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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第三章 真夏の罪
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第二十五夜 呪われた家

「――この家、築五十年なんだって?」



 雪夜は健吾を見下ろしながら、突然そう切り出した。彼の背後には、巨大な氷に閉じ込められた巨大な"蟻"が、身動き一つたてずに彼らを睨んでいた。


 雪夜はそんな蟻のことなど全く気にせず、話を続ける。


「そんだけ古ければ、遅かれ早かれ"色々なもの"が積み重なっていく」

「色々なものって……?」


 健吾は意味が分からず首を傾げた。その表情には、戸惑いの色が浮かんでいた。


「分かりやすく言えば、執着心みたいなものだな。執着心にはいくつかの種類がある。例えば――愛情、嫉妬、怒り、憎しみ……とかな。ほら、アレを見てみろよ」


 雪夜はそう言って、自分の背後に佇む蟻を指差した。健吾は恐怖心に勝る好奇心に負け、恐る恐る蟻に視線を移した。


 相変わらず、その蟻は鋭く光る黒目で健吾を睨んでいた。――いや、そう見えた。


「……アレはこの"家"を呪っている"憎しみ"であり、"怨念"そのものだ」


 そう言われ、健吾は萎縮した。慌てて蟻から視線を反らす。


「……桐谷健吾、お前は"運が悪い"」

「は……?」

「タイミングが悪かった。それが今回の件において、重要なキーワードだ」


 健吾は困惑した。突然"運が悪い"、"タイミングが悪かった"などと言われても、あまりにも説明不足なために、全く理解できなかった。


「……回りくどいぞ、雪夜。さっさと説明してくれよ」


 今まで黙りこんでいた紅蓮が、ようやく口を開いた。その表情は、明らかに不満げであった。それに対して雪夜は、いかにも面倒そうに顔を歪めた。が、すぐに気を取り直して、再び健吾を見下ろした。


「――この家が建てられる前、ここは自然が豊富な雑木林だった。もちろん、ここの敷地内だけではなく、この周りもな」

「雑木林……?」


 健吾は雪夜の言葉に心当たりがあった。生前の祖父から、そんな話を聞いたような覚えが、微かにあったからだ。


「ここら一帯は野生の小動物だけでなく、虫も多く生息していたらしい。ここら近辺の人々は、この林を非常に大事にしていた。あの頃はまだ、自然を敬う気持ちが強かったんだろうな」


 雪夜はそう言って、どこか遠い目をした。その目は憐れみを含んで、背後の蟻に一瞬向けられた。


「ところが、ある日人々はその林の木々を伐採し、家を建て始めた。――何でだと思う?」

「……」


 健吾は答えに詰まった。見かねた雪夜は、大して間を空けずに答えを言った。


「――お前のじいさんのせいだよ」

「っ!?」


 健吾は目を見開いた。そして驚きに満ちた表情で、助けを請うように、隣に立っている紅蓮を見つめた。


 しかし、紅蓮はゾッとするような無表情で、ただ正面の蟻を睨んでいた。


「……じっじいちゃんのせいって……どういうこと、ですか?」


 健吾は震える声でそう尋ねた。すると雪夜は、ふっと鼻で笑い、また話を続けた。


「お前のじいさんは七年前に死んだんだってな」

「そ、そうです」

「死因は?」

「え……?」


 重ねて問われた質問に、健吾は答えることができなかった。


 健吾は知らなかったのだ。祖父の死因を。


「……どうやら知らねえようだな。なら、俺が教えてやるよ」


 次の言葉は、健吾にとって酷く衝撃的なものだった。


「殺人――それも、喉笛のどぶえを食いちぎられて、な」

「……っ!!」


 健吾は絶句した。収まりかけていた激しい鼓動が、再び戻ってきたのを感じた。


「……犯人は?」

「察しが悪いな。言わなくても分かるだろ?」


 紅蓮の問いに、雪夜は不機嫌な表情でそう返した。彼の視線は、再び背後に佇む巨体に向けられていた。


「……ど、どうして……? だって、じいちゃんは事故で死んだんだって……」


 健吾は生気が失われた声で、うわ言のようにそう呟いた。目尻には僅かながらも涙が浮かんでいた。


「当時のお前は小一だ。とてもじゃないが、そんなことは言えなかったんだろうな」


 紅蓮は慰めるようにそう言ったが、健吾の耳には届かなかった。ただ虚ろな目で、ひたすら雪夜を見つめていた。


「……話を戻すぞ。当時のこの郊外は人が少なく、過疎化が進んでいた。今でもここはちょっとした田舎で小さいが、昔はもっと酷かったらしい――それが、お前のじいさんがこの郊外近辺に住宅街を造った理由だ」

「それって、つまり……」


 健吾は震える声で続けた。


「"ソイツ"は、破壊されてしまった自然界の生き物たちの呪い――ってことですか……?」

「そういうことだ」


 健吾は言い様のない怒りと驚きに、言葉を失った。そして絶望的な気分に駈られた。


 ――要するに、本当に俺は、ただ運が悪かっただけなのか……?


 思ってもいなかった真実を前に、健吾は酷く狼狽した。しかし、同時にある種の希望を持ち始めた。


 ――ということは、俺は何の関係も無いんじゃないのか? 殺される理由が無いじゃないか……!


 健吾はここにきて初めて強気に、未だに自分を睨み続けている蟻を睨み付けた。すると僅かながらも、自分が強くなったような気がした。


「――紅蓮さん、いや、雪夜さんでもどっちでもいいです。あの化け物、早くどうにかして下さい」


 健吾は紅蓮と雪夜を交互に見て、強気にそう言った。すると二人は、怪訝そうな目で互いに顔を見合わせた。


「お前、いきなり強気になったな」


 紅蓮は少し驚いた顔で言った。


「あんまり調子こくと早死にするぜ?」


 雪夜は面白くなさそうに言った。


 紅蓮と雪夜の二人は、一様に軽蔑した目で健吾を睨んだ。


「だって、俺は何も関係無いじゃないか!! 悪いのは全部、じいちゃんなんだろ!? だったら、俺がこんな目に遭うのはおかしいだろ!?」


 健吾は、二人の冷たい目に怯みながらも、大声でそう怒鳴った。その表情には怒り以外の感情は宿っておらず、ただただ目の前の二人に対する不満と恐れを吐き出そうとしていた。


「――黙れよクソガキ。俺の話はまだ終わっちゃいねえ」


 雪夜は殺気だった目で健吾を鋭く睨み、黙らせた。それに対し、健吾は悔しげに唇を噛みしめた。


「俺は確かに、お前のじいさんが悪い、と言った。だがな、"呪われたのは"じいさんだとは言ってない」

「は……?」


 雪夜のその言葉に、健吾は再び絶句した。口をポカンと開けて呆然としている様子は、見るからに間の抜けたものであった。しかし、そんなことにも気づかずに、健吾は狼狽した。


「呪われたのはじいちゃんじゃないって……? でも、実際には、じいちゃんは殺されて……」


 健吾の疑問はもっともなものであった。雪夜はすかさず、その疑問に答えた。


「本当に呪われていたのは、"この家"だ。じいさんではない。要するに」


 次の言葉で、健吾は再び絶望の淵に立たされた。



「――桐谷健吾、お前も"奴ら"に呪われているんだよ」


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