【ノートの余白:その3】白磁の指先、祈りの手
(※第2章の中盤、アリアがテオドール様の厳しさの裏にある「守ろうとする意志」に気づき始めた頃の記憶)
三月○日。
最近、私はテオドール様の「手」を観察するのが密かな日課になっています。
そんなことを彼が知ったら、きっと眉をひそめて「無駄なことに時間を使うな」と冷たく言い放つでしょうけれど。
テオドール様の指は、まるで最高級の白磁で形作られたかのように白く、長く、そして少しだけ細い。
その爪はいつも完璧に整えられていて、月光を反射する貝殻のような鈍い光を宿しています。
吸血鬼である彼の肌には、血の通う人間特有の赤みが一切ありません。
だからこそ、彼が私の寝台の傍に座り、スープの入ったボウルを掲げるその指先は、どこか神聖な儀式を執り行う司祭のようにも見えるのです。
ある夜、私がひどい熱に浮かされ、胃が裏返るような痛みに震えていたときのことです。
テオドール様は、自分の大きな掌を、そっと私の額に当ててくれました。
その手は、驚くほど冷たかった。
熱に焼かれる私にとって、彼の冷涼な肌は、どんな薬よりも心地よい安らぎでした。
「冷たくて、気持ちいい……」
私がそう漏らすと、彼は一瞬だけ、弾かれたようにその手を引っ込めようとしました。
けれど、私が必死にその袖を掴むと、彼は溜息をつき、今度は逃げないように私のこわばった指を包み込んでくれたのです。
その時、私は気づいてしまいました。
彼の指先が、ほんのわずかに、壊れそうなほど震えていることに。
怪物の手。
人を殺め、闇を切り裂き、五百年の孤独を耐えてきたはずのその手が、死にゆく一人の人間の女を前にして、これほどまでに怯えている。
彼は、私が「死」に近づくのを、自分の手が冷たいせいだと思っているのかもしれません。
私が「終わり」に向かうのを、自分の魔力が足りないせいだと責めているのかもしれません。
テオドール様。
貴方の手は、決して私を傷つけるためのものではありません。
野菜の筋を丁寧に取り除き、私の喉が痛まないようにスープを冷まし、暗闇に怯える私の手を握りしめる……。
それは、どんな聖職者の手よりも優しく、切実な「祈り」の形をしています。
貴方がこの手で、今までどれほどの魔法を綴り、どれほどの孤独を抱えてきたのか、私にはすべてを知ることはできません。
けれど、願わくば。
この命が尽きるその瞬間まで、私は貴方のこの冷たくて、不器用な手に守られていたい。
いつか、私の命が灰になったとしても、貴方の指先に残る私の温もりだけは、貴方を独りにさせないための証になってほしい。
今日、スープを運んできてくれた貴方の指に、小さな切り傷があるのを見つけました。
きっと、慣れない厨房で、私のために無理をしたのでしょう。
貴方のその痛みさえ、私は愛おしくてたまらないのです。
(※ページには、テオドールの手の輪郭をなぞろうとしたような、おぼつかない線が描きかけられている)




