

 その指先に迷いはなく、何かに急かされるようにキーボードを叩いてゆく。

 モニターの光だけがしめっぽく男のメガネを照らす。カタカタと音を立てる。画面の変化が光を揺らす。

 暗闇の中でコンピューターの稼動音と、キーボードの叩かれる音だけが響くだけの無機的な部屋。

 やがて男の指はエンターキーを叩いて、止まった。

 解き放たれたように男はうなだれ、むせび泣いた。


 3ヶ月後――


 ぼくは目をさましました。

 目をさましたといいますと、おおきくのびをして、ベッドからおりて、洗面所へいき、トイレをすまして朝食をとることを思い浮かべますけれど、どうやらぼくは普通のそれとはちがうようでした。

 まわりは暗く、目のきくようにはおもわれません。ひんやりといやな冷たさがぼくをいじめます。

 あちこちを見回してみました。すると、むこうのほうにやんわりとした光がみえました。

 ぼくは他にあてもないので、とりあえず光へ向かって歩き出すことにしました。 

 近いようにも、遠いようにも思われましたが、いくらか歩くうちに光は大きく、明るくなり、やがて光のドアが姿を現しました。

 ぼくは少し迷います。

 開けると「何か」おかしいものが、「やはり」おかしいものだとわかってしまう予感があったからです。

 とはいえどうしようもなく思われたので、ぼくは光のドアをあけるしかありませんでした。


 暗いところから明るいところに出たときに起こる混乱というものがあります。

 これは精神的理由と肉体的理由とのふたつがあって、ぼくはその両方に悩まされます。

 悩んでいるわりにはその混乱に対して、おおきく取り乱すことはありませんでした。

 頭がいたくて、冷静にあってもきれいな判断ができません。目をあけるのも難しいほどでした。

 頭を左右にぶるぶると振ったり、上をむいてみては前を向いたりして、どうにかしようとするうちに、だんだんと明るさに慣れてきました。

 粘っこい暑さが僕の肌にまとわりついてきます。

 目をゆっくりと開きます。

 どうやらここは公園のベンチのようでした。

 子供たちがちらほらと遊具であそんでいて、砂場のあたりで女の人たちがはなしたり笑ったりしているのがみえました。

 ん、と思って女の人たちをもう一度見てみました。変な感じの正体はこれかもしれません。

 女の人たちの頭の上にハートマークと、その隣になにやら何桁かの数字が浮かんでいるのです。

 妙な飾り物か、流行りのアクセサリーなのかと思いました。その証拠に、あそんでいる子供たちはそのアクセサリーをつけてはいなかったのです。

 ぼくはベンチでひとり、これからどうしようかを考えました。

 明るいところへでてきたことの精神的な混乱のほうに悩まされているのです。

 ぼくは喉の渇きに気がつきます。ズボンのポケットをまさぐると、財布がみつかります。いくらかの小銭をもっていました。ぼくはあたりを見回して、少し歩いたところの自動販売機でお茶を買おうとしました。

 が、あるのはボタンだけで、小銭をいれるくちは見当たりません。とりあえず押してみようとて押してみると、がこんと音を立ててお茶を買うことができました。

 お茶が喉を通り、ひんやりした潤いがからだを満たす感じは、けして変ではありませんでした。おかしいことがあるとすればやはりこちらのはずなのです。

 変な感じのままはどうにも気持ち悪いと思うので、女の人たちにたずねてみました。

「そのハートマークはなんですか」女の人たちは驚いた顔をしてお互いを見合い、ぼくを訝しげに見つめると、そのうちのひとりが答えてくれました。

「変な坊やね、もう卒業しているようにみえるけれど、これがなにかほんとうにわからないの?」

ぼくは言っている意味がよくわかりませんでした。

ぼくは小学校を卒業して中学生になっています。

「ほんとうにわからない、といった顔をしているわね。」

ぼくはこくり、と頷きます。

「これはハートメーターといって、イイコトをすると増えるのよ。下級学校を卒業するとコンタクトレンズを配られて、拡張現実の中のハートメーターが使えるようになるの。ハートメーターをつかって買い物をしたりするわ」

女の人のハートマークの隣の数字が増えました。

こういうしくみのアクセサリーなのかな、とおもっていると女の人がつづけました。

「あなたの質問に答えたから、私のハートメーターが増えたのよ。あなたの履歴を見てみるわ。」

女の人がなにやら空中で手をおどらせはじめます。

ぼくはおもわず一歩退きました。

「さっきそこの自販機でお茶を買っているじゃない。ハートメーターの使い方は知っているようね。」

なるほど、そういう仕組みなのかとすっきりした気持ちになりました。

イイコトをしてもらうのはお互いにとっていい気持ちになれる素晴らしいことだと思いました。

自分でも不思議ですが、ぼくはコンタクトレンズをくばられたおぼえがないことも、ハートメーターというしくみもすんなりと受け入れているのでした。

ぼくはお礼を言って立ち去ると、残っていたお茶をひと思いに飲んでゴミ箱に捨てます。


 わからなかったこともすこしはわかったので、もっとほかのことをしらべてみようと公園をでて歩き出しました。

 なんとはなしに振り返ると、こぎたないおじいさんが先ほどのゴミ箱のほうへやってきて、ゴミをあさっているのが見えました。

 おじいさんは先ほどぼくが飲んでいたお茶のペットボトルをみつけてとても喜びました。

 それは空なのになぜだろうと思いました。

 しかしぼくはあまりそれを気には留めず、また歩き出してとりあえず変な感じの正体をもっとしらべようと思うのでした。



―――――――――――――――――――



腹が減っている。喉も乾いた。

この異常な暑さも、もはや気にすることさえ鬱陶しく思える。

拡張現実のもつ華やかな空間は、たしかに人々の心を豊かに彩っているのかもしれないが、たった一日の食料にさえ事欠く俺にとってそんなものは文字通り幻でしかないのだ。

今日の収穫もまだ0。

どこのゴミ箱も今となっては空き缶すら買い取られないのだから生活のたしになるわけもなく。

そうして期待せずに立ち寄った集合住宅近くの公園で、俺は目星のひとつを開けた。

俺は驚きを隠せなかった。

まだ冷たいままのペットボトルのお茶が見つかったからだ。

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