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開いた肋骨で扉を塞ぎながら、私は大聖堂へ転がり込んだ。
「ミナ、鐘を鳴らして!」
胸から突き出た骨は左右の扉へ引っかかり、ギチギチと広がって身体を入口へ縫いつけていく。背後の雪からは、アルノルト様の骨が地面を引っ掻く音が近づいていた。夜明けまで一時間もない。
「先に奥様の骨を戻します!」
ミナが銀盆を石柱へ叩きつけると、胸から開いた肋骨が一節だけ戻り、折れた先端が肺をかすめた。口から血が出たものの、文句を言う余裕はない。少年が右から銀笛を吹き、囚人だった男が左で銀の燭台を鳴らすと、骨の種は鎖骨を走って噛み傷のそばまで戻った。
顎はまだ開いたままでミナの首からは甘い匂いがする。近くにいられると、助かるより先に食べてしまいそうだった。
「もっと離れて」
「傷から骨を出すまで離れません」
「食べてしまうかもしれない!」
「あの寝室で、奥様は来てくれた。私、泣いているだけだったのに。だから今度は……お願いです、逃げろなんて言わないで」
銀盆を構え直すミナの向こうで、夫が扉の外へ立った。人間だった頃の面影は残った片目と銀髪だけで、何人もの肉を継いだ胴から長さの違う腕が生え、腹の口からは父の兵が着ていた服を吐き出している。
「きれいです。いや、違いますね。本当にかわいらしい。やっと……やっと同じになれます」
「私は……あなたとは違う」
「人間へ戻ってどうするのです。父親は君を売りました。君が守ろうとしている者たちは……あの者たちは、みんな醜いですよ」
「それでも、誰を食べていいか私が決めたら……あなたと同じになる。それだけは嫌」
私は扉から肋骨を引き抜いた。骨の先が欠けて床へ散ったが、構わず夫へ体当たりし、二人でもつれたまま大聖堂の中央へ倒れ込む。
「大鐘を!」
鐘楼には年老いた女中と、狩猟館から逃げた使用人たちが集まり、綱を掴んでいた。ところが全員で引いても鐘は動かない。途中で綱が刃物に切られていた。
「密約を王都へ持ち込ませるものか」
祭壇の陰から父が現れた。片脚の傷を縛って柱へ寄りかかり、手には血のついた剣を持っている。ミナたちに運ばれる途中で残った兵に助けられ、先回りしたらしい。しぶとさだけなら、うちの家族は怪物にも負けていない。
「まだ続けるおつもりですか」
「分かっていない! 国境が破られる! 村が焼ける! 私は……私は必要なことをしただけだ!」
「それで子供まで選んだの? お父様、あの子の顔を見た? 一度でも見たの!」
「見た! 見たとも! だから何だ、私にどうしろと言うんだ!」
父の声は大聖堂中へ響き、集まった領民にも届いた。年老いた女中が人肉供給の帳面を高く掲げる。
「ここに名前があります! 三つだった子も、旦那様へ口答えしただけの娘も。私は……私は、その娘が連れていかれる時、戸を閉めたんです。聞こえないふりをした!」
父が女中へ向かおうとすると、囚人だった男が切れた綱を手に立ち塞がった。
「俺は死刑囚だ。人も殺した。だから食われても仕方ねえって、俺も途中まで思ってたよ。けどな、あの婆さんまで、あのちびまで同じ皿に載せやがった。何が必要だ。ふざけるな。そんな言葉で俺たちを肉にするな!」
領民たちは衣服を裂いて綱を結び始めた。狩猟館で食事にされかけた三人が、今度は私を食卓から引きずり下ろそうとしている。人を食べずに助けた判断はどうやら間違っていなかったらしい。
父の兵が止めようとしたが、ミナが銀盆を鳴らし、私とアルノルト様の骨を同時に縮ませた。その隙に夫の腕を押さえると、彼は耳元へ顔を寄せる。
「ミナをください。ねえ、あの娘だけでいいのです。そうしたら君を食べません。約束します。しばらくは……きちんと我慢しますから」
夫の肋骨がミナへ伸びたため、私は自分の左腕をその口へ差し込んだ。何列もの歯が皮膚をめくり、筋肉を細い束に裂いて引きずり出す。露出した骨へ奥歯が食い込み、ばきり、と二つに折れた。折れ口から骨髄が押し出され、夫の舌が嬉しそうに舐め取る。視界が白くなるほど痛かったが、腕を引けば次に噛まれるのはミナである。そのまま顎へ挟ませ、夫の身体を中央へ固定した。
