第10話:泥に咲いた一番の幸せ(完結)
元パーティーの騒動から数ヶ月。
ルナリア帝国の王都は、緑豊かな明るい陽光に包まれていた。
息を吹き返した『世界樹』からは温かな恵みの魔力が降り注ぎ、街行く人々はみな朗らかな笑顔を浮かべている。
そして、宮殿の一角に新設された最高級の工房——。
「う〜ん、ここをもう少し滑らかにして……よし、出来た!」
私の手の中で輝いているのは、繊細な銀の泥で装飾された小さな魔導ランプだ。
昔のように誰かに強制されるのではなく、自分の好きなものを、大切な人のために作る時間。
それが今の私にとって、何よりの幸せだった。
「ふふ、今日も素晴らしい出来栄えだね、シルフィ」
後ろからふわリと温かな気配に包まれ、耳元で甘い声が囁いた。
振り向くまでもなく、レオンハルト殿下だ。
「で、殿下! 工房に入るときはノックをしてくださいって言ったじゃないですか……!」
「ノックはしたよ? 君が夢中になりすぎて気づかなかっただけだ」
レオンハルト殿下は愛おしそうに目を細めると、私の両手をそっと取り、細工ヘラダコのある指先に愛おしそうに口づけを落とした。
「……手が泥で汚れてしまいます!」
「この手は我が国を救い、私に本当の愛を教えてくれた尊い手だ。汚れなどどこにもないさ」
相変わらずの過保護と甘々ぶりに、私の顔はカッと熱くなる。
あの日、パーティーを追放されて路頭に迷っていた私。
自分には「泥遊び」しかできない役立たずなのだと思い込んでいた。
けれど、私の技術を誇りとして見出し、ありのままの私を必要としてくれた人がいた。
「シルフィ。世界樹も安定し、君の工房も軌道に乗った。……そろそろ、私からの『本当の依頼』の返事を聞かせてもらえないだろうか?」
レオンハルト殿下は紫水晶の瞳をまっすぐに見つめ、ポケットから一つの小さな箱を取り出した。
開かれた箱の中で輝いていたのは、私が練り上げた銀の魔導粘土で装飾された、世界に一つだけの美しい指輪だった。
「私の隣で、生涯ずっと私を支えてほしい。……ルナリア帝国の皇太子妃として、私の妻になってくれませんか?」
「殿下……っ」
胸の奥が温かい涙で満たされていく。
かつて奪われ、蔑まれていた日々はもう遠い過去だ。
今の私には、自分の技術を誇れる居場所があり、心から愛してくれる人がいる。
私は溢れそうになる嬉し涙を拭い、満面の笑顔で頷いた。
「はい……! 私でよろしければ、喜んで!」
私がそう答えた瞬間、レオンハルト殿下は私を強く抱きしめ、誓いのキスを告げたのだった。
——後日。
帝国の歴史には、世界樹を救い、皇太子殿下に誰よりも愛された「奇跡の国宝級職人」の物語が、幸福な伝説として刻まれることとなる。
「役立たず」と捨てられた少女は今、世界で一番幸せな花嫁として、自分の未来を美しく捏ね上げている。
(おわり)




