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アフタヌーンティーはジャスミンで  作者: tosa


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7/7

摩天楼の頂

 東京の狭い空からは粉雪が舞い降りていた。加えて気まぐれな北風がそれを指揮するかのように優雅に、時には激しくその白い結晶を地上に降り落としていた。


「今夜は冷えるな。まあワシントンよりマシだかな」


 この街で。否。この国で1番の高さを誇るホテルのエレベーター内で1人の男が呟いた。長身体躯。ウール100%の青の高級スーツを華麗に着こなし、豊かな金色の髪をオールバックにしたその男は40代半ばに見えた。


  20人は乗れる余裕のある空間の中に5人の男達が陣形を組むように立っていた。時刻は23時に近づこうとしていた。 呟いた男の前に3人、後ろに2人。


 男を守るように直立不動している5人の男達は、シークレットサービスから選び抜かれた精鋭達だった。 エレベーターは最上階である54階を目指していた 。


 18階を通過した辺りから気圧の影響で耳に不快感を感じる。5人のダークスーツの男達は無表情だったが、呟いた男は僅かに眉をひそめる。


「この国には私の愛人が3人いてね。明後日の帰国まで全員と会えるか予定を組むのに頭が一杯だよ」


  金髪の男は母国で頻発している猟奇的殺人事件の話題は無視し、敢えてプライベートな事を陽気に口にした。 ボディガードの男達は一様に沈黙していた。


 ワシントンを出国してからこの瞬間まで、男は自分を警護する5人の働きぶりに満足していた。 それとは対照的に、今回自分に課せられた任務に対しては附に落ちない点があった。


 この世界で自分の唯一の上司である大統領からの説明が余りにも抽象的だからだ。


「国運を左右する交渉だ」


  大統領は確かにそう言った。本来交渉相手への準備は万全で無くてはならない。だが男は不十分な情報しか与えられなかった。


  アメリカ特命全権大使トムリアル・ハワード それが男の肩書と名だった。エレベーターが最上階に到着し扉が開く時、ハワードは不適に笑った。


「······やってみせるさ。4年後の大統領選挙に出馬する時の武勇伝を1つ増やすためにな」


  才気と野望を全身に纏わせ、ハワードは首元に指を当てネクタイを直す。1部屋のみが最上階を占拠しており、長くもない廊下を歩くと扉の前に1人の男が立っていた。


「お会いできて光栄です。ハワード特命全権大使」


  ハワードに劣らぬ長身の男は笑顔で手を差し出してきた。黒いスーツに身を包んだ男は自分の名を「黒渕くろふち」と名乗った。


 エキゾチックな顔立ち。そして肩までの黒髪を首元で結び、両目の瞳が砂色の偉丈夫はハワードと同じ世代に見えた。


  ハワードは如在なく笑顔で黒渕と握手を交わす。黒渕を交渉相手のお付きの者と判断したハワードは、砂色の瞳の男から少しでも情報を引き出そうと 即座に口を開こうとした。


「ルサンチマンは中でお待ちです。どうぞお入り下さい」


  そのハワードの気勢を制するかのように、黒渕は自然かつ迅速に扉を開ける。今日の交渉相手の名前を初めて聞いたハワードは、当初の目的を失念してしまった。


 ボディガードの1人が先に入ろうとすると黒渕が半歩動きそれを遮る。


「申しわけございません。入室出来るのはハワード特命全権大使のみです。ほか方々はここでお待ち下さい」


「我々シークレットサービスは特命全権大使を守る義務があります。我々が室内に入れない理由でもおありか?」


  紳士的な態度の黒渕に対し、ボディガードの男は好戦的な姿勢だった。最上階スイートルームの扉の前で不穏な空気が漂いそうになった時、ハワードが2人の間に割って入る。


「いいだろう。私1人で入室しよう。君達はここで待っていてくれ。万が一にも君達を呼ぶ事はないだろう。ここは世界でも有数の治安の良い国のはずだからね」


  ハワードはボディガードの男の肩に手を添え、余裕の表情を崩さないまま入室する。世界に比類ない軍事大国の特命全権大使。


 ハワードはこの威をバックにこれまで各国の首脳達を脅し恫喝してきた。 この極東の島国に自分に危害を加える気概を持つ者など皆無だと高を括っていた。


 背後で扉が閉められる音を聞きながらハワードは室内を歩いていく。 160平方メートルを超える室内は有名インテリアデザイナーの調度品で統一されていた。


 ハワードはそれらを一顧だにせずダニイングルームからリビングルームへと進む。 壁一面がガラス張りのリビングルームに1人窓の外の夜景を眺めている者がいた。白髪の髪を結い上げ、ピンク色のドレスを着ていた。


「······子供?」


  その後ろ姿は、誰が見ても子供の体格だった。ハワードは周囲を見回したが、他に人気は無かった。


「我がわらべだと失望したかな?  自由の国からの使者よ」


  ······それは、形容し難い声色だった。 低音なだけの筈のそのトーンは、何故か聴く者の心臓をざわつかせた。


  声の主がゆっくりとハワードに振り返る。それは、まだあどけなさを残す少女だった。その大きな瞳は、夜の闇のように漆黒だった。

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