「嫌。ミナは……ミナだけは渡さない」
「どうしてです。たった一人ですよ。君より大事なはずがないでしょう」
「だったら私を噛んでいなさい。ほら、あなたの大好きな妻よ」
つながった綱が張り、大鐘が動いた。
ゴォン。
低い音が床の石を震わせ、色ガラスを一斉に鳴らした。アルノルト様の余分な腕は身体へ引き戻され、自らの肉を内側から押し潰す。腹へ縫いつけられていた兵の肺が破裂し、血の泡と肺の欠片が夫の口から噴き出した。私の肋骨も胸へ戻り、一本が肺へ刺さって息が止まる。咳と一緒に、借り物の肺の欠片が舌へ載った。
ゴォン。
二度目の鐘で夫の背骨が折れ、人間の長さへ縮んだ。胸骨の中央が白く盛り上がり、皮膚が裂ける。中から押し出されたのは、歯の生えた白い骨の塊だった。腐った骨髄の穴には、食べた子供たちの乳歯が何十本も埋まり、脈打つたびに小さな歯列が噛み合う。細い根は周囲の肉へ伸び、潰れた心臓を操るように何度も握り直していた。
あれがアルノルト様の命だ。
「今です、奥様!」
ミナが肩の外側で銀盆を鳴らすと、私の骨の種も噛み傷から飛び出した。小さな白い歯が肉を割り、根の半分を胸へ残したまま、また身体へ戻ろうともがく。それに呼応して、アルノルト様の核骨がドクンと鳴った。
私は夫の胸へ顔を近づけ、変形した顎を開いた。
「セシリア」
夫の顔は人間に近い形へ戻り、婚礼の夜と同じ銀髪と整った目元を見せていた。
「愛しています。愛しているのです。これだけは……本当なのです」
「分かってる。あなたは、本当に私を愛してる。だから私を食べたい。……そんな愛、どうすればいいの」
「君だって食べたいでしょう? ねえ、分かるでしょう。私だけが狂っているなんて言わせません」
悔しいが、よく分かった。ミナの心音は美味しそうに聞こえ、父の血には唾液が出る。そして夫の胸から漂う匂いは、そのどちらより甘い。
私はアルノルト様を食べたい。
それでも、腹を満たすために噛むつもりはなかった。
「分かる。でも選ばない。あなたを……ここで終わらせる」
核骨へ歯を立て、顎へ力を込める。
ぱきん。
乾いた音とともに亀裂が走ると、アルノルト様の目から食欲以外の色が消えた。恐怖さえなくなり、どこか安らいで見える。
「ああ……よかった。君に食べられるのですね。やっと、きちんと夫婦になれます」
夫の手が私の頬へ触れた。
「これは処刑よ。……最後まで分かってくれないのね」
もう一度噛み、核骨を完全に砕いた。夫の身体から力が抜け、黒い血が床へ広がっても傷は塞がらない。頬へ触れていた手が落ち、今度こそ骨音は止まった。
「奥様!」
ミナは肩から飛び出した骨の種を掴み、銀の槌を振り下ろした。根は私の肉へしがみつき、小さな歯で傷口を噛んでいたが、銀の音を立てて二度、三度と砕かれるうち、白い粉になって血へ混じった。
甘かった人間の匂いがただの鉄臭い血へ戻り、顎も元の位置へ収まった。私はアルノルト様の亡骸の横で、ようやく息を吐いた。
◇
父は生きたまま王都の裁判所へ送られ、人肉供給の帳面と生存者の証言によって、爵位も領地も失った。これから彼は、自分が必要な犠牲と呼んだ一人ずつの名前を公の場で聞かされることになる。
私はグレイヴ公爵家の地下で見つかった遺骨を調べ、名前を記録する仕事を始めた。ミナも一緒である。
あれから数か月が過ぎたが、骨が鳴ることはなく、肉の匂いも普通に感じる。銀の食器が触れ合えば少し耳に響くものの、それくらいは我慢しよう。銀盆を抱いて寝る侍女に比べれば、かわいい後遺症だ。
ある夜、記録室の扉が鳴った。
コン、コン。
私は反射的に銀の燭台を握り、ミナも銀盆を構えた。互いの姿を見て、少しだけ笑う。
「どなたです?」
「助けてください。僕の村にも人を食べる方がいます」
扉の向こうから聞こえたのは、幼い子供の声だった。机には父の帳面から書き写した犠牲者の名前があり、最後の頁には、アルノルト様以外の家へ人を送った記録も残っている。
私は燭台から手を離した。
聞こえたのは助けを求める普通のノックだった。
自分の手で扉を開けた。
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