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吸血鬼の花嫁 ——怪物の城に春は来ない——  作者: 胡蝶
番外編:アリアの記録
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【ノートの余白:その4】もしも「明日」がずっと続くなら

(※第3章、アリアの体調が急激に悪化し、死の影が色濃くなる時期の挿入。文字は今まで以上に震え、筆圧は弱々しい)



五月○日。


今日は少しだけ、体が軽い気がします。


だから、ずっと胸の奥に閉じ込めていた、大切で、でも口に出せば消えてしまいそうな「もしも」の話を、このノートにだけ打ち明けてみようと思います。


もしも、私の体から毒が消えて。


もしも、私が普通の女の子として、テオドール様と本当の「春」を迎えられたなら。


まず、お城の裏にある、あの荒れ果てた庭を二人で耕したい。


テオドール様はきっと「面倒だ」と顔をしかめるけれど、私がお願いすれば、結局は袖を捲って手伝ってくださるはず。


真っ白なアネモネと、彼に似合う深紅の薔薇。


それから、ユンが隠れてお昼寝できるような、ふかふかのクローバーをたくさん植えるの。


お昼になったら、私がスープを作るわ。

テオドール様のようには上手く作れないかもしれないけれど、彼が教えてくれた通りに、一生懸命に野菜を刻んで。


それを食べた彼が、「……悪くない」と、いつものように素っ気なく、でも少しだけ口角を上げて笑ってくれたら、私はそれだけで、あと百年だって生きていける。


午後は、村の外へ出かけたい。


人間たちが私を聖女と呼ぶことも、彼を怪物と呼ぶこともない、誰も私たちを知らない遠い街へ。


そこで、私は可愛い刺繍の入ったワンピースを買うの。テオドール様には、黒じゃない、青空のような色のマントを。


二人で手を繋いで、市場を歩いて、焼きたてのパンの匂いに包まれて……。


ただの、どこにでもいる幸せな恋人たちのように。


「……アリア、何を馬鹿なことを考えている」


今、そんな彼の声が聞こえた気がしました。

ええ、分かっています。私だって、分かっているの。


吸血鬼である彼は太陽の下を歩けないこと。


人間である私の命は、もうすぐ、蝋燭の火が消えるように終わってしまうこと。


私たちの「明日」は、決して交わらない平行線の先にあるのだということ。


けれど、テオドール様。


この空想の中の私は、いつだって貴方の隣で、皺の寄った顔で笑っているのです。


貴方と一緒に年をとり、貴方の前で「おばあちゃんになっちゃった」と笑い、そして最後には、満足げに貴方の腕の中で眠る……。


そんな、人間として当たり前の幸せを、私は一瞬だけ、本当に手に入れた気がしたのです。


ノートに綴ったこの「もしも」が、いつか塵になって消えたとしても。


私が貴方を想って描いたこの未来の色彩だけは、どうか、貴方の孤独な夜を照らす灯りになりますように。


テオドール様。


私は、貴方と出会えて幸せでした。


たとえ、目覚めることのない夢であっても。

私の「永遠」は、貴方と過ごした、この短くて温かな時間の中にあります。


……少し、眠たくなってきました。


次に目が覚めたときも、貴方の手が、私の手を握っていてくれますように。



(※ここから先は、白紙のページが続いている)

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