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「じゃあ、どうしたらいいの? あなたはこの【世界】を護るために存在しているのでしょう? 例えば、わかりやすくいうと国を護る騎士のような存在だと考えてもいいかしら?」
「ああ、それでいいさ。だから騎士である小生がこうして姫君の前に現れたのだから」
にこり、と満足そうに彼は微笑を浮かべる。だが、目元は少しも愉しげではない。逼迫している状況について彼はとにかくリディに分からせたいのだ。
「あなたには主人公の私にしてもらいたい、何か望んでいることがあるのね?」
「ふむ。こうして会話を交わし、君に気付きを与えることは悪ではない。だが、一騎士である小生には残念ながらそこまで介入する権利がない。勝手に伝えようとすれば、小生が特異点になってしまいかねないからね。世界の外殻である小生が特異点になったら……それこそ世界は崩壊してしまうかもしれない。それでは困るんだ」
白装束の彼はそう言って眉を下げた。
しばし二人の間に沈黙が訪れる。彼にはもう打つ手なしということなのだろうか。策をめぐらせているようなそぶりは見せるものの考え込んでしまっている。その間に、リディは聞いた話を自分の中に刻み込んだ。
「あなたの言っていることは信じがたいけれど、それでも理解はできたわ。私には気付かないといけないことがあるのね」
「そうだ。君自身が気付かない限り、歪みに手を加えた者の望む世界にたどり着くまで何度も殺されて戻される。しかし、その者がいくら理想を追及したとして、望みをすべて叶える世界なんてあるはずもないんだ。絶望を繰り返し、破滅を呼ぶだけ」
それはわかる気がした。誰しもが望んでいる未来をそのとおりに叶えられるはずがない。
「そう、よね。理不尽な世に悩まされながらも人々はなんとか活路を開いて生きる力を持っている。人間とはそういう生き物だもの」
父であるヴァレス侯爵はそうして活路を開いた。自分に必要なものを手に入れるために。それが果たして正しいことかどうかはわからないけれど。
「いい答えだ。姫君はとても思慮深い。そういうところ、小生は素敵だと思うな」
にっこりと彼が満足げに微笑む。なんだか面映ゆいような気持ちになってしまう。
「だが、その反面、鈍感な部分もあるようだ」
そう前置きしてから彼は説いた。
「いいかい? 恐れに立ち向かうためには【識る】ことが必要。学びは大事だ。愚鈍のままでいてはいけない。君の中にあるものと目を逸らさずに向き合ってほしい」
「私の中にあるもの……それは、私が忘れていること? それとも、これから知らなくてはならないこと?」
「それは、さっき言ったように、君自身が気付かなければならない問題だから、小生は干渉することはできない。干渉すれば崩壊するよ。そのまま運が悪ければ破滅の終末へと向かう。君はそれでいいかい?」
「あ……」
滑らせた口は災いの元というのを身をもって知り、リディは黙ったまま頷く。なんでも知りたがる分だけ尋ねればいいわけではないのだ。その思考のヒントを彼は与えてくれた。
「よろしいかな。君もこれからはもっと【選択】を意識してほしい。これまで以上に思慮深く生きることだ。この世界は、思考の強さが重要視されるからね」
そのとき、いきなり視界がブレたような、頭をぐっと捕まれたような圧力を感じ、リディは息を詰めた。
「おっと。ここまでのようだ。これ以上は特異点と判断され、消されてしまいかねない。ただ【世界】を護るための案内役である小生がこうして君の前に現れたということは、いい線まで言っているということだ」
彼はそう言い、片目を瞑った。
「この世界では、このまま私は死なないということ?」
「いや、残念ながら……君はもう一度だけ死ぬ必要がある。小生が告げた事実を受け止めた君が、一度、特異点の前に戻される必要があるからだ」
また殺される必要がある、と考えると、身構えてしまう。できたら、あんな怖い想いも苦しい想いもしたくない。
「すまない。姫君。君にとって酷であることは重々承知。しかし小生が現れることの条件は数少ない。いわば【世界】の抑止力が働かないで済む誤差のようなものだ。【暴君】に気付かれる前に、そこをどうか活かしてほしい」
白装束の彼はそれだけ言うと、リディの前に立ちふさがった。そしてリディの額へと掌をかざした。
「な、何をするの」
そして一つ課題を残されてしまった。それを聞きたかった。【暴君】というのは何なのか。一体、誰のことを指すのか。人のことなのか事象のことなのか。
「大丈夫。痛みはすぐに忘れるさ。万が一にも抑止力が働いて、小生と交わした言葉が欠けてしまったとしても……君ならばきっとたどり着ける。信じているよ」
「待っ……!」
その続きの言葉は紡げなかった。
【世界】が赦してくれなかったのだろうと肌でわかった。
代わりに強い光が放たれて目が明けていられなくなる。肉体を抉るような痛みには覚えがあった。息ができなくて肺が塞がるような苦しさに身悶える。
熱い――! そう叫ぼうとする声が潰される。
「っああ――っ!」
心臓の中心部の核が破壊されそうになるような散り散りになるような痛みに支配され、人ではないみたいな呻きだけが零れ落ちる。
あまりの衝撃に、脳内に理路整然と並べていたはずの言葉が浮かんでは消えていってしまう。
忘れてはダメ――!
自分の中にある人格がそう叫んで手を伸ばしたけれど。
「さあ、現実を見ておいで。小生のことを忘れていなければ……次の時間でまた会おう」
その言葉を最後に、リディの意識は白んでいた。




