21)
光に飲まれていた意識が、一瞬にして覚醒する。
(時戻し――された?)
今までに経験した時戻しのループ状態と同じだった。
少し遅れて幻覚や幻痛のようなものを感じたあとで、現実に引き戻される。
心得ていたリディは今までと同じように身動ぎをしてすぐに自分の状況を確認しようとしたのだが、その場から動けない違和感を覚えた。
自分の身体がすっぽりと何かに包まれている。浮いているようにも感じる。誰かの腕が見えた。どうやらその誰かに抱えられているらしい。少しずつ認識していったあとで、はっとして顔を上げると、困惑した表情を浮かべたジェイドと目が合った。
「気付いたか?」
「どうして、あなたが。私は、一体……?」
記憶が混濁していた。さっきまで何をしていたのかがすぐに思い出せなかった。だが、 時戻しに遭った場合、いつもなら舞踏会の前まで戻されるということはしっかり覚えている。だから今、なぜジェイドの腕の中にいるのか意味がわからない。
「舞踏会はどうなっているの?」
「その舞踏会がはじまっていたところだ」
「……っ! それじゃあ、いつもとはちょっと違う……っていうこと?」
何も知らないジェイドに聞いても仕方ないことだとわかっているけれど、リディは尋ねずにいられなかった。
「ひとまず、大広間から出たら、このまま人の目に触れないところまで連れていく」
リディを腕に抱えたままジェイドは歩き出した。横抱きにされている状態は恥ずかしいけれど、彼にすっぽりと包まれていてはどうすることもできない。それに動こうとしても貧血になったみたいに手や足に力が入りきらなかった。
時戻しされると大抵どこか気分は悪かったけれど、今回は今まで以上に気だるさに包まれている。いつもと違う戻され方だったからなのだろうか。
そういえば……と、脳裏にちらりと浮かんだのは白装束の男と白い猫。何か彼と大事な話をした気がする。でも、すぐにはそれが何だったか思い出せなかった。これも時戻しの影響のひとつなのだろうか。
「おまえはそのまま体調が悪そうに目を瞑っていろ」
ジェイドは声を潜めて言った。たしかに人の好奇な視線が寄せられているのを感じる。このまま目立っていたらよくないだろう。ちょうど本当に具合もよくないので、リディは言われるがまま目を瞑ってジェイドの胸に頬を寄せることにした。
元に戻された時にひとりじゃなくてよかった、とリディは胸を撫で下ろした。時が戻るたびに焦燥感に追い詰められ、恐怖心に支配されて心が潰れそうになっていた。もはや一人では抱えきれない問題になりつつあったのだ。
(この人のことだって信用していいかなんてわからないのに、なぜ側にいると安心するのかしら)
無論、ジェイド本人にそんなことを言うつもりはないし、彼に悟られるのは癪だけれど。心の中ではジェイドがいてくれたことに安堵しているのは事実だった。
(それに、どうしてかしら。懐かしい……と感じるのは)
時戻しの度に彼と出会うからなのだろうか。それとも、常に泰然たる彼の包容力がそう感じさせるのだろうか。意識してしまうと鼓動がたちまち騒がしくなっていってしまう。それが万が一ジェイドに伝わってしまったら恥ずかしい。
「あの、重たくない?」
落ち着かなくなったリディは、ごまかすように身動ぎしつつジェイドに問いかけた。
「平気だ。おまえが気にする必要はどこにもない」
大広間から出たあともジェイドはそのままリディを抱えて歩き続ける。恥ずかしいからおろしてとは言えなくなってしまった。
しかし慣れたように城の中を移動する彼を不思議に思って、リディは素朴な疑問を投げかける。
「私の身に何が起こったか教えてくれる? どうして私はあなたに抱えられているの?」
「よくわからないが、俺も元に戻されたらしい」
「え……? 元に戻されたって……?」
先を急ぐために前を向いていたジェイドがリディを一瞥した。
「時間が戻されたんだ。おまえと同じように」
リディは驚いて目を丸くする。少しずつ思い出そうとしていたところだったのに、何から情報を整理すればいいか一気にわからなくなってしまった。
「まさか。時戻し……にあったの? あなたも?」
自分一人が時間を戻されることによる状況はひとまず理解できている。でも、二人が同じ時間に戻されてそれを共有認識できるなんていうことがあるのだろうか。
物語の中に登場人物が二人いて、別々の行動をしているところをそれぞれ同じ時間に戻されて集約されるということは、お互いが【本来するはずのなかった行動】をしていることになってしまい、どこかに矛盾が生じるはずだ。
リディが考え込んでいると、ジェイドが察したように話を続けた。
「この時間では、おまえは二番目の花嫁候補になるようだ。そして、このあともおまえは一番目の花嫁候補になるまで殺され、そして時間が戻される。そうしてやり直しをさせられる運命にあったんだろう」
頭では理解した。だが、どこか靄がかかったようにすっきりしない。
「なんで、そんなことになっているの?」
「単純な推理として、王太子殿下の企みなんじゃないのか」
ジェイドはその人物の潔白を一切疑うことなくあっさりと回答を出した。
「まさか。だって私は知らない女の人に殺されたのよ」
「おまえが殺されるように仕向けたとは考えられないか?」
「そんな……」
様子がおかしかった二コラのことを振り返ると、完全に訂正できないところが心苦しかった。そんなふうに幼なじみの二コラを疑いたくなかったのに。胸が塞がるような気分になってしまう。
「でも、待って。元に戻されたのは私だけで、あなたはこれまで戻ったとしても、そのことに気付いていなかったのよね?」
じたばたと腕の中で暴れていたら、ジェイドが仕方ないとリディを地におろした。
リディは太ももまで捲れそうになっていたドレスを慌ててパンと払って立つ。状況がよくわからないが、まずは重たい身体を抱えてまで連れ出してくれたお礼を言っておこうとすると、それよりも先にジェイドが口を開く。
「それは、この【世界】があくまでもおまえが【主役】の【物語】だからだろう。だが、俺がおまえと関わることで、【世界】には必要な登場人物として認知され、巻き添えになったということだ」
と、彼は不服そうにため息をついた。
【世界】や【物語】という言葉の響きに、閃きのようなものが起こるけれど、それは頭痛を引き連れてきて、リディを苦しめた。
「……っ」
誰かと、そんな話をした気がする。




