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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第二章 鏡よ鏡
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第十夜 絶望と希望

「……えっ」


 穂香は声にならない悲鳴をあげ、足をもつれさせながらも這うようにして雪夜の元に逃げ込んだ。


 雪夜は穂香を庇うように背に隠しながら、目の前で這いつくばっている血まみれの少女を睨んだ。


 その少女の顔は見えない。真っ黒の長い髪で顔を覆い隠しており、まるで髪だけが動いているかのように不気味だった。髪の分け目から微かに見えた口元は、ニヤリと効果音がつきそうなぐらいに笑っていた。


 よく見ると、右手には真っ赤に塗れた庖丁を持っていた。


「……どういうことだ、こいつは……」


 雪夜は苦々しげにそう呟くと、立ち上がって自分たちに向かって来る少女に右手をかざした。


 すると、辺りの温度が一気に低下した。


「っ!? 雪夜くん……!?」

「心配するな」


 恐怖と驚きで震えている穂香に向かって、雪夜はぶっきらぼうに、しかし自信に満ちた声色でそう言った。


 雪夜と穂香の周りには、まるで守ろうとしているかのように冷気が漂っていた。穂香は寒さのあまり、ぎゅっと目を閉じて自身を抱き締めた。


「……っやべえな……、とりあえず……」

「?」

「逃げるぞ!!」


 突然雪夜はそう言うと、穂香の左腕を乱暴に掴み、走って階段を上りだした。


 その時には、いつの間にか冷気は消えていた。


「ゆ、雪夜くんっ」

「"アレ"は俺の専門外だ!!」


 雪夜はそれだけ言ってひたすら廊下を疾走した。穂香はそれについて行くだけで精一杯だった。


 この時、二人はまだ気づいていなかった。この校舎にもう"二つ"の不穏な影が潜んでいることに――


***


「――ふぅ……。追ってきてはいないみたいだな」

「はぁ、はぁ……、どう、いうこと……?」


 穂香は荒い息をなんとか整えながらそう聞いた。雪夜は壁に背を預けて溜め息をついた。


「何がだ?」

「あの……女の子……」


 穂香は雪夜の隣に座り込みながら、震える声でそう言った。すると雪夜は辺りを注意深く警戒しながらも答えた。


「"アレ"があんたの親友を殺した犯人だと見て間違いないだろうな。俺の首を賭けてもいい」

「そんな……。あんなの、どうやって捕まえればいいの……?」


 穂香は絶望に満ちた表情でそう呟いた。


「まあ落ち着け。残念だが、俺じゃ"アレ"はどうにもできない。……だが、"アレ"をどうにかできる奴を俺は知ってる」

「……それってもしかして、さっき言ってた悪友?」

「よくわかったな。いい勘してるじゃねえか」


 雪夜はそう言って笑った。


「とりあえず、ここから脱出するぞ。ここは妙に電波が悪い。外に出なければ連絡もとれやしない」


 雪夜の言う通りであった。


 実はあの"少女"から逃げてきた後、穂香は外部と連絡をとろうと携帯電話を使おうとしていた。が、なぜか電波が異常に悪く、電話どころかメールすらもできない状況だった。


 当然、雪夜の携帯も同じだった。


「どうして繋がらないんだろ……」

「さあな。何か強い力で電波が阻害されてるって感じだが……。とにかく、一階に下りるぞ。"アレ"に見つからないうちに……ぐっ!!」

「えっ?」


 立ち上がり、歩きだそうとした雪夜が突然、苦しげな声を発した。穂香はわけが分からず、雪夜の前方をよく見ようと目を凝らした。


「……え、あ、あああ……っ!」


 穂香は、雪夜の体にもたれかかるようにしている"何か"の黒い影に気づくと、悲鳴にならない声をあげて床に尻餅をついた。


 雪夜の表情は見えなかった。ただ、脱力したように腕をぶら下げ、その黒い影に垂れかかった。


 よく見ると、雪夜の腹から赤くどろりとした液体がボタボタと落ちていた。


 ――血だ……!


 穂香はそう察すると、恐怖のあまり瞳に涙をため、震えながら懸命に後ずさった。なんとか距離をおこうとしての行動だった。


 しかし、その黒い影は穂香に見向きもしなかった。力を失った雪夜をその場に押し倒し、馬乗りになって右手を振り上げた。


 その手には、雪夜の血で塗れた庖丁が握られていた。


「や、やめてえええ!!」


 穂香はとっさに悲痛な叫びをあげた。が、その叫びはその黒い影には届かなかった。


 その黒い影は、迷わず庖丁を雪夜の腹に振り下ろし、滅多刺しにした。


 何度も何度も、それが繰り返された。雪夜の周りには、血の海が広がった。


『ひゃひゃひゃひゃひゃ』


 その黒い影は、不気味な笑い声をあげていた。


「……っ!!」


 穂香は声を出すことができなかった。ただただ、雪夜が無惨な姿にされるのを、唇を噛み締めながら見ていた。


 ――やがて、穂香にとっては永遠とも感じられる時間は終わりを告げた。


 その黒い影はやっと満足したのか、動きを止めた。そして、深々と刺していた庖丁をゆっくりと抜き――


 穂香をじっと見つめた。


「……ひっ!! い、いや、来ないで!!」


 穂香はいやいやと首を振りながら後ずさったが、すぐに壁にぶつかり、逃げ場を失ってしまった。


 そうこうしている間にも、その黒い影はゆっくりと、じわじわと距離を縮めてくる。それは真っ黒なコートで全身を包み、フードを被っていて顔は見えなかった。しかし、そのフードの下には、不気味な微笑みが浮かんでいるようだった。


 その影は穂香の目の前に立つと、再び庖丁を振り上げた。


 ――もうだめだ……!


 穂香は覚悟を決め、固く目を閉じた。


 が、いつまで経っても、想像していたような痛みはやってこなかった。


「……?」


 不思議に思った穂香は、恐る恐る目を開け、顔を上げた。そこにいたのは――


「――何やってんだてめえ」


 燃えるような赤を宿した青年だった――


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